2-8 過去
家に帰ると、片隅に置かれた母親の遺品の入ったトランクが目に入る。
見るのも辛くて、開けることができなかった。
でも、今なら・・・。
今なら、なんとなく大丈夫な気がした。
はトランクを開けた。
そこにはぎっしり詰まった衣類など日用品のほかに
手紙と日記と、母親の筆記用具や写真。
服も化粧品も、母親は大したものは何も持っていなかったはず。
その割に重い荷物だと思っていた。
おそらく開けることもなく保管してくれたのだろう近所の若い夫婦に、は感謝した。
写真は、幼い自分と若い両親。
生まれたばかりの自分。華やかに笑う両親。
父親は、こんな顔をしていた。
おぼろげな記憶が、塗り替えられていく。
何通もの手紙。父親から母親にあてたもの。
鍵の壊れた、母親の日記。
『・・・・由緒ある家柄を相続するために、親に相手を決められるなんて。
お金があっても、軍人なんて怖い』
『・・・はにかんだ顔が、小さいころ飼っていた犬のようで可愛い。
軍人さんには違いないけど、思っていたより優しそうな人だった・・・』
少女の頃の母親の日記に、思わず笑みがこぼれる。
両親はお見合いだったのに相思相愛に至れた、幸せな夫婦だったのだ。
『東部に派遣されることになったと聞いて、不安で仕方がない。はまだ小さいのに・・・』
『手紙が届く。変わりない様子で嬉しい。の様子を手紙で送った』
父親からの手紙がはさんである。
内容は、母と自分に対する愛情がこめられていて、血なまぐさい戦場のやりとりはない。
父の思いやりだと分かった。
『穏健派の将校に可愛がられているみたい。戦わない軍隊なんて、あの人らしい』
母親の記録。また挟まれている父親からの手紙。
穏健派が国民の同意を得られるように、和平工作を進める将軍について働いてること。
そして変わらぬ家族への愛情がつづられている。
日記を見ていくと、かすれた文字と滲んだインクの箇所が目に入った。
『将軍に、こんな裏切られ方をするなんて・・・
あの人は今、どんな気持ちで戦場にいるのかしら』
裏切られた?
過去にさかのぼる記録。
変えられない歴史なのに胸騒ぎを感じて、は日記を読み進めた。
日記に続く、神様に祈る言葉。
は、間に挟んである父親の手紙を開けた。
「まず、君に詫びなくてはいけない。
きみの両親に約束した爵位の相続の件だが、僕は果たせなくなった。
それどころか、これからの生活さえ支えてあげられなくなる。
将軍が、イシュバール人の子供を撃ち殺した。
今までの紛争とは違う、大規模な戦争になる。
これからの戦で、たくさんの軍人が死ぬ。
殉職した彼らは、後に英雄として讃えられるだろう。
だが、火種となった将軍の部下は、軍の厄介者として息の根を絶たれる。
僕たちは前線へ送られ、戦死しても英雄にはなれない。
でも僕はそれも仕方ないと思っている。
将軍の思想に共鳴して、ずっと側についてきた僕には、責任がある。
しかし、僕は自分の配下を、未来がわかっている戦いに道連れにはできない。
彼らに一人でも多く生き残って欲しい。
願わくば、戦う為でなく戦わない為の司令官として
――――それを僕の最後の任務としたいと思っている。」
父の死後の、母親の心境を思う。
だから、東部に着たのか。
父親の生存を、少しでも信じていたのだろうか?
もしかしたらマウロ先生は、それを感じて母に何もいえなかったんじゃないだろうか・・・
母親は父親不在と世情不安な世の中で、苦労をした。
そう思うとは目頭が熱くなった。
父親は、戦争反対の将校に可愛がられていた部下で、
なぜか将校がイシュバール人の子供を殺して、
それが理由で始まった内乱のどさくさのなかで死亡した。
最後まで「戦わない為の軍」にこだわった父を、は嬉しく思った。
外交による平和な解決を、最後まであきらめなかったに違いないからだ。
―――――――――――軍事国家である限り
他のどんな団体が声を上げたところで政治に影響は与えられない。
これがこの国の現状。
は、ふとあることを思い出して覚悟を決めた。
刷毛ではいたような雲を見上げる。
青い青い空。透明で吸い込まれそうな高い空間。
「・・・・それで?これからどうするんだ」
隣で、ハボックが紙コップのコーヒーを手に聞いてきた。
だれもいない静かな公園のベンチ。
緑も少なく、吹きさらしの芝生に無造作に備えられたもの。
父の手紙と母の日記を見て知った自分の境遇を、
正直になにもかも打ち明けたところだった。
なぜ軍人になったのかも、打ち明けた。
行方不明の父親の手がかりを探すため。
そして、父はイシュバールの戦いで死んでいた。
はもともと好戦的とは対極の性格だし、
軍以外でもやっていける医療技術があるのだから、
父親のことが明らかになった今、軍にこだわる理由はない。
ハボックが、これからどうするかと聞くのも当然のような気がする。
「・・・・どうしようかな」
「迷うことないじゃねえか」
「私・・・・このまま軍にいても、いいかな」
ハボックが驚いたように見つめてくる。
「なんで?」
質問は、当然だと思う。
「私の居場所、ここでようやく見つけた気がしたの」
一人で生きていこうと決めて、強くなろうとした自分を支えて居場所をくれた。
だから・・・もう少しここで。
「おかしなやつだな・・・でもま、いいか。
がそれでいいなら、俺は何も言わないよ」
その言葉にふっと笑うと、微笑みかえしてくれる金髪の幼馴染。
今が幸せなんだと、そう心から思えるように生きていこう。
そう思った。
「思い出したの。ハボックが士官学校へ入学を決めたときのこと」
がくすりと笑う。
ハボックは思い出そうと頭をひねった。
「あの時は・・・確かが俺の嫁になるって言ったんだよな。
学校なんか行かないで側にいてくれって、俺にすがり付いてきて大変だった」
「そうそう、そのとき」
面白そうに言う。
だがハボックは、やはり肝心のことを思い出せないでいるようだ。
「降参。俺、なんていった?」
今より少し幼いハボックが、それよりもっと幼いに一生懸命語った言葉。
当時のハボックの口調を真似て、答えを教える。
『俺は・・・内乱でいろんな人が苦しんでいるのを見てきた。
自分でどうにかできないか、できることはないか、ずっと思ってた。
だから軍人になる。村の人のことも、のことも、守れるように』
「俺、そんなこと言ったんだ」
感心したようなハボックの顔。
は言葉を続ける。
「――――――――――私もいま、同じ気持ち」
ハボックが驚いたような顔でを見た。
「戦いたいわけじゃないの。・・・ただ、守りたいの」
の真っ直ぐな瞳がハボックを映す。
意外そうな顔をして、ハボックがを見つめる。
ややあって、あきらめたようにハボックがつぶやいた。
「言っておくけど、有事の際は身内は一番後回しだからな」
生真面目な言葉に、が吹き出す。
分かってる、それくらい。
でも側にいれば守ることもできるでしょう?
公園にいた鳩が一斉に飛び立つ。
大きな羽音。視線を向けると、一面の白。
青い空に、ゆっくりと羽が舞った。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
ヒロインが司令部で居場所を見つけるまでの物語になりました。
ハボとは、結局中途半端なままで・・・すみません。
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