セントラルに来て、少しの時がたっていた。
あいかわらず大佐の要求は無茶で、ハボックは振り回される日々だ。





机に突っ伏してハボックがため息をつく。
書類やファイルがハボックの頭を受けてボテ、と音をたてた。




「セントラルに来たそうそう、また失恋だよ・・・」
「大佐に勧められたお見合いってアームストロング少佐の妹が相手だろ?
 あの少佐の妹が・・・なんていうか、そんなに落ち込むほどいい相手だったのか?」



あきれたようにブレダが問いかけると、ハボックはちらりとブレダを見て言った。



「実はさ、今までにないタイプだった・・・純粋そうで可愛い〜の。小柄で美人でさ。
 一瞬、もぉ絶対これ違うって思ったモン。少佐の妹じゃないって・・・一瞬だけど」




思い出してほわーんとしているハボックに、ブレダがあきれたように言う。



「お前、そうやって高嶺の花ばかり狙うって、本気の恋愛避けてる証拠だろ」
「え?何で?男ならむしろ狙えって思うだろ。高嶺の花・・・」
「本気で守りたい女って、いないのかよ。家柄とか外見とか、そういうの関係ナシで」




ブレダの問いに、ハボックが一瞬真面目が顔をする。
何か思案したようにも思えたが、それはすぐへらりとした笑顔に変わる。



「・・・・やっぱそのときそのときで変わるんだよ恋の相手ってのは」
「あっそ。・・・・今頃、はどうしてるかな?」
「なんでがでてくるんだよ」



ブレダは内心あきれてため息をつく。


「兄貴気取りのくせに気にならないのかお前?けっこうモテるんだぞ彼女」
「だって、まだコドモだぞ」
「抱いたら細い割にちゃんとオンナの身体だったぞ。いいモンもってるし」



澄ました顔で平然と答えるブレダ。
唖然としたような顔でハボックがブレダをみつめた。



「・・・・・ブレダ?何言ってんだ」
「なんだ。けっこう噂になってたのに気付かなかったのか?」



ハボックだけでなくフェリー曹長も顔を強張らせてブレダをみつめる。
真偽を知らなくても『ブレダとはつきあっている』噂をハボック達は知ってる。



「いい加減にしろブレダ、冗談にしてもタチ悪いぞ」
「・・・・・・・細いから腕にすっぽり収まるんだよな。せっけんの匂いがしたぜ」



ふん、とブレダが下卑た笑いを見せると同時にガタンと大きな音がした。
ハボックがブレダの襟首を掴んだのだ。心なしか手が震えている。



「・・・・・お前が怒る権利はない。俺が軽率なのは認めるが、これはお前のせいだ」
「何・・・・!?」



何か言おうとするハボックの声を遮って、ブレダがハボックの背に片手を回した。
もう片手で頭をぽんぽんと撫でる。小さい子をあやすみたいに。
そんなブレダの行動に、ハボックが毒気を抜かれたように固まる。



「お前が悪気なくの気持ちをかき乱すから俺の前で泣いたんだよ、彼女。
 で、慰め役のおれはこうやって・・・・」
「・・・・・・こうやって?って・・・背中さすって頭ぽんぽん?コドモかよ」
「洗脳だよな。ハボックがをコドモ子供連呼するから。うかつだった」
「うかつって・・・・」
「変な噂立てられて、イングリードに絡まれて、最悪だよ。面倒は嫌いだってのに」



身体を離して、お前のせいだ、とにらむブレダにハボックが脱力する。



「・・・・・てっきり、に手を出したのかと思った」
「言ったろ。仮にそうだとしてもお前に俺を怒る権利はない」
「・・・・・・・・・・」



黙り込むハボックに、ブレダが追い討ちをかける。
フェリーはずっと唖然としたまま、様子をうかがっている。



「そうやって、いつまでも手に入れることを躊躇するのが、大事にしてる証拠だろ」
「・・・・・・俺は・・・・・そうじゃない。ただ妹みたいだから大事なんだ・・・それだけだ」
「お前の場合は過去の恋愛の傷が深くて、守りきれない不安が大きすぎんだ。
 大事なものが何か本能的に分かってても、手を出せない。自覚しろよ」
「・・・・大佐に呼ばれてるんだった。行かなきゃ」







それ以上ブレダに何も言えなくなったハボックが、大佐の執務室へ出向いた。
お見合いのセッティングは大佐がオモシロ半分でしたこと。
だが、結果は報告しなくてはいけない。




報告を聞いた大佐は、爆笑したいのをこらえて小刻みに身体を震わせている。
それでも精一杯真面目な声で『それは残念だったな』とねぎらった。
『口の端が上がってますよ』とはさすがにいえず、ハボックは黙り込む。


大佐は、目の端をうっすら潤ませて少し咳き込みながら、
(笑いをこらえた極限を超えたに違いないとハボックは思った)
単刀直入にズバリ言った。




「まあいいじゃないか。どうせ、が好きなんだろう?」



不意をつかれたハボックが、言葉をなくして大佐をみつめる。
ブレダにしろ大佐にしろ、今日は一体なんなんだろう?とハボックは思った。
探した答えは、いつも言っているお決まりの台詞なのに、出てくるのがすごく遅い。



「・・・・何言ってるんスか。彼女は幼馴染で、俺にとっちゃ妹みたいな・・・」
「ほう、それはやっかいだな」



大佐は意地悪な微笑みをハボックに向ける。





「幼馴染の妹みたいな存在にハマッたら、抜け出せない。
 ・・・・・・・・それこそ一生モノの恋だよ」





大佐の言葉に、ハボックが驚いたように目を見開いた。
黙ってしまったハボックに、大佐はむしろ面白そうだ。



「頬に手形を付けた彼女に振られた原因は。違うか?」
「違います」




上官の怒りを覚悟で、幼馴染のためにセントラル行きを談判した。
だが、ハボックが中央へ行くと決まっても、イングリードのためには動かなかった。



『仕事と幼馴染を比べたら幼馴染が大事なのね。
 じゃあ、聞くけど・・・・私と仕事とどっちが大事なの?』


そう尋ねられたハボックが、『それとこれとは別』と言った。
それを聞いた瞬間、怒りの形相に変貌したイングリードが頬を張ったのだ。


『私以外の女の為に、公私の区別もつかない行動に及んでおいてよく言うわ!』
『イングリード!?』


張られたビンタにハボックが目を白黒させる。
イングリードは打った手を軽くさすりながらハボックを睨みつける。



『言っておきますけどね・・・・私は、仕事優先の男は嫌いじゃないの。
 他に大事な女がいるのに、それを自覚しない男を情けないと思うだけよ』



言い捨てて去ったイングリードは、その後ハボックが何を言っても無駄だった。
それを大佐は知らないはずなのに・・・・・と、ハボックは首をひねる。





目の前の大佐は、そんなハボックにはお構いナシ。
何かを思案するように視線を向けて口を開いた。




「私も、彼女が可愛い。君の言い方を借りれば・・・そうだな。妹のようにね。
 彼女を妹のように思っている連中は、たくさんいそうだな。恋敵も多そうだ」


ハボックが目を瞠る。
それを楽しそうに大佐が見ている。


「気付かないのか・・・彼女が、誰といるときが一番楽しそうか」
「・・・・・・・」
「たった一人にしか見せない表情を、向けられた本人は気付かないのか?」
「それが言いたくて呼び出したんスか?」



ハボックは、意固地になって仏頂面を貫く。
ハボックの言葉にも、大佐は機嫌を損ねることなく応じた。



「ただの忠告と受け取ってくれて構わない。妹を心配する兄としてね」
「大佐・・・」
「・・・・ま、少々おせっかいだったのは認めるがね」
「・・・・何で俺にお見合いさせたんですか」
「荒療治だよ。・・・・あとは楽しそうだったから、かな?」



大佐がまた、発作のように沸きあがる笑いをこらえている。



(嘘だ・・・・絶対、『楽しそうだったから』だけ、ですよね!?)


ハボックの、声にならない思考回路の叫びに大佐は気付いているのかいないのか、
落ち着いた大佐は、机をペンでトントンと叩きながらハボックをみつめている。




「で・・・・・どうする?」
「どうするって・・・・?」
「休暇、欲しいか?」
「欲しいって言ったら、くれるんですか?」
「タダではやらん。というかセントラルに着たばっかりで慌しい今、休暇なぞやらん」
「交換条件ですか・・・・って思ったら休暇全否定ですか!!」



大佐がにやりと笑った。







「――――――――どこ行くんだハボック!?」



司令部を飛び出す勢いのハボックに、ブレダが声をかける。
ふりかえったハボックが『ちょっとな』と手を振って去っていく。


ブレダがその後姿を呆然と眺めていると、ふと傍らに大佐が立っている。
ブレダと同じようにハボックの後姿をみつめて、得意げに微笑んでいる。



「大佐・・・ハボックに、何かしました?」
「別に、何もしていないさ。仕事を与えてやっただけだ」
「仕事?」
「・・・・・・・軍法会議所にね、ちょっと使いに行ってもらった」
「どこの、軍法会議所ですか」
「どこって、セントラルに決まってるだろう?ここは中央だぞ」



ブレダがじっとみつめるのに気付いた大佐が、ふふんと笑う。



「記憶を戻した彼女は、スカーの情報を欲しい連中から中央出向を命じられてね。
 心理的な負担を慮って、今までは私が守っていたが・・・彼女は意外と強い」
「大佐・・・・彼女、セントラルにいるんですか?」
「事件に関しての書類上の手続きや事情聴取がすんだら、いったん東に戻る。
 だが、時間の問題だな。そのうち正式に中央へ辞令が下る」
「・・・・だったら最初から大佐が中央に連れてきてあげればよかったんじゃ」



ブレダがぼそりとつぶやくと、それを聞いた大佐が苦笑する。


「言ったろう?彼女は強い。私の守りはいらない、心配いらない、とハッキリ言った。
 私の申し出も、その裏にある希望も、賢い頭ですべて理解していたよ」
「希望?」
「・・・・・軍法会議所に戻って、ヒューズの死因を調べるつもりでいるようだ」



ブレダが目を見開いた。
大佐が自嘲の笑みで答える。



「内部に入り込んでくれるものがあれば調べやすい。もちろん私も動く。
 そのかわり身の危険も増える。事件のトラウマもあるし、いろいろ心配だな」
「ハボックに、それ言ったんですか?」
「もちろん。奴が自分の気持ちに自覚するまでは、黙っていたけどね。
 でないと同じことの繰り返しだ。いい加減、見ているのも飽きてきたところなんだよ」


ですよね、とブレダが応じる。



「――――――――ようやく、スタートラインに立ったのかな、彼も」
「だといいんですが。どうします?そのうちボインの彼女とか出来てたら」
「今後も妹扱い?まさか。・・・いや、ハボックの場合はマヌケだから、ありうるか・・・」




駆けていくハボックの足音が、やがて小さくなっていく。
その先で扉を開ける音がする。ハボックが外へ出たのだ。



守りきれなかったものの執着の向こう側にあった、大切なものを守るために。
今度こそ、本当に守れるだけの力をつけて。






キイと軋む音をたてて閉じるまでの、ほんのわずかの時間に風が入る。
空気の動きを感じた。それは、始まりを告げるように涼やかだった。











ここまで読んでくださってありがとうございます!
これで幼馴染シリーズは一応終了です。
長々と付き合ってくださり、ありがとうございました。

ちなみに、物語の随所に出てくる昔の恋人は、藍のヒロインです。
良かったらそっちも読んでみてください♪ぺこり