かわいいと思って買ったピアスは、白く濁った色の丸い月光石。
金色のキャッチを手にして、シンプルな飾りを耳に職場へ行く。

シンプルすぎるかな?と思ったが、職場が職場だから派手は禁物。
職場は、東方司令部。軍人が所属するところ。



朝一番に会った人は、職場の憧れの上司。
焔の錬金術師、マスタング大佐。

モテる人だから、私なんかが相手にされないのは分かっているけど、
自然と笑みを浮かべてしまう。一番最初に挨拶をする人が彼で、今日はついてる。


大佐は私の顔をまじまじと見つめた。
視線がピアスに集中しているのがわかる。

至ってシンプルで面白みもない飾りなのに?。


「なんだ、それは・・・カマキリの卵か?」

朝一番、開口一番、挨拶より先に、とんでもないことを言われた。
思わずまじまじと顔を見てしまう。

「・・・よりによって、なんでカマキリなんですか・・・」
少し呆然として言い返す。
あんまりだ。思ってても口にするもんじゃない。

「いや、スマン。そう見えた」
「見えるんですか!?」

少し驚いて突っ込んだ。
カマキリの卵に見えるピアスをしているのがイヤになって、急いではずす。
私の動きに、大佐は少し驚いたような顔をした。

「・・・どうした。はずすのか」
「はずします!カマキリの卵に見えるなんて、そんなのやです」

今までは丸いシンプルな石を、可愛いと思って気に入っていたのに。
言葉のマジックとでも言うべきか、もう卵にしかみえない。

今日初めてつけたのに・・・・

ピアスをポケットにしまう。
もう、これはつけてこれない。


大佐は複雑な表情で、私の動きを見つめていた。





「あれ?今日は月光石のピアスすんじゃなかったの?」
月光石のピアスを買ったとき、一緒にいた同僚が声をかけてきた。

黙ってポケットからピアスを出す。
少し恨めしげな顔をしていた私を、同僚は不思議そうに眺めた。

「・・・あるじゃない。なんでしないの?」

不思議そうな顔をする同僚に、私は理由を告げた。

「・・・カマキリの、卵に見えるって言われたの」

一瞬の間をおいて、同僚は爆笑した。
あんまりすごい声で、周り中が注目した。
それでも彼女はお腹を抱えて笑い続ける。

「あははは・・・言われなきゃ思いもしなかったけど・・・ははは
うまいこというねぇ、カマキリの卵なんて誰に言われたの?」
「マスタング大佐」

彼女の明るい笑い声に、逆に救われた気持ちになった。
不思議だけど、こういう性格に助けられてるのかもしれない。


「へー・・・珍しい」
「珍しい?」

笑いをようやく収めて、彼女は涙目をこすりながら言った。

「だって、マスタング大佐って、女性関係豊かじゃない?モテるし」
「うん・・・」
「女性に語る言葉は、いつも気を使ってる感じがするし・・・」
「それって・・・?」

私、嫌われてる?


笑い一転、生真面目な顔をして分析する同僚を見て、悲しくなってきた。
うっかり傷つける言い方をしてしまうくらい、私には口説く価値もない?

「大佐も意外と面白いこと言う人だったんだねー」

意に介さずにからからと笑う彼女。
でも今度の笑いには愛想笑いしか返せない。


憧れていただけだから、別に両思いになるなんて夢見てたわけじゃないし、
そのためにアプローチするとか努力をしてたわけでもない。

でも、女としての努力は怠ってきたつもりはないのに・・・

爪も綺麗にして、化粧も清楚。
この間も、香水しなくてもいい匂いって誉められた。
毎朝の髪のセットに時間をかけなければ、もう少し寝坊できるのにと何度思ったことか。

毎日のエクササイズも欠かさないし、太らないように菜食中心の食事をして、
美容室には月一回通って、顔も定期的にパックする。

時間をかけて、きちんと作り上げた自分は、それだけしてもその程度?
人間外見じゃないとはいうけど、外見に気を使い続けるのは根性がいるんだぞ!!

それができるって、いい女の条件だってなんとなく思ってたんだけどな。
もちろんそれがすべてじゃないけど・・・






「君!待ちたまえ」

階段の踊り場で、振り返るとマスタング大佐の姿。
なんだかあわてたような姿で、私に近寄ってくる。

大佐が近寄るまで、私は直立不動のまま。
意外すぎて驚いて、どうリアクションしていいのかわからない。


少し弾む息遣いを整えて、大佐が軽く深呼吸した。

なんで、こんな姿も格好いいんだろう、この人は。

つい見とれてしまうのは、未練だろうか?
女に見られてないとしても、腹も立たないなんて。

「今日は、空いているか」

唐突に言われて意味が分からない。
きょとんとした私に、大佐はなおも繰り返す。

「今日、勤務の後に時間はとれないか」
「空いてます・・・けど」
「けど?何だ?」
「いえ・・・空いてます」

これは・・・デートの誘い?
言葉を続けられなくて、私は飲み込んだまま頷いた。


「食事にでもどうだろうか?
・・・もしイヤでなければ、君の好きなピアスをプレゼントさせてもらいたいんだが」

朝のことを気にしてるんだろうか?

「あの・・・あれはいいんです。気になさらないで下さい」
「いやか?」

少し不安そうな表情の大佐。

「とんでもないです。イヤじゃないです」

私は少し焦って答えた。
ほっとしたように破顔する彼をみつめた。


これは、ひょっとすると、ひょっとするんだろうか・・・・・







「・・・大佐って、好きな子の前では失敗するタイプ?」
ハボックがタバコをふかしながらつぶやいた。

「今朝偶然みたんだけど、いつもみたいにべらべら話しかけることもできないで。
ちょっと様子が違ったよな。あれが本命の女ってわけか」
ブレダが、将棋の盤を見つめながら答える。
相手は特にいないが、定石本を入手したらしく、読みながら駒を並べている。

「でも、大佐はカマキリの卵を良くご存知でしたね。あれは半透明の白い・・・」
「あのですね。カマキリの卵なんて言われたら女性は嬉しくないんですよ」

フェルマンが語ろうとするカマキリのうんちくをフェリーが遮る。

「今日はカマキリピアスの彼女とデートらしいから、
ホークアイ中尉が残業させようとしても無理だろうな」
ハボックが煙を吐きながら言うと、一同が驚いたようにハボックを見た。

「カマキリって言って、デートに誘うの成功したんですか?」
「けっこう綺麗な女性でしたが・・・他に決めた人はいなかったんですね」
「ちくしょー、ありえねえ!!」

フェリー、ファルマン、ブレダがそれぞれ頭を抱えて答えた。

「・・・俺だってショックだよ」

ハボックがつぶやいた。










月光石に何の力もなくても、それがきっかけなら嬉しい。
これから先も続いていける、そんな恋になりますように。


大佐に食事とピアスをプレゼントされながら私はそんなことを思った。