俺の側にが座って、俺のトレーニングのサポートをしていた。
は最初ぎこちなかったものの、今ではかなり呼吸をうまく合わせてくれる。


病室がノックされ、遠慮がちに軍服の人間が覗き込む。
警護の人間はたいてい顔を知っている同じオフィスの誰かだから、珍しいことだ。



「今日の警備の担当か?」
「いえ、その・・・さんに」
に?」


なんでなんだろう?
疑問に思って首を傾げると、軍服の人間は恐縮して頭を下げる。
階級章をみると、軍曹。



「軍曹が、人の客人に何の用だ?」
「は。申し訳ありません、自分は今回検査入院された士官の警務と雑用を担当してます。
 ですが、その入院された士官が、車椅子の方でして・・・先生に紹介していただきまして」
「・・・・わかったわ。すぐに行きます」



俺の疑問に答えた軍曹の言葉は、俺にはまったく通じなかった。
でもにはすぐに通じたようで、二つ返事で引き受ける。

軍曹の後について部屋を出て行った彼女の後姿を見送って、罠じゃないかと少し心配した。







「助かりました。自分には何もかも初めてで・・・・」
「今日やってみせたことは、毎日やってくださいね」
「承知しました。ご協力感謝します」



を病室に送り届けた後、軍曹はそう言って部屋を出て行った。



「・・・・結局、何の用事だったんだ?」
「車椅子の士官が検査入院に来てるの。担当の下士官は勝手解らず困ってたのね」
「困るって?」
「・・・車椅子だと手の届く高さは限られてくるし、一人ではトランクも開けられない」
「そうなのか?リハビリしても駄目か」
「床にあるトランクをサイドテーブルに置くのは、脊損の人には無理・・・」


が口ごもる。
俺に現実を知らせることをためらってるのか。



「何で軍曹はのところに来たんだ?」
「先生が私を、今の職場に紹介してくれたから・・・」
「先生って、俺の担当医?の転職先って・・・」
「そう。車椅子でスポーツする人たちがいるんだけど、その人たちのコーチの助手」
「車椅子でスポーツ?」
「主に退役軍人よ。民間も少し。射撃や銃剣術とか。内乱で手足を失った人は多いから・・・」



俺は、開いた口が塞がらなかった。



「実はチューブトレーニングも、そこで習ったの」
「コーチの助手って?身体鍛える手伝いとかするのか?」


は少し困ったように首を振る。


「日常生活もサポートしないといけないから。夜勤もあるし・・・」
「濁さないで、ちゃんと言いな。俺は将来どんなふうになる?」


迷ったふうに見えたは、いつもの豪傑ぶりを発揮して表情を凛々しく変えた。
こういう表情を見せたら、彼女は迷わない。


「車椅子の人は筋肉がつきにくいの。神経が切れてる場所から下は筋肉つかないし。
 コーチはどこまで感覚が残ってるか見抜いて指導してるわけ」
「なんで夜勤なんかするんだ?夜も指導?」


は首を振った。


「脊髄損傷の人は、たとえばトイレが大変なの。腹筋ないから、腹圧をかけて・・・夜中とか
 それこそ何時間もかけて用を足すの。だから貧血も心配だし、側にいないといけない」
「リアルな話だなあ・・・」
「夜中までかかる事も珍しくないし、みんな疲れてくたくたになってるから・・・
 あったかい飲み物用意したり、ベットに寝かせて休ませたり、いろいろするわ。
 動くこと丸ごと含めてずっとサポートするために、一緒にいるのよ」
「セントラルで転職したって、そういう仕事に?」



が頷いた。





それは俺のため?



転職したことも、その内容も、今までけして口に出さなかった。
俺のからだのことを聞いて泣いたことも、大佐に俺を心配する気持ちを打ち明けたことも。

何もかも抱え込んで、自分ひとりで。




はそういう性格だった。
なんで俺はそのことにずっと気がつかなかったんだろう。




「・・・・・・そっか。そうだよな」



俺の独り言に、が真っ直ぐな瞳を向けた。
不思議そうに俺をみつめている。



「俺は、もう一人でも大丈夫だから。心配いらない」




俺のために人生まで変えてしまった女は、後にも先にもくらいだろう。
そんな必要なんか、まったくなかったのに。




優しい気持ちが伝わる。
だから、もういい。






同時に気付いたもうひとつの事実。
俺をなんとかしようとあがいたのはきっと、だけじゃない。

ブレダも。大佐も・・・・。
東方司令部から一緒の仲間みんなも。






俺の言葉の真意を知ったのか、は瞬きもせずに俺をみつめていた。
少し、泣き出しそうな表情で。




「・・・・私が欲しいのは、そんな言葉じゃないのよ」
「そうか?どんな言葉が欲しい?」


いつかどこかで交わした言葉に似ていると思いながら、に聞く。
は小首を傾げて、言葉を選ぶように考えながら口を開く。



「・・・・勇気を出して好きって言ったのよ。もし私を受け入れてくれるなら・・・
 私から離れていくような言葉は言わないで」



俺は真っ直ぐにをみつめて、奇跡が起こるように願う。



「・・・・じゃあ言うけど・・・。ずっと一緒にいてくれるか?この先ずっと」
「いやだって言っても一緒にいるつもりよ。覚悟してね」
「いっとくけど、プロポーズだからな」



が笑いながら頷いた。



「ジャンが世界で一番好きな人は、私じゃないって思ってたんだけどな」
「・・・・・そうなのか?」
「だって、離れることわかっててもプロポーズしなかったもの」
「・・・・・・そういえば、そうか」



納得したような俺を、がおかしそうにみつめる。



「・・・・・ねえ。いつ私がジャンの世界で一番になった?」
「内緒。・・・・でも多分、俺がの世界で一番になった頃と同じじゃないかな」



今までしかめ面にさせてきた口説き文句が、今なら上滑りせずに語れるような気がした。
でもそんな言葉を並べなくても、俺ばかりが好きだと拗ねなくても、
これから一緒に生きていけるなら、どんな道でも平気だ。




窓を開けると、土にしみた雨の匂い。
雨がやんだら空は晴れるんだろう。




虹が見えたらいいな。

ぼんやり思いながら、俺はを抱きしめた。








最後まで読んで下さりありがとうございます。
知ったかぶり知識の元ネタは、数年前の月間トレー●○グジャーナル。
わかってないことを、さもわかったかのように書いてます。夢見てるだけだからいいの・・・。


ハボの足、治らないのかなあ(泣)
背が高くて動き回る彼に、もう一度会いたいです。