暮れなずむ夕焼けを窓から見ながら、頬杖をついた。
風が少し出てきた。見下ろしたら犬を散歩する男の人がいる。
戦争の傷跡が深く残る東部にも、こんな日常の営みが見られる。
ついこの間もテロが起きた。そんなことが信じられないくらい静かな景色。
「たそがれてるなぁ。仕事終わったのか?」
なら手伝えよ、とハボックが声をかける。
彼は現場が主な仕事場だから、きっと書類は好きじゃないのだと思う。
「いいけど・・・ひとつ聞いてもいい?」
身体を窓から離して、顔だけハボックに向ける。
「何?」
振り向いたハボックと、目が合う。
青い瞳に映る自分が見える。
「私のどこが好き?」
付き合い始めて、半年くらい過ぎた。
だけど、こんな質問ははじめてした。
「なんで?」
突拍子もないことを聞く私に、鳩が豆鉄砲くらったみたいな反応を見せた彼が、
さっき窓から見えた近所の犬に似ていて、少し笑ってしまった。
「ハボックが、付き合い始めの時に言ってたでしょ?志の高い女性が好みだって
・・・それってどういう意味なのかなって思ったから」
「何で?お前、志高いじゃん」
なんでもないようなことみたいに軽く答えるハボックに、もう少し突っ込んで聞いてみる。
「ハボックの言うココロザシって、どういうの?」
「それは・・・仕事を一生懸命やるっていうか・・・」
いきなり歯切れが悪くなる。
はっきりした基準はないのかもしれない。
「・・・俺さ、頭わりぃからどっちかってーと肉体労働が多いだろ?
ある時いわれっちゃったんだよ、聞こえよがしに。軍部の女どもにさ」
真面目に話し始めたから、つい姿勢を正して向き直ってしまった。
一体、何を言われたんだろう?
「・・・・あーゆーのはヤダとか、汚いだとか、まあ、バカにするようなことをさ。
けっこう傷つくことを平気で言うわけだ。てめえらの代わりにやってんだってのにさ」
これって、いわゆるトラウマなんだろうか?
静かに耳を傾ける。
「そーゆー女って、残業仕事頼むとゴタゴタ言うんだよ。
今日はダメとか用事があるとか。そんで、見え透いた嘘ついて結局やらない。
・・・ま、俺もそういう連中とウマが合わなかったんだろうなー」
なんだか淡々と話すハボックが、かわいそうになってきた。
「そっか・・・大変だったんだね」
ハボックが、私の言葉に少し驚いたような顔をした。
なぐさめられるとは思ってなかったようだ。
「まあな・・・でも仕事だから折り合い良くしなきゃやってけないし。
ある程度ご機嫌とっておいたほうが得なこともあるからさ。
食事に誘ってみたりするわけだ。涙ぐましい努力で懐柔しようと頑張ってさ」
ひょうきんなハボックは、一緒の時間を過ごせば大抵の人に好かれる。
そう思うのは惚れている人間の欲目だろうか?
「そうすると図に乗って、奢られるのもエスコートされるのも当然って顔するんだよ。
別にお前らの誰とも付き合っちゃいねぇっての。苦労したなー・・・」
「ようするに、女運が悪かったのね。」
話しながらたそがれてきたハボックにズバリ言い当てた。
傷つくかな、と思ったが、逆に面白がるような顔をする。
彼の、そういうところが好き。
「でもさ、は言わないだろ?そういう、体張って働く人間の悪口とか」
「いうわけない!」
心外、とばかりにハッキリ言った。
大変さを感謝してねぎらいこそすれ、バカになんてとんでもない。
「そうそれ。あと、男に寄りかからないで、ちゃんと自分で立って生きてるところ」
今度は、私がビックリした顔をしたのだと思う。
思いも寄らないことを言われたから。
「一緒に食事しても、奢られて当然てそぶり見せたこともない。
デートも男任せで当然て顔しない。・・・・ていうのはちょっと違うか?
上手くいえないけど、一緒にいても無闇に頼ってこない、とか。」
「・・・・それって、そんなにすごいこと?」
当たり前のことのように言うと、ハボックが首を振る。
「自立してない甘ったれた女は、それができないんだよ」
ハボックが、柔和な笑みを浮かべた。
「偉いって、思うよ。は自分の力できちんと生きてる」
言われたことはその通りだけど、
当たり前だと思ってきたことで。誉められたのは初めてだった。
でも、自分が頑張って生きてきたのはその通りだから、認めてくれたのは嬉しい。
ちゃんと見てくれているのが嬉しかった。
「・・・・答えになった?」
こくり、と頷いた。
頑張って生きてるから、たまには少し寄りかかっても良いよ
ハボックが小声でつぶやくように言った。
たぶん、恥ずかしかったんだと思う。
書類に顔を落として、猛烈に仕事を始めた。
そんな彼に惚れ直して、私はコーヒーを入れるために席を立った。
戻ってきたらコーヒーを手渡して
いつもどおりに笑って
そして、書類を手伝ってあげよう。