第10話 幼馴染
「・・・・服は全部お下がりなの」
明らかに男物の服を着たが言う。
話を聞くと、近所のお兄さんの服らしい。
元近所のお兄さんとして、ハボックは面白くない。
―――――この展開は、そんな理由。
適当に、ウインドウに飾ってある服を見て店を決め
適当に、店員に選んでもらう。
が店員と試着室へ入っている間、
ハボックはタバコをくわえて待つしかない。
「よくお似合いですよ」
店員の声がカーテンの向こうから微かに聞こえてくる。
それに何か返事をしたらしいの声は、小さくて聞こえない。
この位置は、微妙に声が届くんだな・・・
妙なことに感心しながら、ハボックはそこを動こうとはしなかった。
「でも意外でした。お洋服は構わない方だと思ってましたのに・・・」
そのとおりじゃないか?
そう思いながらハボックが聞いてると
「下着はしかるべきものをお召しなんですもの」
ハボックは、おもいきりむせそうになって、こらえた。
聞かれているのを知られたくはない。
かわりに、ハボックは一層耳をそばだてた。
「身体のラインを美しく保つのに、大事なことですものね」
地声の大きい店員の声は、抑えていても聞こえてくる。
だが、それに答えるの返事は、短い上にハッキリと聞こえない。
―――――――なんて答えているんだろう?気になる・・・
「お母様のご指導かしら?」
「はい」
小さく答えるの声に、ハボックは集中した。
「・・・余裕のない家でしたけど、靴と下着だけはと良く言ってましたから」
弾むような店員の声に埋もれるように、
初めてが返事らしい返事をした。
「素敵なお母様。きっとお洒落な方ですのね」
そう店員が言っても、今度は返事が聞こえてこない。
「・・・・・・あ、あら?お客様?」
店員の声色が変わって、ハボックは椅子から飛び起きた。
今はただでさえ溜め込みすぎたツケで、精神的にもろくなってる。
だから一人にしたくなかったのだ。きっとまた泣きたい気持ちになったに違いない。
急いでカーテン越しに、声をかける。
「、あけていいか?」
返事はなかったが、店員が気を利かせてカーテンを開けた。
愛想笑いを浮かべて、ハボックを見る店員を無視して、
ハボックは広い試着室の入り口に立った。
目に入ったのは、うつむいたの後姿。
背中のファスナーを閉めた時に髪の毛を身体の前にたらしたまま
白いうなじがあらわだった。
普段見ることのない肌と、その曲線の美しさに、
ハボックはしばし目を奪われた。
白いコットンのワンピースが、その清らかさを際立たせる。
はうつむいていたが、泣いてはいなかった。
ただ、鏡越しに見える顔が赤い。泣くのを我慢している。
「、大丈夫か?」
ハボックが声をかけると、吹っ切るようにはハボックへ振り返る。
その顔は笑顔。でも赤くなった色は隠しようもない。
「どうかな?これならおかしくない?」
少し湿った瞳で笑ってみせる。
長い髪を後ろに戻し、まっすぐに立つ。
「・・・・いいんじゃねえの?」
ハボックは痛々しいと思いながら、気付かないフリをして笑い返した。
白いワンピースは、良く似合っていた。
シンプルなデザインだが、この店員はセンスが良い、とハボックは思った。
「このタイプのパフスリーブは腕が細い方でないと難しいんですよ。
良くお似合いで、うらやましいですわ」
背後から店員の声がした。手に靴を持っている。
服に合わせて選んできたらしい。
高めのヒールで、華奢なライン。
「こちらに似合うと思いまして。履いてみてください」
確かにスニーカーには合わない。
靴も買わなければいけないだろう。
は黙って店員の言うとおりに靴を履いたが、
なんだか足元がおぼつかない。
危ないなぁ、とハボックが思った瞬間に体勢を崩した。
予測どおり・・・と半ばあきれながら、を抱きとめる。
細くて軽い身体は、ハボックの腕ひとつで簡単に難を逃れた。
(あ、思ったより胸あんなコイツ)
ちゃっかり掠った感触に得したと思いながら、の体勢を支えてやる。
―――――――我ながら、なんだかオヤジくさい・・・
反省の気分がわく。
どうも幼馴染の妹相手に、抱く感情ではないような。
でもは何も気付かないままハボックを見上げる。
「ごめん・・・靴、変えてもらうね」
「適当に持ってきてやるよ。サイズは?」
を椅子に座らせて、ハボックは店内を物色した。
靴を探してるらしいと見当をつけた店員が、協力してくる。
「ローヒールのラウンドトゥパンプスなら、いかがかしら」
なんだその呪文は?
ハボックは店員の言葉に首を傾げたが、物を見て納得した。
踵が低くて、つま先が丸い靴。
スニーカーに慣れた足でも、これならいけるだろう。
そう思って、ふと、目を移した瞬間
ハボックはあるものに目を留めた。
銀色の細かい意匠のバレッタ。蝶を模っている。
―――――――――――に、似合いそうだな・・・
ハボックはこっそり店員に頼んで、会計をすませ包装をしてもらう。
そのまま持っていき、に手渡す。
「就職祝い。一応な」
「え?私に?」
白いワンピースを試着したままの姿で感動されると、
なんだか幼馴染というより女を口説いているような気になってくる。
――――――こういうのも、悪くない。
ハボックは自分の行動に自画自賛した。
「あとであけて」
「ありがとう・・・嬉しい。いいのかな、こんな」
しみじみ感動するに、ハボックは満足した。
持ってきた靴を履かせる。
鏡を見ると、細いシルエットが映っていた。
大きめな男物のお下がりとは全然違う。
真新しいコットンワンピと、白い靴は清楚で
あつらえたようにに良く似合っていた。
「まだ明け方と夕方は冷えますから」
店員が薄桃色の薄いカーディガンを持出してきて、に羽織らせた。
「いいじゃん。まとめて買っちまえよ」
ハボックが調子に乗って好き勝手を言う。
の華奢な長身、すんなり伸びた手足と小さな頭。
そこから醸しだす控えめな空気。
それは、今まで男物の格好で隠されていたものだ。
ハボックはの姿を見て、自分の行動に間違いはなかったと確信した。
「ありがとうございましたぁ」
二人は店員の華やかな挨拶を背に、店を後にした。
「こんな買い物したの、初めて」
「そーかい」
並んで歩きながら、が感動したように言った。
まんざらでもなさそうにハボックが返事をする。
だが一方でハボックは考えていた。
今まで苦労ばかりで、自分の楽しみはあったのだろうか?
何気なく見つめると、それにが気付く。
無邪気ににっこりと笑うを、可愛いとハボックは思った。
「こういうの、初めてだけど楽しかった」
「そりゃよかった」
「いつ着ようかな。普段着には、もったいないよね」
うきうきと話すは子供っぽくて、
とても苦労を重ねたようには見えない。
「普段に着ろよ、せっかく買ったんだから」
そんな姿を可笑しく思いながら、ハボックは言った。
「でも家でお洒落しても、仕方ないし」
「じゃあどっか遊びに行こう。連れてってやるよ」
「ほんと!?デート?」
「ばーか」
ハボックは笑いながら、ふと思った。
―――――デートって認めたら、コイツどんな反応したかな?
「どこ行きたい?」
「ジャンが連れて行ってくれるところなら、どこでも」
・・・コイツ天然のクセに。将来立派な小悪魔になるな。
「じゃあ手始めに」
ハボックはに向かって手を差し出した。
「?」
不思議そうな顔を向けるににっこりと笑ってみせる。
「子供のときみたいに、手をひいてお散歩とかは?」
脳裏に、幼い頃の記憶がよみがえる。
手をつないで歩いた散歩道。
帰り道でが疲れたら、おぶって家まで送った。
あの頃とは、背丈も何もかも変わってしまったけれど・・・
懐かしくて、は微笑みながらハボックの手を取った。
差し出された手に、自分の手を重ねる。
その手を握るハボックの掌が大きい。
覚えてた大きさよりも、ずっと。
「あの時の手より、ずっと・・・」
たくましくなったね、といいかけて、
は気恥ずかしさから言葉を引っ込めた。
ハボックは何も言わないで、黙っての手を引く。
道に二人の影が長く伸びる。
夕日の中を、ゆっくりと家路についた。



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