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毎回どんな自然な口実で彼女の近くに行くか、いつもオフィスに行くときは考えてしまう。
でもそのことに、彼女は何も気付いてない。
朝一番、ハボックがに近づいて話しかけている姿が目に入った。
それに彼女がにこりと笑って頷いている。
親しく会話する彼らの様子を、つい眺めてしまった。
嫉妬してしまうくらい、はハボックの前でくつろいだ顔をする。
ハボックはによく懐いている。まるで姉を慕うように。
そんなふうにリラックスした姿は、が私の前ではみせない姿。
どうしてハボックの前では、あんなに緩んだ表情をするんだろう?
チョコの包みを開けたが、そのひとつをつまむ。
「はい、口開けて」
素直に口を開くハボック少尉。
不意打ちで放り込まれたチョコに、ハボック少尉が驚いたように目をしばたいた。
「俺・・・こんなの大佐に見られたら、絶対いじめられる・・・」
まったく気にしないで軽やかに微笑む彼女。
「そんなふうに可愛く笑って・・・大尉と親しくお喋りした後の俺の惨劇、知らないでしょう。
いつも大佐に、すごくいじめられるんですよ。だからばれるんですよ、ホント」
そんなことを言ったばかりなのに、
ハボック少尉が、ニカっと笑っての側にかがみこむ。
チョコをもうひとつ欲しいとねだる姿が癪に障った。
でもは、頑張って奮発したチョコを喜ばれて素直に嬉しそうだ。
「少尉は、さっき私が口に放り込んじゃったから、もうひとつだけあげる。特別よ?」
他の男に、特別なんて言葉は使わないで欲しい。
「じゃあまた口に入れてくれてもいいですよ」
「・・・・大佐にいじめられるんじゃなかったの?」
下士官に口説かれていることも気付かない。
断るどころか、くすくす笑っている。屈託のないその姿が可愛くて嫌になる。
これ以上こんな光景を見ていたくなくて、きびすを返して執務室に戻った。
自分が立ち去った後の、彼らの光景を思うと腹が立つ。
自分の気持ちを彼女の気持ちと比べたら、明らかに自分のほうが比重は重いに違いない。
今までは、むしろ追いかけられる恋愛が多かった。
こんなふうに嫉妬させる女は、くらいだ。
気持ちがおさまらないうちに、執務室にノックの音が響いた。
が扉を開けて、中に入ってくる。
様子を伺うように。たぶん、誰かに言われて来たんだろう。
こんな気の回し方ができるのは、中尉あたりだろうか?
「あの・・・・これ、バレンタインのチョコです。
いつもお世話になってます、どうぞお納め下さい」
「なんだ、その義理チョコみたいな渡し方は・・・・」
ますます不機嫌になって言うと、眉をよせておびえたように私を見る。
「だって・・・・ものすごく拗ねた顔してるんだもの。怖くて」
当たり前だ!さっきのはなんだ!といいたかったが、ぐっとこらえた。
伺うようにじっと見つめるの瞳。
すいこまれそうに大きくて、理由のわからない魅力に囚われる。
触れたくて近寄る。
手を差し伸べたとき、がおびえたようにびくりと身を固くした。
でも、触れた後は少し緊張を解いたように、こわごわと瞳を見上げてくる。
すべらかな頬。綺麗な肌。唇も瞳も何もかも、手に入れたいと望んだもの。
「吸い込まれそうな大きな瞳だな。これではハボックも逃れられまい」
「・・・・・あんまりいじめないでくださいね。私の弟分ですから」
この期に及んでハボックをかばうような発言に、少しあきれる。
腹を立てている原因が何か、まったく分かっていない。
「今日はずいぶん絡んでくるね。そんなに私を怒らせたいか?」
少しわからせてやりたくて、言ってみる。
でも、は泣きそうな顔で私を見上げる。その顔は反則だ・・・怒れなくなる。
「ロイ、怒ってるの・・・・?」
だれよりも近い存在でいたいから、と二人きりのときは名前で呼ぶように言った。
恋人になってから、彼女は律儀に言うことを守っている。
下士官には甘いが、本当は上官に対して礼儀を重んじる子なのに。
だからだろうか。ハボックの前でのほうが、私の前にいるよりリラックスして見えるのは。
それが悔しくて嫉妬する気持ちも本当だが、責めれば余計に緊張させてしまう。
だから責められない。
結局、彼女を愛しいと思う気持ちがいつも勝ってしまうのだ。
「怒っていたけど・・・・・君にはいつもかなわない、結局」
「・・・・・?」
「分からない?」
がこくりと頷く。でも、わからなくてもいいと思った。
「チョコは手作りがいいとリクエストしていたはずなんだがね」
が口ごもって、言い訳をする。
よりによって仕事が多いせいだと私を責める。
「・・・・君は意外と意地悪だな」
「お互い様よ」
は普段、誰のこともこんなふうに責めたりしない。
突っ張った様子のウラにある、本当の理由が知りたいと思った。
でもそれより前に言ってやりたいことがある。
「ハボックにチョコを食べさせているところを見たよ」
「ロイも、食べさせて欲しい?」
やっぱり思ったとおり。何の屈託もないの言葉。
無邪気な顔で、小首を傾げて聞いてくる。可愛くて仕方ない。
「・・・・・正直、嫉妬した。だから私は勝手に食べるとしよう」
の身体を抱きしめる。
柔らかい肌を感じて、張りのある肌に唇を寄せる。
はいつものように抵抗することなく大人しく腕の中にいる。
やすらぐようにの瞳が閉じて、その変化を嬉しいと思ったのもつかの間で
我に返ったは、自分の冷え性を盾に拒んできた。
いったんは諦めて、それでも指先を絡ませると、いつものように冷えた感触が心地良い。
「君は真面目だ」
「そうよ。だから、私を尊重して」
その言葉に苦笑する。
「いつもそうしてるつもりなんだがね・・・」
は、どうでもいいことには驚くほど敏感なのに。
恋愛においてはそれがまるでない。
だからハボックとのことも悪気はないし、私の気持ちにも鈍感なのだ。
「今日、君の家に行っていいか?」
その言葉が何かの地雷を踏んだように、がびくりと反応した。
これは、照れたいつもの様子とは違って、何か隠してるような・・・
覗き込むと逸らされる瞳。とってもあやしい。
目をそらして冷や汗をかく様子が面白くて、つい笑って見つめてしまった。
「やはり、今日行く。まさか門前払いはしないだろうね」
「私がロイの家へ行くのではダメなの?」
また、上目遣いのおねだり。そんな様子に苦笑する。
それに、滅多に聞けない『家へ行く』発言まで聞けるとは思わなかった。
これは絶対家へ押しかけるしかない。
かけてもいいが、絶対家には手作りのチョコが隠れてる。
「・・・・・・それも嬉しいけどね。今度は私が言う前に、自分からおねだりしてくれ」
仕事が終わっての家へ行く。
玄関で出迎えてくれたは、上目遣いの挙動不審。
笑い出したい気持ちをこらえて扉を抜ける。
「食事はまだでしょう?すぐ支度できるから、座って待ってて」
テーブルを勧められる。
食卓には綺麗に活けられた花と、清潔なテーブルクロス。
素直に座ると、台所からいい匂いと、軽やかな調理の音。
さして待つこともなく、温かいスープとサラダが運ばれる。
仕事帰りの短時間で、よくこれだけ用意ができるものだと感心する。
さて、問題のチョコはいつ発見してくれよう?
「メインのお肉は、今オーブンなの。焼きあがるまで時間がかかるから、先に食べていて」
そうしてパンを入れた籐をテーブルに置いて
ワインをグラスに注ぐ。乾杯してそれを飲む。いつもどおりの展開。
あらかた食事を楽しんだ後、片付け始めた彼女が席を立つ。
「手伝おうか?」
「いいわ。座ってて。もう一品デザートがあるから、持ってくるわ」
彼女はいつも、食事の後に果物を切って持ってくる。
それがすんでからでもいいか、とおとなしく椅子に座りなおす。
どうせこのまま今日は帰らない。夜は長いのだから、あせることもない。
が持ってきたデザートの皿。
乗っていたのは、チョコレートケーキに生クリームとミントの葉を添えたもの。
少し驚いてを見つめる。
そんな私の様子を見透かしたように、が苦笑する。
「・・・・どうせ、これが目当てだったんでしょう?」
が皿とフォークをテーブルに置く。
「よくわかったな」
「だって・・・・いつも見透かされてるもの、私。だから今回のこともきっとそう。
チョコを手作りしたのを見抜かれたんだって思ったの・・・正解だったでしょ?」
苦笑してを見つめる。
見つめ返す瞳は、まだどこか不安げで・・・
「失敗したのか?」
「・・・・そうよ。それはそれは不味いんだから、お腹壊してもしらない。
ハボック少尉にしたみたいに、食べさせてあげたっていいわ」
それを聞いて、声をあげてわらってしまった。
の、何気なさを装いながら不安を隠しきれてない口調が可笑しかった。
「言っておくが・・・ハボックは、君が好きだよ」
「何を言うの?私の弟分よ。そんなことないわ、誤解よ」
あわてたようにが言う。きっと本気でそう思ってる。
そしてそれは、がハボックのことなど弟としてしか眼中にない証拠。
義理チョコを特別扱いでもらえた男も、手作りの労力を与えてはもらえない。
―――――――それは恋人の特権だから。
「誤解と思うならそれでもいい。好きな女から弟呼ばわりされて満足しているような男に、
私も負ける気はしないからね。もちろん譲ってやるつもりもない」
あきれたような彼女の表情も気にしない。
にこにこと彼女をみつめると、だんだん照れたように赤くなる頬。
そんな彼女に、自分に渡されたフォークの柄を向ける。
頬を染めた顔が、とたんにきょとんと柄を見つめる。
「食べさせてくれるんだろう?その指でしてくれても構わないがね」
ぼっと頬を蒸気させたは、顔を赤くしたままフォークを受け取る。
チョコレートケーキとクリームを一緒にすくって、差し出してくる。
にっこり笑って、それにぱくついた。
ぼうっとしたようなの視線。
「どうした?」
「・・・・いえ、なんでも、ないです・・・」
恥じたように顔をうつむけて首をふる。
また敬語。何を緊張してるんだろう?
じっと見つめていると、がたじたじと口ごもる。
「だって・・・大佐、ずるい・・・」
「何がずるい?それに敬語、敬称、二人のときはやめるようにいったはずだ」
「だって・・・こんなこと」
「こんなこと?」
食べさせてもらったこと?
こんな当たり前な、恋人同士の遊戯みたいなものなのに?
人の目を気にしないカップルなら、街中のカフェでだってやっている。
だいたい、ハボック少尉にだって気軽にしていたくらいなのに。
「こんなことって・・・・自分から、言い出したくせに」
「でも!大佐にするのとハボック少尉にするのじゃ、なんか違うんです・・・」
「また、いつまでたっても敬語だな。そろそろ怒るぞ」
ふにゃと崩れるの顔。
困ったように、泣きそうに、歪んでる。
仕方なく、ため息をついての頬に手を伸ばす。
触れられて緊張したように、ぴくんとが震えた。
「・・・・ちゃんと言葉にしてごらん」
「だって・・・意地悪。本当はわかってるくせに?」
「何を?」
「私が・・・・どんなに貴方を好きか」
目を見開く。
「・・・・そうなのか?」
「そうよ!同じことを誰にしても、こんなふうにならないわ。ロイを相手にする時だけよ。
見とれたり、どきどきしたり、眺めて呆けたりなんか。ばかみたいだもの、そんなの」
泣きそうに顔を赤らめて、一気にが言った。
そんな台詞を聞いて、私はまた笑い出す。
「ひどいわ、笑うなんて」
「じゃあ、どちらがよりお互いを想ってるか、これからたっぷり思い知らせてあげよう」
にっこり笑ってそう言うと、は赤らめた顔で恨みがましげに私を見る。
「ずるいわ。そんな笑顔を向けられたら、何でも許してしまうじゃない」
「お互い様だよ」
「嘘。意地悪・・・」
「意地悪もお互い様だ」
優しく言う。が作ったチョコを見る。
「フォンダンショコラだね・・・上手くできているじゃないか」
「・・・・ロイは美味しいものいくらでも知ってるのに。本当にこれでよかったの?」
手作りを断念した理由に、ようやく気付いた。
「私の口に合わないと思ったのか・・・」
「だって、そうでしょう?女の子が家庭で作るお菓子よ。パティシエにかなうはずない」
「そう思うか?」
「思うわ」
本当にこの子は、何も分かってない。
手を伸ばして頬に触れる。真っ直ぐに見つめてくる吸い込まれそうな瞳。
ゆっくりと口付けを交わす。甘いチョコの香りがした。
「チョコと一緒に、君を食べてしまおうか」
「また・・・そんな言葉。寒いわよ」
「寒いのは大丈夫だよ。体中の熱が寒さを忘れるくらい愛してあげよう」
「冷え性のことじゃないわ」
席を立って、に近寄る。
強引に腕を伸ばして身体を抱き上げる。
いきなり両手に抱えられたは、驚いて小さく悲鳴を上げた。
洩れた声さえかわいらしく思えた。抵抗もしないでおとなしく腕の中にいる愛しい人。
その額に口付けて、見上げてくる大きな瞳に笑いかける。
そのままベットへ運んで、マットにをうずめて、その上に覆いかぶさった。
身体を重ねたまま、口付ける。が甘い声を出して、軽く身動きした。
「ロイ・・・」
見上げてくる瞳に、誇らしげに笑いかける。
私に向けるまなざしも、緊張も、すべて想う心がそうさせるなら・・・・
「言ったはずだ・・・どちらがより想っているか、思い知らせてあげるとね」
その言葉に、頬を染めながら私を見ていたが、大きく瞬きした。
私はそれを誇らしく思いながら、彼女に微笑みを向ける。
「愛してる・・・・私の言葉を信じるか?」
そういうと、瞬きした瞳に喜びが宿り、小さく頷く。
そうして、は何もかもを私にゆだねる様に、そっと瞳を閉じた。
甘い夜は、始まったばかり。