雪に願う3




一緒に戻ると人の目に触れたときに面倒だから、
別々に戻ろうとロイと決めた。

「私はまだ時間があるから、後で戻るわ」

お目付け役のリザを思うと、先に大佐に戻ってもらうほうがいい。
そう言うと、大佐はあっさり承諾した。

「寒いから、もすぐ戻るんだ。分かったね」

入るときだけの周囲への配慮なら、時間差はそんなにいらないんだから。
そう付け加えて、中に入っていく。

扉に消えるときに大佐が手を振った。
その手首の時計が、室内の光に反射する。



思わず笑みがこぼれて、手を振り返す。
扉が閉まるときに見えた大佐の涼しい笑顔が、目に焼きついた。



手すりに向かって空を見上げる。


「あれ・・・?雪・・・」
白くて小さな結晶が舞い降りる。
静かに静かに。音もなく迫ってくる、白い色。


一瞬の感動のあと、すぐに落胆が襲う。



一緒に見たかったな・・・


ため息をつく。白い息が雪の白と重なる。

たった今大佐がいなくなったばかりなのに。
この間の悪さって、何なのだろう?

「・・・綺麗」

身体は相当冷え切ってしまったのに
さっきまでの大佐のぬくもりも奪われるほどに凍えてしまったのに

・・・・・少しだけ雪をみていたい。

空を見上げたまま寒さをこらえて、私は
階段の踊り場に立ち尽くした。












「顔色が・・・ずいぶん白いですね。具合悪いですか?」
当直中、ファルマン准尉に声をかけられる。

「冷え性だから・・・今、寒いのよ」
少し震え気味に答える。手にはあったかいコーヒーの入ったマグ。
肩にはショールをかけて、膝にはひざ掛けをかけてある。完全防備。


外で雪を眺めたのは余計なことだった。でも、そんなに長居をしたわけではない。
具合を悪くしたような感じもない。


「念のため、体温計で計っておきましょうか」
「大丈夫よ。私低体温だから、今計っても微熱すらないと思うわ」


それでも黙ってファルマンが体温計を差し出す。
あきらめて受け取る。

脇に挟むときの、体温計の冷たさがキライ。



検温のため、軍服と、下に着ていたシャツのボタンをいくつかはずした。
はだけた胸元に視線を感じて、ファルマンを見る。


細い目は視線が合っても分かりにくい。
でも、彼は胸元というより別のものをみてるみたい。


「それは、ドロップパールですね」

ファルマンの指摘にビックリして、私はつい自分の胸元を見る。
大佐にもらったネックレス。パールを抱いた天使。


「・・・知ってるの?」


ファルマンがにっこりして頷いた。

「大佐が知りたがっていたので・・・この石の意味はご存知ですか?」
「誕生日の石・・・」


うっかり答えてしまった、という顔をした私にファルマンが苦笑する。
大丈夫ですよ、と答えて人差し指を口元に当てる。


内緒にしてくれることを示すジェスチャー。
とっくに知ってて知らないふりをしてくれていたのかもしれない。


「・・・ありがとう」

私の言葉に、ファルマンがにっこりする。

「この石は、月の雫や人魚の涙と呼ばれています。水滴や洋ナシの形をした真珠です。
唯一生命から誕生したパワーストーンですよ」


私の表情で、私が何も意味を知らなかったことを読み取ったのか、
彼は満足そうに微笑んだ後、少しためらって言葉を付け足した。


「ドロップパールの意味は・・・・最愛の人、っていうんですよ」





驚きで目を見開く。あからさまな言葉に、頬が一気に熱くなった。

同時に、目の前に光が差したみたいな
こんな感覚は初めて。とても戸惑う。

「大佐は、知ってるの?その・・・意味を」

おもわずこぼれた言葉に、ファルマンが大きく頷く。
「もちろんですよ。それを聞いた大佐に、お前は最高だと誉められましたから」


本当に?それが真実なら、私はすごく幸せ者。
手の中におさまる天使の抱く真珠を、かけがえのないもののように触れてみる。

・・・・大好き。何回言っても足りないくらい。





「・・・体温計はどうですか?」

はっと気付いて、目盛を見る。
つい感動に浸ってしまった。まだ仕事中なのに。

「熱なんかないわ。寒いだけだもの・・・ほら、言ったとおりでしょ?」

数字は35度台を指していた。
ファルマンが肩をすくめる。



「そろそろ休憩の時間ですね。大尉、お先にお休み下さい」


夜勤には交代で仮眠の時間が与えられるけど
ファルマンは、仮眠よりも違うことを勧めてきてる。


「いいの?・・・本当に、行っちゃうわよ?」


言葉の裏の意味に気付いたと分かったファルマンが
相変わらず細い目をさらに細めて、頷く。


「分かっていらっしゃるとは思ってますが・・・
 少しくらいは大目に見ます。規定の時間にはお戻り下さい」


笑顔で頷いて、オフィスを抜け出す。
肩にはショールをかけたまま、廊下を走る。


一目散に目指すのは大佐のいる執務室。
今度こそ、本当にいてくれますように・・・




ノックもしないで扉をあけた。
少し驚いたような大佐が振り向いて、目が合う。


窓辺に立っていた大佐。雪を見ていたのかもしれない。


「勤務中ではないのか?」
「仮眠のための休憩中です」



ゆっくり扉を閉める。

大佐に近づいて、その胸に飛び込んだ。
驚いた大佐が反射的に腕で支えてくれる。


「君のベットはここか?」
大佐の可笑しそうな声。

「ここが、私の一番安らげる場所なの」
そう言って顔をうずめる。


「仕事の邪魔ならそういって・・・でもお願い。
もし、邪魔じゃなければ、ここにいさせて」



大佐の腕が私を力強く抱きしめて、額にキスしてくれる。
それが答えだと理解して、彼の腕の中から微笑みかける。


「私・・・ロイの最愛の人なの?」


微笑みかけながら口をついて出た言葉に、
大佐がおや?という顔で目を見開いた。


「ファルマン准尉が教えてくれたの」
「・・・困った部下だ」



静かに微笑んで私の髪の毛に触れる。
答えはなくても、それがなによりの答えに思えた。


、雪が降ってる。君の願いがかなったよ」
「知ってるわ。さっき階段の踊り場で、中に入る前に降ってきたのを見たから」

私の言葉にぎょっとしたような大佐の顔。


「だからまたこんなに冷えて!すぐ戻るようにわざわざ言ったろう」
「すぐ戻ったわよ」
「嘘をつくな。雪に見惚れて、空を眺めてたんじゃないのか?」
「そんなことないわ・・・・ちょっとだけよ」


あきれたような愛しさをこめた困り顔。
そんな大佐の表情に私は甘えて、様子を伺う。

やがてあきらめたように大佐がつぶやく。
「・・・・仕方のない奴だ」

そんな言葉すら愛おしい。好き。




雪が見えるように窓辺に向かって、カーテンに手を伸ばす。
その手をさえぎるように、大佐に後ろから抱きしめられて

背中から伝わる大佐の体温に幸せを感じながら、
私は回された腕に手を伸ばした。



「雪が好きなんだな」
「初雪は願い事を叶えてくれるのよ」
「そんな話ははじめて聞いた。何を願う?」
「そうね、何にしようかしら・・・」

決めてないのかと笑う彼。

窓の外にはしんしんと積もる雪。
明日は雪かきが必要かもしれない。


でも今はこの時間を大切にしよう。


「月並みだけど・・・・もし叶うなら。
『ロイとずっと一緒にいられますように』って願おうかしら」


軍隊にいる私たち。雪も負担が大きい願いを背負わされたかも。
来年も再来年も、時間は何も約束できない。生きてるか死んでるかさえ。


それでも、それを誰より分かっているはずの大佐が、力強く抱きしめてくれる。
大丈夫だよと、笑ってくれる。守ってくれる。


この腕の中で。


「・・・・努力しよう。私の最愛の人の望みだからね」




――――――――ほらね。


だから、私は内緒で雪に願う。
どうかこの人を守って。ずっとずっと、生きていてくれますように。










今年最後のお話になります。
新しい年が皆様にとって良いものになりますように。2007年もよろしくお願い致します。
ココに来て最後まで読んでくださり、ありがとうございました。