天気は晴れ。何気ない午後の昼下がり。
今日は試験の最終日だから、半日暇になるラッキーな日。
徹夜続きの試験勉強から解放されて、なんだか嬉しい。
今日は晴れだし、早く帰って部屋の掃除や、たまっている洗濯をしたい。
そのために、試験終了の打ち上げパーティーも断ってきたんだもの。
「一緒に帰ろう」
ハボックが声をかけてきた。
私は彼がずっと好きで、そのことはクラスの人のほとんどが知っている。
私は、恋心を隠すのが下手で、いつもすぐにばれるから。
彼も何もいわないけど気がついているに違いない。それでも優しくかまってくれる。
これは期待してもいいってこと?
「帰り寄り道してかないか?」
こんなときに限って、ハボックがそんな誘いをしてくる。
ハボックは好きだけど、いつもなら飛びつくくらいなんだけど・・・
なぜか今日は、そんな気持ちになれない。
「私、あんまりお金持ってないし、洗濯とかもたまってるし。
今日はまっすぐ帰りたい。ごめんね。また誘って」
「いいじゃん。付き合ってくれたら茶くらい奢ってやるよ」
買い物くらい一人でいつもしてるじゃない。
なんでそんなに強引に私を誘うの?
「なぁ、つきあってよー。行こうってば」
「わかったわかった。いいよ、仕方ないからつきあってあげる」
尊大に言ってみたけど、ハボックは聞いているのかいないのか。
当たり前みたいに私を連れて歩いていく。
そして結局私は、この可愛くてカッコイイこの人に負けてしまう。
てっきり私の見立てが必要な、参考書でも買うのかと思えば・・・
「こんなカワイイ雑貨が好きなんて知らなかったわよ」
「何で?お前、好きって言ったじゃん」
なんで私の意見なのか釈然としない。
「前に女子同士の話で騒いでるの聞いたぞ。何だっけ?
『カワイイ雑貨屋にいると時間忘れるー』とか何とか」
わざわざ女子の声音を真似ることも・・・っていうか、似てないし。
「女って、変なとこあるよなー」
「雑貨が好きな女の子にでも惚れたわけ?」
「別に」
そうだと言ってくれたら
それは私のことだと自惚れることができるのに。
だって、どう考えても私の気持ちに気付いてるんでしょ?
二人一緒に休みが重なったときに、クラスでからかわれたことがある。
『二人で愛の逃避行でもしたかと思った。同じ日に二人ともいないんだもん!
それが何よ、全然別行動で休みだったの?お互い示し合わせたわけじゃなく!?』
そのときハボックは、勝手に一人旅をしていて(多分何かに煮詰まっていたんだと思う)
私は遠くから士官学校まで来てくれた友人に会うため、許可を取って休んでいた。
ハボックは「あはは、愛の逃避行だってよー」と屈託なく笑った。
思い出すと、その笑顔か可愛かったと思う反面、受け流した彼に少しへこむ。
ハボックは、友達として私を大事にしてくれるけど
それはきっと優しいから。
ただそれだけなのかもしれない・・・
思い出して沈んだ気持ちになっていたら、
察したみたいなタイミングで、ハボックが口を開く。
「俺んちも雑貨屋だからさ。実家で親がやってる。
生活に密着した物しか置かない田舎の店だけど」
そんな話ははじめて聞いた。
実家のことなんて、私に話してくれるんだ。
われながらスゴイ感情の起伏だと思うけど、急に嬉しい気持ちがわいてくる。
「・・・そしたら、こんなアロマとか置いたりはしてないの?」
つい顔を向けた先の、色とりどりのロウソクを指差す。
パステルカラーの甘い色がはなやかに並んでいる。
ローズ。オレンジ。サンダルウッド。
レモン。ベルガモット。ラベンダー・・・
「実家じゃ見たことねえなぁ。白い普通の蝋燭ばっか置いてるよ」
・・・・本当に、なんでこんな乙女な場所にきたんだろうこの人は。
意外とファンシーな雑貨に囲まれてる姿も、似合わなくない。
けど、さっきからろくに買い物なんてしてない。
見て回るばかりで、買ったものといえば安売りの歯磨き粉と煙草だけ。
雑貨屋に来る前に立ち寄ったディスカウントショップで済ませて、それっきり。
「お前、こーゆーのが好きなの?」
ハボックが、アロマのひとつを摘み上げる。
「好き、かなあ・・・嫌いじゃないけど、あんまり買わないし」
「なんだそれ」
あいまいな返事に、あきれたようにハボックが私を見る。
毎日忙しいと、部屋のインテリアはシンプルになりがちで。
ホコリと掃除を考えると、とても雑貨屋みたいには飾れない。
「お店に来るのが好きでも、あんまり買ったりはしないの」
「けち臭えな。こんなん、いくらでもないじゃん」
「ホント?じゃあ買って」
「いいよ。どれがいい?」
あれ?
「どーしたの?ハボ、あんまり男らしーからビックリしたわ・・・」
やや呆然と言う。ホントの本気でビックリした。
だって、てっきり『はぁ?』とか『ざけんな』とか、
さらっといつもみたいに茶化して言うかと思ったのに!
たかがアロマキャンドル。
学生とはいえ男が女に買えなくてどうする!って思うけど。
私と彼は男と女っていうより、冗談ばかり言い合うみたいな関係だから。
「そおか?・・・って、ざけんなよ」
あ。さらっと言った。
「いいよ、買ってやるよ。なんなら全部買うか?」
「いいよ!悪いよ、それは」
あわてて断る。
ハボックは聞いてるんだか聞いてないんだか、
お構いなしでアロマに触れる。
「っつうかさ、これ何に使うの?何かいいことあるわけ?」
アロマの使い方、知らないんだ・・・
ハボックが陳列棚を見て、商品を紹介しているカードを読む。
「柑橘系はリフレッシュ効果。ローズは女性ホルモンの働きを整えます?何だそりゃ。
ラベンダーは不眠などリラックスに効果、だってよ。お前、不眠てあったっけ?」
ハボックがいちいちアロマの匂いを確かめては、キライな匂いに当たると顔をしかめる。
そんな姿が、あまりにも可愛くて一緒にいて幸せな気持ちになる。
大好き。
「これは?好き?」
「柑橘系?好き!あとね、これ・・・ローズとすずらん。甘いけどさっぱりした香なの。
そうだ、この間は白檀を試したんだけど、あれも良かったなあ」
幸せそうに語る私に、ハボックが優しい笑顔を見せる。
ハボックが、ふと目をとめたアロマを手に取る。
リフレッシュ効果と書かれた棚にある小さな瓶に溶けているオレンジ色のロウソク。
「これ買ってやるよ」
「ええ?どうしたの?何で?」
「イヤなら他のを選べ」
「そうじゃなくて!何で買ってくれるの?」
「何でもいいじゃん。面倒くさい奴だな」
本当に面倒くさそうに、ハボックが顔をしかめる。
これ以上は逆らわないほうがいい。
とういう風の吹き回しか知らないけど、素直に買ってもらおう。
「ありがとう・・・やさしいね。ハボックが超いい男に見えるよ」
茶化して誤魔化したけど、嬉しい気持ちは本物。
ハボックは、そんな私を見てフンと踏ん反り返ってにやりと笑う。
こういうとこ、子供っぽいなあ・・・かわいい。
帰り道は夕焼け。
日が高くて、夏が近いことを実感する。
そんな気持ちで空を眺めていると、ハボックが何気なく言った。
「ようやく元気になってきた?」
驚いてハボックを見る。
優しい笑顔。
「だって今日一日、ユイずっと元気ないんだもんな。心配したよ」
元気、なかったかな?
不思議そうな顔をする私に、ハボックが言葉を続ける。
「いつもなら遊びに誘えば喜んでついてくんのにノリ悪いし、打ち上げも断ってるし」
あれは、試験明けで・・・珍しく掃除でも、なんて考えたから・・・
「朝からずっとじゃん、試験終わっても何だか沈んだ顔してるし」
それは多分、徹夜続きで勉強していたから・・・
「気になってしょうがねえよ。ホント」
ハボックは今、結構重大発言したこと気付いてる?
私のこと、気になるってホント?
「だからアロマオイル買ってくれたの?私のこと元気付けようとして?」
ハボックは相変わらずの笑顔。
私にこたえをくれないまま、笑って誤魔化す。
決定的な告白なんか、絶対にしてくれない残酷でズルイ人。
それでも私のいつも一番近いとこにいる優しい人。
そして・・・いつでも私の元気の素は、ここから与えられるんだ。
恋人という関係じゃなくても、きっと私が彼に一番近い。
その逃げのような甘えた関係が崩れるのが怖くて、私も動けない。
きっといつか思い出に変わるまで。
気持ちを打ち明けない限り何も変わらないのに。
私はいつもと変わらない笑顔を彼に向けた。
ズルくて臆病な私に、ハボックはとびきりの笑顔を返してくれた。
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拍手にしては長めの小話になりました。
エピソード的な切り取りの風景が連続した珍しい小話です。
って自分で言ってて何のことやら・・・