君に告げる2





最前線と呼ばれるこの戦地で、国家錬金術師の役割は異質だ。



今までの戦いならば・・・


捕虜を無意味に殺さない。
騎士道で言えば、敵に好敵手をみつけたら交渉しだいで一騎打ちもありうる。
守られることは少なかったが、軍人の良識として、女子供など明らかに戦意のない者への危害を控える、など。


同じ人間として、敵に、捕虜に、情けをかけるような、ある種のルールがあった。


しかし、イシュバール人を皆殺しにするという決定命令。
和平の可能性すら一切遮断。イシュバール人の捕虜さえありえない。
そして、そのための国家錬金術師。


イシュバール人を生き残らせないため、人間兵器として、大量虐殺をする。
そこには、モラルも正義も何もない。ただの殺戮しかない。


騎士道も人間同士のルールも何もかも消えうせて、ただ殺すためだけに存在する。


――――――――こんな血なまぐさい自分に、は過ぎた恋人だ。


少なくとも彼女は、人を生かすためにここにいる。
疲れた寝顔を眺めながら、ロイは胸が苦しくなった。






その日の戦場は、いつもと様子が違った。
なんだか、イシュバール人の抵抗が、いつになく激しい。


「捕虜になっても殺されるだけ、抵抗してももしや全滅、となると
 ・・・・・・あきらめるより、あがくよなあ。普通は」
「感心してる場合じゃないぞ。ヒューズ、油断してるとお前も危ない」


戦場に散る軍人の治療に駆けずり回るに付き添いながら、
ロイはヒューズの軽口をたしなめた。


「すんだわ。すぐ搬送して」
きびきびと動くの声がした。その声に応えようとしたそのとき、
風に乗ってくる不吉な音を察知して、ロイは戦慄した。


!!」
ロイは、とっさにを身体の下に押し込み、地面に倒れこむ。


瞬間、鼓膜がものすごい衝撃を受けて、身体が吹き飛ばされた。
直後に降りかかってくる土しぶき。


鼓膜は麻痺してこもった音が頭に響く。周りの音は何も聞こえない。
かろうじて身体に抱きしめる柔らかい感触に縋りつく。
彼女が無事であればいい。


もうもうと立ち込める土煙の中。
うっすらと、目の前に血まみれの包帯の軍人が見える。
搬送しようとしていた患者だ。今ので止めをさされたかもしれない。


腕の中に、栗色の髪の毛が見えた。
安心して、ほうっと息をつく。


「少佐さん・・・・少佐さん、大丈夫?」
震える声がする。
かろうじて聞こえるが、まだどこか遠くだ。耳鳴りがおさまらない。


。無事か・・・」
驚いたことに、は涙顔になっていた。


「もう、少佐さん。なんで私なんかをかばうのよ。・・・自分が死んだらどうするの?」
気が抜けたようになってロイは乾いた笑みを浮かべた。
ゆっくりと身体を起こす。


「ヒューズ・・・無事か?」
頭に響く耳鳴りの余韻に辟易しながら、ヒューズを呼ぶ。
土煙の中で、身動きする人影が見えた。


「ああ。今のは驚いた・・・・早く動かないと、ここも危ないな」
さすがのヒューズも参ったように、しんどそうな声をしている。



また、少し離れたところで爆音が響いた。
飛散する細かい土くれがここまで届いて、身体を打つ。


「今ので、トリアージは黒に変更ね・・・」
転がった軍人の身体をみていたの、沈んだ声がした。


黒は死亡、
赤は重症者、
黄色は歩行不可能な中傷者、
緑は歩行可能な軽症者。


限られた医療機材・人材・薬品で、より多くの患者を救うため重症度を選別する。
それがトリアージという。


は、軍人に黒いプレートを掛けた。


「いつまでもここにいたら、年貢の納め時もすぐだな」
車が動くか点検しながら、ロイが急かした。
ヒューズが運転していた患者搬送用のトラックはお釈迦だが、ジープが無事だ。


「はは。まったくだな。砲弾相手じゃ分が悪い。
 ―――――――ちゃん、恋人と一緒にここで死ぬか?」
こんな場面なのに、ヒューズはひょうきんな口調を崩さない。
心なしか声が震えているのは、この男もさすがに死を恐れたということか。


「そんなの、絶対お断り」
のはっきりした口調に、ロイは軽くへこんだ。


一緒に死んでも良い、とまで言わなくとも、
そこまでハッキリ断る必要もないだろうに・・・


は言葉を続ける。
「おあいにく様、私は先に逝くからね。
 ・・・・だいたい上官がさっさと死んだら、残された下士官はどうするの」


「はは・・・下士官て俺のことか?」
ヒューズが乾いた声で答える。なんとなく、息が荒い。


が異変に気付いたのと、ヒューズが血を吐いて倒れたのが同時だった。
彼の声が震えていたのは、怪我をした痛みに耐えていたからだ。


治療を試みたが、険しい顔をして黄色い布を腕に巻く。


「少佐、搬送急いで。今なら間に合うから!」
「分かった。君も早く乗れ」


だが、は、悲痛な顔をして首を横に振る。
「この車じゃ全員は、無理よ。
マースは横にしたほうがいいし、あたしの場所はないわ」


「何を言っているんだ!?」
ロイが怒鳴った。だが、は引かない。


「それに、あたしは医者なの。今の攻撃で、新たに負傷した軍人がいるわ。
 彼らを助けないと。行って、応援をつれて戻ってきて。待ってるから」
「しかし・・・」
「何をぐずぐずしているの!?あなたの親友が死にそうなのよ!早く行きなさい!」


がロイを叱り飛ばす。それでもロイは、躊躇した。
は、そんなロイに残酷な言葉を投げる。


「重傷者は、人体実験でそれは酷い目にあうわ。親友がそうなってもいいの?
・・・研究所にいたあたしが言うのよ。お願いだから、言うことを聞いて、急いで」


苦渋の決断だった。親友の命が危ない。
重症に転じたら、人体実験に使われる。
そうは言ったのだ。


ロイは、本当はを乗せたかった。
だが、彼女はきっと承知しない。
なら、彼女の言うとおりに早く応援をつれてくるのが一番手っ取り早い。


「―――――――すぐ戻る」


車を勢い良く走らせて、ロイは戦場を駆け抜けた。
一刻も早く、戻るために。




だが、ロイは、このときまだ気付かなかった。
の心の真実を。