君に告げる3
ぺしゃんこになった大地。
木々が焦げて葉のひとつもない枯れた姿、むき出しの土。
ところどころから立ち上る黒い煙。
そこに、ロイは車から降り立つ。
ロイが搬送をすませ、急いで引き返した時には、戦場は静かで、
さっきまであられのように降っていた砲弾もやんでいた。
は、今どこに!?
焦燥と不安と後悔が交錯し、ロイは愛しい人の面影を求め、必死に探した。
そして、見つけた。
荒れた大地に、血にまみれて横たわる、汚れた白衣の女医。
栗色の髪の毛、長い手足の彼女は、間違いなくだ。
たぶん、叫んだのだと思う。
半狂乱になったロイは、応援の部下を引き連れてきたことなど忘れて
―――――――――――何もかも、一切を忘れて、へ駆け寄った。
抱き起こすと、にはまだ息があった。
ロイの剣幕に、気がついたのか、うっすらと目をあける。
乾いた唇が、かすれた声を出した。
「少佐・・・さん・・・?」
「・・・生きているな!?よかった・・・もう大丈夫だから、しっかりしろ」
の息は、今にも途絶えてしまいそうなほど、弱い。
ロイは必死で励ました。
「少佐さん・・・マース、は・・・」
「無事だ、命に別状はない。」
は、その言葉に安心したように、ほうっと息を吐く。
「・・・死ぬのは、怖いね・・・実験台も、や・・・」
次第に荒くなる息の下で、がつぶやく。
「大丈夫だ、君は死なない!」
「き・・・いて・・・、あたし・・・あたし本当は・・・・」
「喋るな!あとでいくらでも聞いてやる!」
だが、はかすかに首を振る。
「お願い・・・あたし、少佐さんに、謝らないといけない・・・」
たとえ謝る理由がなんであろうと、いまは聞きたくない。
愛人の噂が本当だとしても、
たとえ人の恋心を保身の為に利用したと言っても
「何を言っても許すから、今は静かにするんだ!」
―――――――――――でないと、本当に死んでしまう!!
「あたし・・・人体実験の、研究・・・いたの」
「ああ。ヒューズを搬送するときにきいた」
あやすように、ロイが言う。
「が、サボタージュに近い研究ぶり、と言ってた理由が納得いったよ。
・・・・・辛い思いを、したね」
「でも・・・断れなかった・・・誘われたとき、おかね、待遇いいこと言われて・・・それは、べつにいらないって、言えたのに・・・」
「?」
の目から、涙が流れて頬に伝う。
「助手の女の子を・・・・戦地に送る、て・・・女だけど・・・人手が足りないから、衛生兵に取るって・・・あたしが研究所にいくなら、考えてやる、どっちか選べって・・・・いわれ・・・」
「もう、いいから・・、黙って」
「断れなくて・・・ひとごろしのてつだい、したの・・・同じ、国の、ひとのこと・・・」
「人殺しなら、軍人は皆そうだ」
「・・・ちがう、よ」
は、笑い混じりに涙を流す。
苦しいのだろうか、弱い息なのに、呼吸が早い。
「ちがう・・・じっけんだいのひとに・・・殺意、ない」
「・・・・・・」
「たすけてほしくて・・・・医者に・・・。なのに、ころすの」
「・・・もういいから」
軍人に向かってくるのは、殺意ある人間。
だから戦場で起こることは、仕方がない。でなければ自分が殺されてしまう。
だが、研究所にくるのは丸裸の人間。同胞で、殺意も敵意もない。
そんな人間を悲惨な実験に使うさまを見せられて、がどんなに心を痛めたか。
彼女の治療に携わる様子を見ていたロイは、想像がついた。
きっと、だから彼女は、その分懸命に働いたのだ。
彼らが、実験などにされないように。
――――もしかしたら、罪滅ぼしの気持ちもあったかもしれない。
「研究所のひと・・・戦争、終わったら、どうなるかな?
きっと、英雄あつかい、されるよ。・・・・違う?」
「そうだろうな・・・」
ロイは想像した。
国家規模の研究職に選ばれた医者だ。頭はいい。
自らを守り、立場を保証するための言葉など、いくらでも思いつくに違いない。
「あたしも・・・きっと、そうなる、て言ったら・・・軽蔑する?」
「はそうならない」
人体実験を正当化する人間に成り下がるなど、にはありえない。
ロイはそう信じてる。うっすらとが微笑んだ。
「ありがと・・・でも、あたしは・・・ほんとは、弱虫だから。
きっと自分を守るうそを、つくよ・・・ひとごろしのてつだい、してたのに」
「それが、私に謝りたいことか?」
を黙らせたくてロイは話を急かした。
「だから、私・・・死ぬつもりで、戦場にきたの・・・さいしょから」
「・・・・何?」
「じぶんで、じぶんに、罰を・・・。でも・・・いま、すごく、こわい・・・」
「・・・」
「少佐さん・・・わかったでしょ?・・・卑怯で、ひとごろしの、私は・・・ほんとは・・・あなたに、ふさわしいにんげんじゃ、ない。なのに、甘えて・・・・優しくしてもらって・・・・・・ごめんね」
ロイは目を見開いた。
自分が感じていた引け目を、彼女も感じていたなんて・・・
「わかったから、いい加減少し休むんだ」
朦朧とした声で、うわごとのように、が声を出す。
ごめんね、少佐さん、ごめんね、ありがとう・・・・
の声が吐息にまじって、だんだん細く、小さくなっている。
意識が、遠のいているのだ。ロイは焦りを感じた。
搬送車はまだか、衛生兵は?
「・・・・ロイ・・・あいしてる・・・」
今になって、こんなときにロイと呼ぶなんて。
少佐さん、と可憐に呼び続けた彼女が、初めて恋人を名前で呼んだ。
朦朧とした意識で、うわごとのように。
それは、彼女のロイへの確かな愛の証。
だが、それを最後に、彼女の唇は動きを止めた。
動かなくなった恋人を抱きしめて、ロイは夢中になって衛生兵を呼び続けた。
人をいくら殺しても、いずれ慣れて何も感じなくなると思っていた。
だが、実際は積もり積もって、ある時ふっと気付いてしまう。
自分が、どんなに苦しくて、傷ついているか。
トラウマとは、そういうものだ。
気付いたときは手遅れで、その罪を抱えて生きていくしかない。
それでも、を想っていられた時間は、
唯一自分を、兵器でなく人にしてくれていた。
彼女は、どうだったのだろう?
じっとの顔を見つめると、涙が乾かないで頬に輝いている。
土煙や硝煙で汚れた白い顔は、それでもロイの知ってるだ。
涙をぬぐってやる。
静かに、静かに。ただ風が凪ぐたびに舞う土埃の中で。
あちこちで、衛生兵や兵隊の声がする。
一人の衛生兵が、ようやくロイの元に駆けつけた。
だが、近づきかけて立ち止まる。
その衛生兵は不思議に思った。
騒音に近い兵士の動きのなかで、少佐と女医のいるその場所だけは、
まるで、切り離されたように静かに見える、と。
が所属した研究者は戦争の間、実験を続けたが、
すべてが終わった後、実験台として処分されることになる。
ロイは戦後、グラマン将軍配下になり東方司令部に所属する。
その時、将軍が相当な年配者だと判明するのだが・・・・
―――――――――――だが、それはまだ先の話。
