2-1 青の団







最近の天気は不安定だ。
空を見上げれば、薄曇が絨毯のように太陽を隠している。

が東方司令部に着たばかりのころは、まだ寒くて。
そのうち桃や桜が咲き、薔薇に続き、やがて散っていった。
かわりに、くちなしの花と紫陽花が咲き、向日葵も種を宿した。




最近のは、仕事も慣れてきて、周りとも馴染んできた。

最初の頃は、意地悪な先輩上司にいじめられて落ち込んでいたり
母親を亡くした傷が深くて、すぐ涙ぐんだりしていた。


まだ新人扱いには違いないけれど、指導担当も外されて、
意地悪な先輩上司もそうそう嫌がらせはしてこない。


なぜか大佐が親しく声をかけてくれる。
大佐の信頼厚い士官も、をよく面倒見てくれる。
そのおかげで、意地悪がないのだとは推測していた。


自分は守られている。



――――――だとしたら、それはジャンと、中佐のおかげ。



幼馴染のジャン・ハボックは、大佐が信頼を置いている部下の一人。
が軍に入る時、推薦人になってくれたヒューズ中佐は、大佐の親友。

そして、そのマスタング大佐は、
東方司令部を仕切る将軍のお気に入り。
向かうところに敵なし、の出世頭だ。


自分は、とても恵まれている。
は少しずつ、この軍の中で自分の居場所を見出しつつあった。

そんなときに、事件は起きた。










廊下を軍靴の当たる音が響く。
何事かを話す声と共に、近づいてくる。

「どうせ軍部の悪口に決まっている」
「ごもっとも」

扉が開くと同時に放たれた言葉だけが、室内に聞こえた。


東部過激派『青の団』による犯行声明が届いて、
東欧司令部はいつにも増してあわただしくなっていた。


「困ったな。夕方からデートの約束があったのに」
「たまには俺達と残業デートしましょうや」
大佐のあきれた言葉に、時刻表を確認しながらブレダ少尉が応じる。


「ここはひとつ将軍閣下には尊い犠牲になっていただいて、
さっさと事件を片付ける方向で・・・」
大佐は尚も、顔を生真面目にしかめて言う。
ずっと機械に向かっていたフェリー曹長が、身体を起こして用紙を差し出した。


「バカ言わないでくださいよ大佐。乗客名簿あがりました」
「あー本当に家族で乗ってますね、ハクロのおっさん」
大佐の見ている名簿を覗き込んだハボックが言う。


大佐も士官も、事の重大さをものともしない軽口だ。
あわただしいが、士官全員が落ち着いている証拠。


ここにきて初めての将軍人質事件に、は緊張しっぱなし。
彼らの態度は、逆に頼もしく感じた。




情勢不安な東部にバカンスに来た将軍に悪態をついていた大佐は、
乗客名簿の名前に気がついて、口調が改まる。


「ああ諸君、今日は思ったより早く帰れそうだ」
皆の目が大佐に集中する。


大佐は名簿に視線を落としたまま、不敵な微笑みを浮かべた。



「―――――鋼の錬金術師が乗っている」









大佐の予想通り、とも言うべきか。
駅に到着した列車は、すでに青の団の支配から解放されていた。



「や。鋼の」
ホームに降り立つ少年と鎧姿の二人に、大佐は愛想良く笑いかけた。
鎧姿の人物は、大佐にも、そばについている中尉にも、愛想良く挨拶をした。


だが、対する少年は、ものすごい形相で後悔の台詞を吐く。
「大佐の管轄なら放っときゃ良かった!!」


怪我をしたハクロ将軍は、すでに病院に搬送され、
今は犯行グループの護送と後片付けで、ホームは騒がしかった。


憲兵に指示が飛び、あちこちで走り回る人々を、は見ていた。

「初めて会いますね」
鎧姿の人物がに気付く。声が幼いから、本当はまだ子供かもしれない。
はそう思いながら、ペコリとお辞儀をした。


大佐がを紹介してくれた。
だ。
事件が解決に向かったので、いい経験になると思って連れてきた」


少年が、また苦虫を噛み潰したような表情をした。
大佐に対してとわかっていても、なんとなく申し訳ない気持ちにさせられる。

でも、大佐の知り合いらしいこの少年は、何者だろう?
は首を傾げた。

少年を『鋼の』と大佐は言った。
鎧姿の方は、中尉が『アルフォンス君』と呼んでいた。


でも、まさか・・・こんな小さな子供が?




それを言ったら事態が大変になるとは知らないまま、
は沈黙して様子を伺った。



なんとなく中尉の近くにいたので、大佐と少年の会話も聞こえた。

「まだ元に戻れてはいないんだね」
「文献とか調べてるけどなかなかね・・・」


話の内容はわからない。
だが、少年は、東部の町で何かを探し回っている途中だったらしい。


会話の途中で、憲兵の悲鳴が聞こえる。
仕込みナイフを武器に、今回の犯行グループの一人が抵抗したのだ。


片目に眼帯をした男は、たしかバルドと言ったはず。
大佐を攻撃目標にしたようだ。こちらを向いて肩をいからせている。


「うわ」
驚くでもなく、げんなりと少年がつぶやく。
大佐のそばにいるにも関わらず、肝の据わった反応だ。


「大佐、お下がりくだ・・・」
「これでいい」
銃を手にする中尉を制止し、大佐は手袋を見せる。


怒声を上げて迫り来る男へ向かって、腕を伸ばす。
手袋をはめた手がパキンと音をたてた瞬間、火花が散り男は爆音と共に吹き飛ばされた。



「てめえ何者だ!!」
憲兵に取り押さえられた不自由な姿勢のまま、男がうなった。


「ロイ・マスタング。地位は大佐だ。そしてもうひとつ」

は初めてみる錬金術のスタイルにあっけにとられた。
周りには、驚いている憲兵や犯行グループ。ギャラリーは揃っている。
そんななか、大佐は悠然と言ってみせた。




「――――焔の錬金術師だ。覚えておきたまえ」











一瞬の出来事。
だが、ホーム中の視線は大佐に集中した。


唖然とする憲兵。
聞かれるままに、ハボックがタバコに火をつけながら説明をしている。

「理屈はわかりますけどそんな・・・」
いまいち納得できない憲兵にも、
ハボックは何てことないような口ぶりを崩さない。


「それをやってのけるのが錬金術師ってやつよ。
 ちなみに大佐の隣にいるちっこいのも錬金術師だぞ」


ハボックの声は、にも届いた。
「え!!じゃあ今回犯人全員を捕り押さえたのって・・・・」
驚く憲兵の声。だって驚きだ。




―――――――やっぱり、あの子が『鋼の錬金術師』




視線を返すと、バルドに傷つけられた憲兵が目に入った。

一人は肩に負傷しているものの、意識レベルはしっかりしてそうだ。
もう一人は、うつ伏せになったまま動かない。



出血や傷の状態によっては、危ないかも・・・



は、怪我人へ向かって歩き出す。
応急処置くらい、今やって困ることにはならないはず。


担架を待ちながら二人を励ます憲兵の間に割りこんだ。
「傷を見せて。応急処置をするから・・・・」


医療班でもない軍人の登場に、憲兵は怪訝そうながら場所を譲った。


鋭利な刃物で負った傷。ナイフは、よく手入れされていたようだ。
傷口は深くないものの、意識のない一人は出血が問題だった。


「切り口が思ったより広かったね。・・・・大丈夫?」
青い顔ながら意識を取り戻した憲兵の様子に、周りが小さくどよめいた。


「・・・・・傷をみせて」

肩を怪我した憲兵に声をかける。彼は素直に傷口を見せた。
「ありがたい・・・・腕が動かなくなって、正直怖かった」


上腕の腱が切れていた。
は、その状態に眉をひそめたが、黙って治療をする。
手をあてて、光が手のひらから洩れる。


苦痛に顔をゆがめていた憲兵は、ふうっと呼吸を楽にした。

「腕は安静にしていれば大丈夫。楽にしてね」
「すごいですね。・・・・名前を聞いても?」



!」
のかわりに返事をするかのようなタイミングで、声がした。


「は、はい!」
振り返ると、大佐と少年が立っている。声は大佐だ。
は反射的に立ち上がり、姿勢を正した。


「何をしている?」
「はい・・・・・すみません、勝手な行動を・・・」


少年の表情が固い。
それに目を留めて、は不思議に思った。


「どうした?、何かあったか?」
ハボックが様子に気付いて駆けつける。


「われわれの治療をしてくれたのです」
答えたのは、一部始終を見ていた憲兵だ。


「ああ・・・治療の錬金術ね」
ハボックは納得したようだ。なぜか大佐も、驚かない。
ハボックから聞いているのかもしれない。


少年だけが、取り残されたようにを凝視していた。
大佐は、それを見透かしたようにそこにいる。



は視線に感じた疑問を口にしなかった。
少佐相当位の少年とは、立場が違う。

ただ黙って、痛いほどの少年の視線に小さくうつむいた。










TheStartingLine続編、というか、前作から普通に続いてます。
一応区切りつけたのは、ここから原作沿いになるから。それだけです。
やっぱり原作スゴイなぁと思いながら書いてます。
私にしては長めの連載ですが、最後までよろしくお付き合い下さい。