2-2 国家錬金術師T








東方司令部のオフィス。

遊びに来るエドワードに対して、は困った顔をして笑いかける。
エドは無邪気そのもので、の側を離れない。


様子を見て退散するが、少し間をおいたり、日を変えてやってくる。
狭いオフィスに子供の国家錬金術師がいれば、それだけで目立つ。


「私、仕事中なんです。申し訳ないですが・・・」
しばらく相手をしていたが、遠慮がちに切り出す。

指導役ははずされたのに、何かとに絡もうとする元指導担当者が、
エドがにまとわりつくようになってから、またうるさくなってきた。



「うん、最初は遠慮してたんだけどさ・・・でも大佐が気にしなくていいって言うから。
も気にしなくていいぜ?」

あっけらかんとエドが返す。




――――――――――そうなのだ。


相手をしてやって欲しいと、大佐直々にお願いされている。
でもそのために仕事が減るわけじゃなく、オフィスの目は厳しく・・・



「ほら、そんなに強引だとが困るぜ?」
ブレダ少尉が助け舟を出してくれた。


ちぇっとつぶやいてエドがあきらめる。
「そんなら、また来るから。今日は帰る。またな、


ほっとしてエドに笑いかける。
これ以上仕事が遅れたら、新人の立場として怒られるのは必至。



「・・・この世の中、親亡くしてんのは山ほどいんのに、の奴
悲劇のヒロインにでもなったつもりかよ」

エドが立ち去ろうとしたとき、騒々しかったオフィスのざわめきが一瞬静まり、
陰で言っていた指導担当者の小声が思ったよりハッキリとオフィスに響いた。



どういう話の流れかは分からないが、
たぶん、新人のことを何かと言いたいのだろう。

立場が弱いのだから、不満やストレスのはけ口にもなりやすい。
そんなことは分かっている。



確かに内乱やテロが頻発している昨今、親を亡くした孤児が増えている。
身体に不具合を生じた人間も、連れ合いをなくした人も、たくさんいる。



――――――――――でも・・・・



は唇をかんでうつむいた。
聞かない振りをして、書類に目を落とす。
少し泣きたい気持ちになった。


悲劇のヒロインになったつもりもないし、自分から話題にしたこともない。
聞かれても記憶がないので答えようもなく、同情をひこうとしたこともない。




「・・・・・てめぇ!!どの口だ、そんなこと言うのは!」

切れのいい啖呵がオフィスに響く。
うつむいていたの耳にも入った。


この声は・・・エドの声。




「いえ、錬金術師殿のお耳に入れるような話じゃなくてですねぇ・・・」
愛想笑いで元指導担当者がとりなそうとする。

そんな態度にも少年はカチンときたらしく、
エドはくわっと形相を強張らせ相手を睨みつける。


「どこのどんな人間だって、自分の母親は一人しかいないんだ。
 親しい人を亡くして何も思わない人間がいるのか?」


は俯けていた顔を、ゆっくり上げた。
目の前に見える金色のみつあみ。コートの赤い色。


「それに、少なくともは俺の同情を引こうとなんてしてない。
 自分の持っている知識を、ひけらかそうともしない。
―――――――――――お前より余程使える人材だと思うぜ」




驚いたような表情をしているに向かって
エドが振り向いてにっこり笑った。


大佐が「相手をしろ」と言った理由。
少年がにまとわりつく理由。

ようやく納得した。
そうか、そういうことだったのか・・・








今回の事件の経過報告を読むだけで、ため息が出る。

列車を改造したスピーカーや大砲の練成、炭水車を使っての水道管。
どれだけの知識があれば、こんなレパートリーのある錬金術ができるのか。



国家錬金術師、やっぱりスゴイな・・・・



は軽く落ち込んだ。
自分の苦労して得た知識など、本当に微々たるものだ。

なのになぜ、あの少年はの知識を欲するのか。
彼くらいのレベルなら簡単すぎる課題に思えるのに。



「なあ、。時間とれねえ?」
拗ねたような甘えたような、おねだりの声。
いくら背が低くても、上目遣いの少年はかわいかった。



でも、実際に話したら、
レベルの差に恥ずかしい思いをするのは、きっとの方。



「レベルが違います。私くらいの知識は、すでにお持ちでしょう」
「だ―――――――!!だから!!なんでそう自分を低く評価するかな!!?」

頭を抱えて絶叫する少年術師に、は困った。



「ハボック少尉やマスタング大佐から、私のこと聞いたのではないですか?」

仕事上では、はハボックのことを、普段のようにジャンとは呼ばない。
少年とはいえ国家錬金術師を前に、礼儀もわきまえる。



「聞いたけど・・・」
眉を寄せて口ごもる。そんな姿は、悪いことをしたと言っているかのよう。



「目標も見失って、今は勉強もやめてしまった状態です」
「あのさ、オレに敬語やめてくんない?名前呼ぶときも、エドでいいから」

おもいきり不服そうに言う。
は少し考えたが、にっこり笑って頷いた。


それを見て気を取り直したようなエドワードは、
それでも何かを思い出したように表情を曇らせた。



「・・・・なあ。その目標のことなんだけど」
「はい」
「まだ敬語」
指摘されて、うっかりしたことに気付く。


「・・・・母親の身体を治すためって、聞いた」
「・・・・・そう、ね」
苦笑しながら言う。
もう最近は母親の話題が出ても落ち着いたフリができる。



言い出しにくいことを言い出すように、エドワードは口ごもった。
何かを言ってるが、判然としない。

「なに?」
それでもが促すと、思い切ったように問いかけてきた。

「・・・・生き返らせたいって、思わなかった?」
エドワードの言葉に、目を見開く。



なんて突拍子もないことを聞いてくるのだろう?
そう思ったことを顔に出していたようだ。エドワードはその表情を読み取った。


「思わなかった、ってことか・・・」
なぜか安堵したような残念がるような複雑な表情だ。

「人体の構成成分は、水35g炭素20kg石灰1.5kgリン800g塩分・・・」
なんてことないようにつぶやくエドワードの言葉を、は静かにさえぎる。


「・・・それは、あくまで普通の大人一人分。
長く消耗してきた人間だと値が変わってくるから、もう少し計算が必要」



エドが、表情を変えた。
それが何を示すのか、はわかる。の知識が欲しいのだ。




「あのね、エド」
は、穏やかに少年に語りかける。

「私、お母さんを治したくて頑張ったの。
 だから・・・・たとえば、身体とか臓器の一部なら、同じものを作ることが出来る」


エドワードは、顔を上げた。少し驚いた、期待に満ちた表情だ。

「指とか、骨と血管と神経と筋肉が細かい部分、脳とかは難しいけど。
 時間をかければ、問題なくできるはずよ」
「それって・・・・」
エドワードがごくりと唾を飲み込んだ。


「人体練成のうちに入るのかな?部分だけしか練成したことないけど外見だけなら
―――――――確かに理論を詰めていけば、特定の人間も作れるはずだから」
「やっぱり!そういう研究をしてたんだな!!」

明るく叫ぶ声。だが、の気持ちは冷静だ。



「でもそれは、決して同一人物じゃないと思うわ」
「なぜ?」
「身体という入れ物だけ同じでも、魂までは練成に含まれてないから。
・・・・魂の練成は、考えたこともないわ」
「どうして!!」


エドワードの迫力に気圧されて、は一瞬言葉に詰まった。
「それは・・・・生きている人を助けるために、勉強したから」
「ああ、そりゃそうだよね・・・・」

当然のことを言われて、エドワードは納得したように相槌をうった。



「でも、母親が死んだ後は?」
「・・・残酷なことを聞くのね・・・・」
沈んだ声でが言った。

エドワードは、悪いことを聞いたように肩をすくめる。
それでも、返事を促さない代わりに質問を引っ込めることもしない。



「・・・・人体練成に、魂の練成なんて、途方もない考えに思えた」
「・・・・・」
「だって、生きてきた時間と記憶と感情は、その人だけの物でしょ?
 そんな複雑なものを、練成して成功したかなんて、どうやって確認できるの?」
「それは・・・・!」
「記憶?それとも仕草?自分の記憶を頼りに練成するのだから、
・・・納得いく結果になって当たり前だって思わない?」

エドワードがぐっと詰まった。



「私は・・・自分の練成した母親が本物かどうかを、いつか疑う時が来ると思った。
失った身体と、炭とか水とか市場で揃うものが等価だとは思えない。
魂の情報だって一緒よ」

エドワードがうつむいて眉根を寄せる。

「私・・・毎日泣いて、ようやく亡くした人は永遠によみがえらないって気付いたの。
―――――――――――――ニセモノの人体練成で、お母さんは作れない」




気付いたら、はたはたと涙がこぼれた。
「そう思ったら、ただ悲しくて・・・・二度と会えないって・・・・寂しいって・・・おもった」


恥ずかしい。こんなあどけなさの残る少年の前で。
は隠すように顔を覆った。

「・・・・ごめん・・・」

暗い声がした。エドワードがすまなそうな顔をしている。
が首を横に振った。




エドワードは思い出した。ここに来る前に出会った少女。
恋人の生き返りを信じて宗教にすがったロゼ。

同じように悲しみながら、その態度はどれだけ開きがあるだろう。




あきらめられなくて他力本願になることと
冷静に状況を受け入れて、悲しみに耐えること



――――――――――自分たちのように、突っ走ることもなく。



その選択は、途方もなく悲しく、強い精神を思わせた。








ヒロインの言ってる錬金術は、大佐がダミーちゃん作るときの知識と一緒です。
治療方法も、手のひらに練成陣を書いてるか、書いた紙か何かを仕込ませてるか、そんなところです。
物語中で補足できなくてすみません・・・