2-3 国家錬金術師U
執務室で、エドが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「今回の件でひとつ貸しができたね、大佐」
「・・・・君に借りをつくるのは気色が悪い。
には、大した知識はなかったか?」
の名前を聞いて、エドは少し真面目な表情になった。
「は・・・謙遜してたけど、本当は人体練成を解けたんじゃないかな?
強い精神力で、踏みとどまっただけで・・・」
きっと、言葉で聞いたよりいろんなことを、思っていたに違いないのに。
「ほう・・・・しばらく情緒不安定な時期もあったようだが」
ロイにとって、エドの言葉はどんな内容でも傾聴に値するようだ。
だが、そんな様子に気付かずに、エドは噛み付くような勢いで反発した。
「そりゃそうだろ。肉親亡したんだぞ、たった一人の」
ロイは、そんなエドをじっと見た。
その視線に、言外に何かを感じ取って、エドがうつむく。
「確かに、辛いときに、辛い気持ちを、抱えていくのはすごい覚悟だ。
みんな、どこかに逃げ場を探すものだからね・・・・」
ロイは、落ち着き払っている。
それが気に食わないかのように、エドは顔をゆがめた。
「・・・・いいだろう。何が望みかね」
ロイの質問に、エドはすぐに答えた。
「この近辺で生体練成に詳しい図書館か錬金術師を紹介してくれないかな」
エド達が探しているものは、研究例もなければ、過去の症例も皆無。
人体練成という禁忌を犯した術師が生き残る確立は低いし、
生き残っても禁忌を犯したと公言するバカはいない。
「――――合成獣練成の研究者が市内に住んでいる。
『綴命の錬金術師ショウ・タッカー』
二年前に人語を使う合成獣の練成に成功して国家錬金術師の資格を取った人物だ」
「人語を使うって・・・・人の言葉を喋るの?合成獣が?」
エドが驚いて言った。
症例や研究例がなければ、応用できそうな知識を自分で探すしかない。
ショウ・タッカーに会いに行くことにしたのは、言うまでもなかった。
暮れなずむ夕焼けの時刻、大佐がハボックを呼びつけた。
承知したふうのハボックは外出したが、1時間もしないで帰ってきた。
現場の視察にしては、早い。
「おかえり、早かったね」
がお茶を持っていくと、ハボックがサンキュと言って受け取った。
「鋼の大将のお迎えに、タッカー邸まで行っただけだからな」
「迎え?エドの?」
「資料を見せてもらってるんだってさ」
「ふうん・・・」
ハボックが一服しながら続ける。
「でも、資料そっちのけで犬の下敷きになってたな。何やってんだか」
「あはは。資料検索の合間の息抜き?」
「そーいやそう言ってたけど」
ハボックが煙を吐いて、一呼吸おいてから口を開いた。
「・・・エドって呼ぶんだ?仲いいのな」
「え?あ、ううん。そう言われたから・・・。
タッカーさんて方も、国家錬金術師なの?」
いきなりの質問に、は少し驚いたものの、
深く考えず自身の疑問を口にする。
「・・・・そうだってよ。二年前に資格を取ったらしいな。
大佐が『もうすぐ査定の日です。お忘れなく』って言ってたし」
ハボックも、それ以上は深く突っ込まなかった。
「そっか。国家錬金術師って、二年ごとに査定があるんだ」
国家錬金術師に対するの印象は、今でも最高の技術者だ。
「大佐、今からタッカー邸に行ってきます」
が大佐に報告した。大佐は機嫌よく相槌をうつ。
「ああ。向こうで鋼の錬金術師に会うかも知れん。
鋼のも資料だけじゃなく、タッカー氏の研究成果が見たいだろう。
立ち合わせてやって構わないから、そのつもりで」
査定を前に、タッカーから人語を解する合成獣を練成したと連絡が入った。
本格的な査定は上官が行うが、報告のためにが先に査察に赴く。
上官の手を煩わさないためだ。
雷が鳴りそうな雲行きだった。
広い屋敷。この中で、どんな錬金術師が研究をしてるのだろう?
の脳裏に、ドクター・マルコーが浮かんだ。
呼び鈴を鳴らすが、誰も出ない。
事前に連絡は入れていたのに・・・
いぶかしく思いながらドア見ると、少し開いている。
留守ではない・・・?
そのとき、何かが衝突したような大きな音がした。
「兄さん!!」
遠くで声がする。聞き覚えがある。
鎧姿の、体格にそぐわない幼い声。
はダッと声の方へ走り出した。エドの叫ぶ声も聞こえる。
「この野郎・・・やりやがったなこの野郎!!2年前はてめぇの妻を!!
―――――――そして今度は娘と犬を使って合成獣を練成しやがった!!」
部屋の入り口で、は衝撃のあまり身体が硬直した。
動けない。入り口はすぐそこなのに、身体が動かない。
一部始終が、とても近い位置で繰り広げられているのに、まるで部外者だ。
「そうだよな、動物実験にも限界があるからな。
人間を使えば楽だよなあ、ああ!?」
責めるエドの声。まるで同じ部屋にいるかのように、こんなにはっきり聞こえるのに。
「は・・・何を怒る事がある?医学に代表されるように、
人類の進歩は無数の人体実験のたまものだろう?君も科学者なら・・・」
「ふざけんな!!こんな事が許されると思ってるのか!?
こんな・・・・人の命をもてあそぶような事が!!」
タッカーの言葉に、エドの怒声がかぶる。
「君の手足と弟!!それも君が言う“人の命をもてあそんだ“結果だろう!?」
拳が人を叩く音。エドがタッカーを殴ったのだ。
だが、殴られてもタッカーはひるまない。
「同じだよ、君も私も!!」
「ちがう!」
「ちがわないさ!目の前に可能性があったから試した!
―――――たとえそれが禁忌であると知っていても試さずにはいられなかった!」
扉の外で、は愕然とした。
母親を、生き返らせようと思わなかったか聞いてきたエド。
あの時のエドは、どんな顔をしていた?
拳を叩きつけながら、エドの声は悲痛だった。
「ちがう!!オレたち錬金術師は・・・こんな事・・・オレは・・・!!」
エドを止めたのはアルだった。は、相変わらず一歩も動けない。
「はは・・・きれいごとだけでやっていけるかよ・・・」
「それ以上喋ったら今度はボクがブチ切れる」
なおも食い下がるタッカーに、アルの抑えた声が彼を黙らせた。
あそぼう、と声がする。の位置からは声だけしか聞こえない。
でも声の主が元人間と犬というのは、聞いていて明らかだ。
元に戻せないことを詫びるアルの声。
それが分かっているのか、なおも遊ぼうと言い続ける声の主が、悲しい。
気がついたら、雨が降っていた。
