2-4 傷の男T
雨はいっそう激しく振り出していた。
雷が鳴れば、普通は一過性の降りだが、今日はどういうことだろう。
時間がたっても止まない上に、ますますひどくなっている。
まるで、誰かの心を映しているかのように。
エド・・・・今頃どうしてるのかな
ぼんやりと、機械鎧の腕と足を思い出す。
は心ここにあらずな状態で、椅子に座り込んでいた。
事情聴取を受けたは、担当者に質問攻めにされた。
だが、頭に霞がかかってしまったように、何を聞かれても言葉が意識に入ってこない。
は質問に上の空で、何もいえないまま、バカみたいに頷き続けた。
しまいには、聴取の担当者がさじを投げた。
「何をきいても、さっぱり反応がありません。
かなりショックを受けていますから、しばらく落ち着かせるのが妥当かと」
は頭が混乱していた。
だが、それは尊敬する国家錬金術師の、醜い一面を見たことだけではない。
鋼の錬金術師が禁忌を犯していた。
探し物は、失った身体を取り戻すための方法だった。
それを知ってしまったこと。
今のぼんやりした頭で、何かを話したら・・・
気をつけていても、もしかしたら、彼らの禁忌に触れてしまうかもしれない。
自分は会話を聞いただけ。
現場の状況を語るとき、彼らを抜きには語れない。
必要なことは、きっとエドが大佐に説明するはず。
なら、何も言わないでいるほうがいい。
動かない頭を必死で回転させながら、はそれだけを懸命に思った。
だが、話す必要はなくなった。
資格剥奪の上で裁判にかけられるはずのタッカーが、
自らの実験成果と共に殺されたのだ。
「おいおいマスタング大佐さんよ
俺ぁ生きてるタッカー氏を引き取りにきたんだが・・・」
ヒューズがロイに現場を指差す。
「死体連れて帰って裁判にかけろってのか?」
「こっちの落ち度はわかってるよ、ヒューズ中佐。とにかく見てくれ」
なおも文句を言い続ける中佐を黙らせたロイは、
苦渋の表情で自らの額を抑えた。
憲兵や軍人の現場検証で慌しいタッカー邸。
中央から派遣されたヒューズ中佐とアームストロング少佐が死体を確認する。
まるで内側から破壊されたように分裂した遺体。
「どうだ、アームストロング少佐」
「ええ。間違いありませんな。奴です」
国家錬金術師ばかりを狙って殺害する、正体不明の殺人者。
額に傷があることから『傷の男』―――――スカーと呼ばれている。
タッカーは、スカーの犠牲者になった。
「ここだけの話、5日前にグランのじじいもやられている」
「鉄血の錬金術師グラン准将か?軍隊格闘の達人だぞ!?」
ヒューズの言葉に、ロイは本気で驚いた。
「そのくらいやばい奴がうろついてるってことだ。
しばらく護衛をつけておとなしくしてくれ。これは親友としての頼みでもある」
ヒューズの言葉に、ロイは考え込む。一抹の不安。
「鋼の錬金術師はどこにいる」
「ジャン、大通りへ行くの?」
「ああ。今回は相当やばい奴らしいから、はお留守番な」
さすがに緊張した面持ちで、ハボックが出る準備をする。
鋼の錬金術師が大通り方面へ行く姿を目撃されてから行方が分からない。
手の空いている者は、全員大通方面を探すよう命令が下った。
「・・・現場には連れて行くって言われていたけど、今回は違うの?」
の治療技術は、現場の応急処置に役立つ。
だから、けが人の出るような現場には同行させると、以前大佐に言われたのだ。
「ああ。セントラルの軍人も来てるし、大丈夫だから、いい子にしてろよ」
セントラルの軍人が来てると、どう大丈夫なのか?
良い治療師がいるなんて聞いてない。
は不思議に思ったが、ハボックは緊張した顔を崩さない。
仕事に集中しようとしているのを、邪魔したくはなかった。
は、これ以上追求するのをやめた。
「・・・・あのお嬢ちゃんは、お留守番か?」
出掛けに、ヒューズがロイに耳打ちする。
お譲ちゃんとは、のことだ。
「当たり前だろう?どんな危険があるか分からない」
「それはお前もだろ。お留守番してなくていいのか?」
生真面目に答えるロイに、ヒューズが茶化して言った。
「顔見知りかもしれないのに、彼女にその記憶はないんだぞ?
奴が彼女に持つ感情によっては、顔を知られている彼女の身が危険だ」
ロイは、手袋をしながら言葉を続ける。
「それに・・・・私なら、むざむざやられたりしない」
ヒューズが、軽く口笛を吹いた。
「お姫様を守る騎士って風情だな」
「茶化すな」
まったくそんな気のなかったロイが不機嫌に応える。
これは任務だ。しかも、危険極まりない。
新人の女軍人をお姫様扱いして騎士を気取れるほど余裕はない。
「・・・・・その気転に感心してるんだよ。
やっぱり、お前のところに推薦して良かった」
ロイが、親友のその言葉にすこし驚いたような顔をした。
ふ、とヒューズが微笑む。
この男は、ずっとを気にかけていたのか。
いまさらながら、ロイはようやく気付いた。
が留守番をする東方司令部に、連絡が入った。
鋼の錬金術師の居場所が分かった。
同時に、スカーの居場所も。
アームストロング少佐が、その豪腕で時間を稼ぐ。
東方司令部以下が、その間にスカーを包囲する。
――――――作戦指示がされた。
「エドが怪我を!?」
連絡を受けたが声を出した。
「弟のアルフォンス君も、鎧を胴体から壊されたとか・・・」
「治療は、誰が?」
不安な気持ちでが聞く。
中央からの軍人とは、お世話になったヒューズ中佐とアームストロング少佐。
二人とも、治療に携わる役職にはついてない。
東方司令部の軍人だって、それは同じだ。
今は数を揃えた軍人がスカーを包囲している。
大勢の軍人を相手に、スカーがどれだけ危険だというのか。
エドとアルは子供で学者だし、襲われても太刀打ちできなかったろうけど・・・・。
彼らの強さを知らないは、そう考えた。
・・・大丈夫。怪我した二人は保護された頃だろうし。
今、自分が現場に行ったところで、作戦の邪魔にはならない。
そうと決めたら、いてもたってもいられない。
は意を決して行動に移した。
「・・・・ど、どこへ行くんですか!?」
「現場へ向かいます。治療する人間が必要でしょう?」
憲兵の質問に平然と答えては身支度をする。
一応、念のために拳銃も所持していこう。
実戦で使ったことは一度もないから、役には立たないかも知れないけど・・・
憲兵の手前平常心を装ったが、本当は少し緊張していた。
この行動が、あとで叱責を受けるような事態に発展するかどうか、考えてみる。
連絡と待機係は、経験のある先輩が何人も司令部に詰めている。
病院や、大通りの整理や、もろもろの指示に関わることも皆無に等しい。
司令部にいても、は何もすることがない。
―――――――だったら。
エルリック兄弟が病院に搬送されるまでに間に合わなくても、
現場にいるほうが手伝えることがあるはずだ。
はキュっと唇を引き締めると、
迷いを吹っ切るように拳銃をホルターに差し込んだ。
軍のコートを羽織り、は大通りへ急いだ。
雨は、まだやまない。
