2-5 傷の男U









が軍支給の黒いコートに身を固めて現場につくと、
大佐の叱責が間髪おかずに飛んできた。

!司令部にいろと言ったはずだ、戻れ!」

褐色の肌のイシュバール人は、その言葉を向けられた少女へと視線を向ける。



しとしとと降る雨の中。視界さえ曇ってしまいそうな。
目の前にいる少女の青い軍服に、男は目を見開いた。



・・・・なぜ、ここに!?しかも、軍の人間になっているなんて!


黒いコートに身を包まれて階級までは分からない。
でも下に見える制服は間違いなく軍服。



見つめる視線に気付いた様子の少女は、
それでも、まるで知らない人間をみているかのような視線のままだ。



・・・気付いてない訳もないだろうに。
こんなに近くで顔をさらしているのだから。



だが、お互いに一言も発しない。

周りを囲んでいるすべての人間が予想だにしない動きで、男は動いた。
俊敏な跳躍で、銃を構えた集団の中に飛び込んだのだ。


鳴る銃声。何事かを、命令か、制止か・・・短く叫ぶ複数の声。
だが、それは一瞬のことだった。
発砲し続ければ、味方にあたる。誰もがそう思ってためらった。


「きゃ・・・!!」

男は、少女の襟首を掴んで引き寄せる。
背の高い男に掴まれて、少女は踵が地面から離される形になった。
突然のことに驚いて苦しそうにあえぐ少女を、じっと見つめてささやく。



「なぜ・・・国家錬金術師になどなったのだ?」



その言葉に、驚いたように瞳を見開く少女。
明らかに、何を言われているのかわからないといった様子だ。
おびえて、小さく震えている。言葉も出ない。


「なぜ・・・」
男は質問を繰り返す。


突然布陣を破られた軍人たちは、
凶暴なイシュバール人と囚われの少女を囲んだ一定の距離にいた。
発砲すれば少女の身体に当たるかもしれない。
ためらう人間がいる一方で、恐怖に負ける人間もいた。




『目の前には、国家錬金術師を簡単に殺せる殺人鬼。
少女一人の命で犠牲者がこれ以上増えないなら、むしろ好都合。
なにせ、この任務にある以上、次の犠牲者は自分かも知れない』



「やめなさい!!」
ホークアイが気付いて叫ぶより早く、銃声が鳴った。
だが、その弾は、間一髪で外れた。

自分の不利な状況に気付いた男は、少女を放り出した。
少女は、まるで地面に吸い込まれるように崩れ落ちる。





男が少女の名前を呼んだ。
声に反応して、見上げる瞳。

なぜ自分の名前を知っているのかと問いたげな表情に、男は釈然としないまま続けた。



「お前にはカリがある。一回は見逃す。
だが、このままではいずれ俺の手にかける日がくる」

低い、抑揚のない口調で、身体に受けた傷から血が出ているのも構わずに男は言った。

「・・・そうなる前に、軍を辞めろ」




周りを囲む軍人の、我慢の限界だったろう。
少女を離した男への発砲を、いつまでも我慢していられるわけがない。
察したように、男は地面をぶち抜いた。


土煙と爆音と、飛散するもろもろに、
軍が次の行動を取れないでいる一瞬の間に、男は姿をくらました。





なんだったんだろう・・・
は混乱する頭で考えた。



なぜ、私を国家錬金術師だなんて思ったのだろう。
なぜ、名前を知っていたのだろう。
なぜ、・・・カリがある?一体、何の?



知ってる人ではない。少なくとも、覚えがない。

なぜ?




「おい!大丈夫か?」
「ハボック少尉・・・」

の身体を支えて起こしてくれる、たくましい腕。
支えられた自分は芯のない木偶の棒だ、とはぼんやり思った。

混乱した頭で、仕事中はしっかりするんだ、という常識ワードが浮かび上がる。



しっかり、たたなくちゃ・・・。



でも、たったいまの恐怖に身体がどうしても言うことをきかない。

「・・・ご、ごめ・・・だいじょぶ、だから・・・離しても・・・」
「嘘付け!」


小刻みに震えて、歯の根もかみ合わない。
ハボックの手がの両腕をしっかり掴んで支えてくれている。
その手がなければ、きっと座り込んで立てなくなっているに違いない。




記憶・・・記憶がない。
それはつまり、記憶を失った時間に、あの男の人と何かあったということ・・・?


はぐるぐるする頭をなだめようと、必死に考えた。


記憶を失った時間・・・それは、母親を失った時間でもある。




ずきん、と痛みが走った。




それは必死の気持ちで立っていた、
の残された精神力の細い糸を、いとも簡単に断ち切った。



!?おい!!大丈夫か!」

その胸に崩れ落ちる細い身体を抱き支えて、ハボックが叫んだ。
遠のく意識で、はぼんやりとその声を聞いたような気がした。