風が強くて、木々のざわめきが司令部の中に居ても聞こえてくる。
ごう、とひときわ大きな音をたて壁にぶつかる風の音に、は少しだけ憂鬱になる。

一応のために黒いコートを羽織った。
長い髪をきっちりとまとめて一つに結っている、その根元を誰かにつかまれた。


「ジャン、いたい」
「長い髪の毛だなぁ。どこまで伸ばすんだ?」
「知らない。今から外回らなきゃいけないんだから、邪魔しないで」
「かわいくねーなぁ。邪険にすんなよ」


そう言ってハボックが、の頭をがしがしと乱す。


「きゃあ!・・・もう、ジャンってば、コドモみたいなことしないで」
「外は風が強いし、どうせ乱れるって」


カラカラと屈託なく笑う幼馴染に、はつられて苦笑した。
確かにその通り。だけど、結ぶ手間を増やされてはたまらない。

が髪の毛をほどく。長い髪がさらりと流れた。結びなおさずに鞄を取った。
ハボックの邪魔が入らない場所で、結いなおすつもりだ。


「じゃあ行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」


机に座ってぱたぱた手を振るハボックに笑いかけて、はオフィスを出た。
背中にある長い髪が、さらりと流れた。




「なあ。最近、何かあったのか?」
「何かって、に?何でだ?」


の姿が見えなくなった途端に、ブレダがハボックに耳打ちしてくる。


「最近、女っぽくなってきたって言うか・・・」
「ブレダ少尉もそう思いますか?今日だって、スカートですよ!」
無愛想な顔で、ぼそっと言うブレダに、黒縁眼鏡の曹長が頷いた。


「フェリー曹長・・・スカートを力説するなんて大佐じゃあるまいし」
ハボックは力が抜けた。


そんな様子に、フェリーは心外そうに両手を振って否定する。
首まで一緒に振っている。よほど同列に扱われたくないんだろうとハボックは思った。


「じゃなくてですね!初めの頃は、ズボンが楽って言ってたんですよ、ちゃんは!」
「あー、確かにズボンばっかりはいてたな。今だって、スカートはたまにだぞ」


そんな調子のハボックに、ブレダとフェリーは呆れ顔になる。
お互い示し合わせたように、ため息をつきながら首を振る。
『わかってないなあ』というジェスチャー。


「なんだよ。ちゃんと説明しろよ」

ハボックが言うと、ブレダとフェリーはじろっとハボックを眺めた。


「最近、薄いけど化粧してるだろ。髪型も、長いけど前と違うし」
「スカートもそうですが、ヒール低めですがパンプスですよ!前はまんま軍靴です」
「なんか、垢抜けてきたっていうか・・・可愛くなったよな」
「もともと可愛かったけど、垢抜けてきましたよね」


交互に話すブレダとフェリーに、ハボックが頭をかく。
相変わらず、ぼけっとした顔のまま。


「なんだよ、全然気付かなかったのか?幼馴染の兄貴分のくせに」
「いや・・・・・最近司令部の受付嬢が、にいろいろ言ってたからな。知ってるよ」


ブレダにそう言われても、ハボックは何を今更な感が否めず、いまいち話に共感できない。



が着たばかりの頃から、司令部の姉貴分的な受付嬢が、の外見を気にしていた。
が司令部に慣れないうちは話しかけるのを躊躇っていたようだが。

『あの子は磨けば今よりもっと光るのに!』

そう言いながら、機能性以外あまり頓着しないに、いろいろアドバイスしていた。
お勧めの美容室、見栄え良く形も品もいい靴、スカートにしてもそう。
化粧品も、その使い方も。休日に待ち合わせをして、買い物に連れ出されていた。



「そういう話を、逐一報告されてたからなぁ・・・なんつーか、今更?」


そういうハボックに、ブレダとフェリーは微妙な表情をする。
どちらかというと無表情なブレダに比べて、フェリーはなんとなく残念そうな。


「・・・・だってさ、化粧の練習につき合わされたんだぜ?俺なんか」
「お前が、どうやって化粧の練習に付き合うんだよ」


ブレダが突っ込んできた。
ハボックは、あきれたように肩をすくめる。


「受付嬢に引っ張り込まれたんだよ。・・・・・つか、どうでもいいじゃんか」

フェリーとブレダが、それぞれ真面目な顔でハボックを見る。

「ようするに、顔を塗られたわけですか?」
「ハボックの化粧・・・・うわ、キモい」
「うるさい。ほっとけ!」

ハボックが椅子から立ち上がり際に吐き捨てた。
そのままオフィスを出ようとすると、背後から声がかかる。


「ハボック、出るのか?」
「ああ。現場の視察。こう風が強いと、荒らされてないか気になるからな」


ふうん、と頷くブレダの隣で、恨めしそうにフェリー曹長がみつめている。


「・・・・・愛の逃避行ですか。大佐よろしくサボりですか」
「なんだそこ。変なつぶやき聞こえたぞ。愛の逃避行って・・・・誰とだよ」
ちゃんとですよ」



その言葉に、ハボックが爆笑した。
ブレダもフェリーも目を丸くしてハボックを見る。


そんな彼らに向かって何の気もない笑顔で、ハボックははっきりと言った。


「ありえないって。なんだそれ」



屈託ないハボックの様子に、残された者たちは唖然とする。
そのまま立ち去る背中を呆然として見送り、ややあってようやくフェリーがつぶやいた。



「ブレダ少尉・・・あれ、どう思います?」
「どうもこうもないだろ。あのまんまだよ・・・・ハボックは」