強い風にあおられるように舞う埃やごみの中、ハボックは目を細めて歩く。
軽いたて看板くらいなら飛ばされてしまいそうなほど。
実際、さっきはプランターが転がっていた。
こんな日は事故が起こりやすい。
は大丈夫だろうか?とハボックは幼馴染を心配した。
現場に着くと、思ったとおり風であちこち飛ばされて、荒れている。
「ハボック少尉、参られたのですか。この風では作業は限られたことしかできません」
「ああ。大変だな。大丈夫か?風に荒らされないようにしないと。俺も手伝う」
「は。それには及びません。我々が責任を持って対処に当たりますので、ご安心下さい」
「他の地区担当のやつらにも、同じことを言われた。遠慮しないでいいのに」
ハボックが気さくに笑うと、話しかけてきた下士官が恐縮した。
「少尉は気さく過ぎますよ。どうせ現場で動くときは誰よりも率先して働かれるんです。
こんなことは、我々にお任せ下さい。風も強いですから、煙草も火をつけられませんよ」
ハボックは苦笑した。
ガレキの撤去と、いるかどうかわからない遺体の捜索。
隊員を休ませても、昼夜を通してハボックが休むことは今までなかった。
たまたま司令部の仕事に呼ばれて、現場を休むと告げた日に、この風。
「分かった。今日はこれでいったん司令部に戻るから。何かあれば報告してくれ」
「承知しました」
下士官と離れて、司令部に戻ることにした。
帰り道、名前は分からないが、白い花木の通りを歩く。
来た道は埃と砂がすごかったので、ルートを変えてみたのだ。
目の前の十字路を、左からハボックの歩く道へ歩いてくるを見つけた。
この花木は、白い小さな花が満開で、だけど桜のように散る花木ではない。
でもこの風の強さに、たまらず何枚かの花弁を散らしている。
桜ほど盛大ではないが、遠慮がちに風に舞う白い花びら。
その中を、が歩いていた。
端整な横顔。流れる髪。舞い散る白の柔らかい花びら。
その静かで綺麗な風景に、ハボックはしばらく見とれた。
「」
「あ・・・ジャン、どうしたの?」
声をかけると、風に目を細めていたがハボックを見て笑顔になる。
「現場の視察。今から司令部に戻るんだけど、は?」
「私は郵便局に封書を出しに行って、その後、簡易裁判所に書類の提出してきたの。
あとは憲兵隊本部に行って、報告書を受け取るだけ。そしたら戻るから」
「憲兵隊本部に?なんでまた・・・持ってこさせればいいのに」
「だって、ついでだったから・・・」
ハボックは無表情にをみつめる。
本当は思うことがあった。
青の団の事件のときに、が助けた憲兵がに惚れたらしい。
なんとか食事にさそったものの、あっけなく振られている。
鈍いは、誰かを振るのになれてなくて、傷ついて落ち込んだりしていたのに・・・
「憲兵隊本部になんか行ったら、前にデートした相手に会っちまうんじゃないか?」
が驚いたように目を瞠った。
デートの相手が誰か、言ってなかったのになぜ知ってる?と表情が語る。
そういう噂は、なんとなく流れてくるものだ。
誰が言うのかしらないが。
「・・・・お友達でいいって、言ってくれたもの。それに憲兵だって司令部に来るのよ?」
「もう司令部で会ったのか?」
「私が気にしないように、気を使って話しかけてくれたわ。優しい人よ」
「で。も気にしない振りをすることにしたのか」
「それが一番いいような気がしたから・・・・」
「まあ、そうかもな」
ハボックの言葉に、自信なさげなが少しほっとしたように笑った。
「一緒に憲兵隊本部につきあってやろうか」
「ひとりで大丈夫。・・・ありがとう」
風に流れる長い髪。それを見ながらハボックはふと思い出す。
「そういえば、フェリー曹長が言ってたな・・・愛の逃避行とかナントカ」
「なあに?それ」
「と俺で、外に出る口実作ってサボりに出ると思ったみたいだぞ」
「・・・・それで、愛の逃避行?」
「ありえないのになぁ。ははは」
ハボックが面白そうに笑うと、は顔を少し曇らせた。
「なんだよ。面白くないのか?」
「・・・・・面白くないもん」
「何拗ねてんだよ」
「ジャンのバカ。知らない。・・・・早く帰ればいいのよ。二人で戻ったら誤解されるでしょ」
そう言って、が真っ直ぐにハボックをみつめる。
その大きな瞳を見つめ返したとき、ハボックは強烈なデジャヴに襲われた。
『いかないで・・・』
泣いてすがった小さな幼馴染。
士官学校に合格して、寮生活を余儀なくされたとき。
幼かったは一生懸命ハボックの袖を掴んで、離さなかった。
―――――――――それだけじゃない。
ハボックを襲った既視感とは違う、もうひとつの違和感。
浮かんだ一つの視線。記憶の中。
『ジャンが好きなの・・・』
正面から勢い良く迫る風が、目を覚まさせたような気がした。
「ジャン・・・・?」
が・・・幼馴染の妹分が、変わらぬ瞳でハボックを見上げている。
記憶の中の藍色よりも、ずっと深い闇の色。
一瞬脳裏に閃いた残像が信じられずに、ハボックは片手で顔を覆った。
たまらなくて、目を閉じる。
「どうしたの?」
「・・・・・・どうもしねえよ。なんでもない」
憲兵隊本部へ向かうを見送る。
の後姿をみつめながら、ハボックは道の真ん中に立ち尽くした。
(あの頃のと、置き去りにした幼馴染が、今ようやく同じくらいの年・・・・)
ハボックはくらくらする思考の中で、ぼんやりと思った。
同じ名前の過去の想い人に、あの小さな幼馴染が重なる日がくるなんて思いもしなかった。
姿かたちも雰囲気も、何一つ重ならない。唯一華奢な長身と年齢が一緒なだけなのに。
「そっか・・・・年齢か・・・」
つぶやきが小さく漏れた。
いつまでも小さいままだと思っていた幼馴染。
成長したを目の前に何度も何度も、あの頃とは違うんだと時間の流れを感じた。
(それでも、こんな形で思い知ることになるなんて思わなかったな・・・)
煙草に火をつけようとして、風が強すぎて無理だと気付く。
ハボックはため息をついて、空を見上げた。
風の強い日の晴れた空は、雲ひとつなかった。
