「なんか、落ち込んでる奴がいる・・・」
「ハボック少尉です。昨日振られたらしいですよ」
職場の一角が暗いオーラを放ち、近寄りたくない雰囲気になっている。
正体はハボックらしい。フェリー曹長が仔細を教えてくれる。
「なんでも、デートの約束を取り付けたけど、待ち合わせにこなかったとか・・・」
「ああ、そうなんだ」
昨日フェリーが言っていた件は、ハボックに不名誉な形で終わったらしい。
ハボックが約束の彼女とうまくいってたら、はどうしたろう?
ふらりとハボックが部屋を出ていこうとするのを見咎めて、ブレダが声をかける。
「おい、どこ行くんだ?」
「・・・・コーヒー。休憩室・・・」
のそりと振り返ってそれだけ言うと、幽霊みたいな顔のハボックが廊下へ消えていく。
一瞬考えた後、ブレダはハボックの後を追って休憩室へ向かう。
出るときにフェリー曹長が何か声をかけてきたが、とりあえずブレダは無視した。
途中、同僚に何人か声をかけられても、適当にあいさつしてやり過ごす。
休憩室の前で、足をとめた。
がハボックの隣で、座っていた。
それを見て踏み込めなくなるなんて、とブレダは苦笑した。
(憲兵への返事を影で聞いたフェリーと一緒だ・・・)
なんとなく、邪魔がしにくいシチュエーションではある。
ブレダは戻ろうか思案しながら、会話に耳をそばだてた。
「・・・約束破るなんて、何か理由があったの?」
「知らねえよ。こなかったんだから」
「そっか・・・ひどいね」
ちぇっとつぶやいて、ハボックが甘えるようにの方へ頭をもたれさせる。
少し驚いて身体を引くが避けきれないまま、肩を枕に顔をうずめるハボック。
「あー、ほんと、マジでキツイ。・・・・なんとかしてよ、」
「なんとかって・・・どうして欲しいの?」
の様子にはお構いなしで、ハボックがいつもの調子で愚痴る。
「女って冷たい。冷凍庫みたい」
「私も冷たい?一応女なんだけど・・・」
瞬間。
こともあろうに、ハボックががばっとの身体に腕を回した。
まるで大きなロボットが機械的に動いたみたいに。
「きゃ・・・・っ!!」
当然驚いて硬直するに、ハボックは全く調子を変えないまま。
ハボックの長い腕は、を抱きしめてるというよりは腕を置いているという表現に近い。
腕を回してるのに隙間がこれほどできるほど、は華奢だ。
「はいいよ。なぐさめてよ」
ハボックの何気ない言葉に空気が止まったみたいな気がした。
気付いてるのか、そうでなければなんて調子のいい要求だろう。
はハボックがすきなのに、ハボックがそれを知ってやってるなら、相当ひどい。
ブレダも声をかけられないまま、立ち尽くしていた。
沈黙を破ったのは、背後からの女の声。
「ジャン〜!昨日はごめんなさいね」
「イングリード!!」
ハボックはさっきまで寄りかかっていたから身体を離す。
そのままを無視してイングリードへ犬が尻尾をふるように駆け寄る。
「イングリード!昨日は本当に心配したよ」
「ゴメンナサイ。まだ越してきて間もないから道がわからなくて。
迷子になったまま、待ち合わせ場所につけなかったの」
(・・・・ほんとかよ。それってヤバイんじゃないの?方向感覚・・・)
ブレダにしてみたらにわかには信じがたい言い訳だ。
だが、ハボックはすっかり信じきった顔をしている。
呆然としたを見て、ここは助けてやるべきだと判断した。
「、おいで」
なんとなくショックを受けたような顔をして、がブレダの顔を見る。
は素直に席をたって、休憩室を出てきた。
ブレダがの手をつないで歩く。
数歩進んで、人の目を気にする。がイヤかもしれない。
ブレダが手を離して、を見る。
気の抜けたような無表情な顔が、見返してくる。
きっと呆然としてるんだと判断して、ブレダは励ますことにした。
頭をぽんぽんと叩いて、優しく言う。
「、仕事に戻ろう」
が黙って頷いた。
「帰りメシ寄ってこう、愚痴でも何でも付き合ってやるから」
じわ、と涙が浮かぶ瞬間を見た。
それを隠すように、下を向く。
前かがみの姿勢は、まるでブレダの胸に顔をうずめるようで・・・・。
ブレダが少しの頭に触れたら、案の定、のおでこがブレダの胸に届いた。
小さい子をあやすような気持ちで、ブレダはを抱きしめた。
瞬間、ブレダは自分の判断の誤りを呪った。
ハボックに『幼い』と何度も刷り込まれたせいで、分かっていたのに判断を誤ったのだ。
抱きしめた身体は、華奢だけど柔らかく、ほんのりといい香りがする女のもの。
普段の制服姿では、綺麗とは思ってもにあんまり興味がわかなかった。
スレンダーで足も長いしスタイルもいいけど、細くて華奢に見えたのだ。
ブレダは、骨みたいな痩せ過ぎた身体には興味がない。
でも、抱きしめてみると思ってたよりずっとずっとやわらかくて、いい抱き心地だ。
やっぱり女なんだな、と思った。さらりと流れる髪の毛が色っぽい。
腕の中のが、驚いてされるがままになっている。
仕方なしに身体を離したブレダが、の頭をぽんぽんとなでる。
ブレダの、いつもの無表情に面食らったようなが、唖然として見上げてくる。
「・・・・ハボックなら、イングリードは本気じゃないと思う」
あの様子じゃ、ハボックは遊ばれて終わりかもしれない。
は黙って、またうつむいた。
「おい、二人近くないか?」
唐突に声をかけられた。ブレダが声をかけてきた男を見る。
顔に見覚えがあった。の、元上司。
茶化すような口調だが、内心の動揺が手に取るようだ。
遠ざけられても振られてもを諦めきれてないのが手に取るようにわかる。
顔を上げたが少し涙ぐんでいる様子に、奴がはっとする。
「なに・・・なんかあったわけ?」
「何にもねえよ」
ブレダのシンプルな答えが気に入らなかったのか、奴は食い下がる。
「お前ら、なんでそんな親密なの?まさか付き合ってるの?」
「だーかーらー・・・」
付き合ってないからいい加減ほっとけ、
とブレダが言おうとして、いえなかった。
「何してるんだ?こんなとこで・・・いい加減戻らないと仕事終わらないぞ」
ハボックが声をかけてきて、話が中断された。
ブレダが軽く舌打ちしてハボックをじろりと見た。
