親友の葬儀から東方司令部に帰った大佐は、傍目には変わりなく見えた。
ホークアイ中尉と、世話になった関係で葬儀に出席してきたも。
皆、外見上は変わりなく、日々が過ぎていくように思えた。
ハボックは、忙しく立ち働くの後姿を眺めた。
自分こそ忙しくてそれどころじゃないはずなのに、司令部で会うと、ついを気にしてしまう。
ひとつにまとめた髪からのぞくの白いうなじが目に入った。
その白さを初めて意識したのは一緒に服を買いに行った時だった。
オンナなんだなぁと意識したのも。・・・・・そんな事実に、ふいに気付いた。
ほとんど無意識で、ハボックがの髪のまとめられた部分を引っ張る。
の白いうなじが、髪の毛に隠れた。
振り返ったの目に映るのは、何の表情もないいつものハボックの顔。
「・・・・またぁ。ほどけちゃったじゃない、ジャンのバカ」
「はいはい。は最近また大佐に現場に連れてかれたりしてるのか?」
「・・・人の話をききなさいって、よくおばさまに叱られてたわね、そういえば」
「なあ。現場、行ってたりすんのか?」
食い下がるハボックに、が少し怪訝そうに答える。
「行ったり、行かなかったり・・・だけど、どうしてそんなこと気にするの?」
「別に。軍法会議所の出向なのに、普通現場はいかないだろ?」
「上官の命令よ。現場っていっても、戦うわけじゃないし・・・」
「ふうん」
「現場検証が書類に必要になることもあるから、勉強のつもりなのよ。きっと」
そうかもしれない。
だが、ハボックは少し気になる噂を聞いていた。
「大佐から、何か打診されたりしてないか?」
「打診・・・・?別に。あ、でも・・・ううん。何でもない」
「気になる言い方だな」
「なんでもないわよ。スカーの遺体捜索は?どうなってるの?」
「今から行ってくる。書類、上げに来ただけだから」
(やっぱりな・・・・そろそろかと思ってたけど)
廊下を歩きながら、ハボックはため息をついた。
いいかけのの言葉を追求しなかったのは、確信があったから。
フェリー曹長から聞いていたセントラルの噂。
大佐が近くセントラルに栄転するという。
そしたら、きっと抜かりない大佐のことだ。
十中八九、自分の気に入った部下を連れて行く。
その中にが含まれてる可能性は、かなり高い。
確実になるまでは黙っているつもりだろう。
が、打診を匂わされているに違いない。
(セントラルか・・・。どうしてこう、は次から次から・・・)
肉親を亡くし天涯孤独となったばかり。
なのに、そこから助け出してくれた恩人までを失った。
(どうしてこんな一度に・・・・)
司令部から外へ出たハボックは、煙草をくわえた。
ここから一番近い現場へ急いでいかなくては、と心では思っていたはずだが、ハボックは無意識に煙草をしまうと、司令部に一目散に戻った。
「大佐!失礼します」
ばたん、と大きな音をたててハボックが入ってきて、大佐が目を向ける。
「どうした?スカーがみつかったか」
「まだですよ。ってか、今全然見つかるわけないって顔してましたけど!」
「気のせいだ。何かあったか?」
「またそんなアッサリ・・・じゃない。大佐に聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
ハボックは、そこで少しいいためらった。
本来なら、士官の立場とはいえ自分ごときが口を出すような話じゃない。
でも、とハボックは口を結んだ。
―――――――――俺はの兄貴分で、を守らなきゃいけないんだ
「大佐がセントラルへを連れて行く、なんてことはないですよね」
「・を連れてくなら、彼女をこっちの部隊に配属しなおさなくちゃいけないね。彼女は今のところ軍法会議所からの出向という軍属の身分だから」
「知ってます。だから、聞きに来たんです」
大佐が面白そうにハボックをみつめた。
「幼馴染が心配で?」
「当たり前でしょう。軍属の今の身分なら危険は少ないからいいんです。
銃を持つこともない。でも・・・」
「確かに私の部下になれば、そうは言ってられない場面もあるかもな」
「大佐が今も現場に連れて行くというので・・・もしやと思って」
食いつくようなハボックの言葉に、大佐が苦笑して受け流す。
「・を連れて行って欲しくない?
君にソレを言う権限はないだろう?」
「わかってます。だから・・・ただのお願いです。
俺はどうしても、に安全でいてほしい」
「どうしても?」
「どうしても!」
ハボックの強い口調に、面白そうなだけだった大佐が少し驚いた顔をした。
「・・・・ただの幼馴染にしては干渉が過ぎないか?」
「ただの幼馴染ですよ。でも・・・・俺の中では・・・・」
記憶の中のが、ハボックの脳裏に甦る。
丘を越えると川があって、村のみんなと魚を採ったりして遊んだ。
小さなは、どこにいっても背の高い草や花に簡単に埋まってしまう。
そんな幼馴染を見つけて抱き上げるのは、いつもハボックの役目だった。
男だけで遊ぶときもは後ろをついてきて、ハボックに追い払われて泣いたこともある。思い出の景色に、いつもいたのは、あの小さな幼馴染。
いつのころか背が伸びて、が草花に埋まることもなくなった。
でも、そのころにはハボックも大人になって、士官を目指していた。
幼馴染と川で遊ぶような、コドモらしい日常からは段々と離れていった。
「内乱が身近で、なんとかしたくて軍に入ったって俺の言葉、覚えてますか?」
「ああ。覚えてるよ」
「俺の故郷は内乱で焼かれたけど、その前には平和な日々もあったんです。それが俺の本当に守りたいものなんです。その中にはいつもいて・・・・だから」
夕焼けを一緒に見た丘。丘の上のすすき野原。
そこに続く斜面に咲く一面のコスモス畑。
背の高い花に埋まってしまう幼馴染を見つけて、抱き上げた。
ピンクのグラデーションの中で、が笑っていた。
「だから俺にとって・・・は、守りたかったものの姿そのものなんです」
炎の中で手を離した初めての恋人。守れなかった愛しい人。
守りたいと強く願って、叶わなかったもの。
そのときに身を裂かれるような痛みで思い知った。
失いたくない大切なものが、もうひとつあること。
それはとても辛い選択だった。
恋人に、生きていて欲しいと願って、それでも。
簡単に思い切れず、時間もないのに未練が断ち切れない。
そのときの激しい気持ちは、今もしっかり覚えている。
恋人よりも、故郷を守ることを、あの時、選んだのは他でもない自分だった。
記憶の景色に感情が揺さぶられる。
眩暈がおきたみたいにくらくらする。
今までそんなことはなかったのに、一体どうしたんだろう?
いろんなことが一度にめまぐるしく起こっている。
そのせいだ、とハボックは思った。
ハボックの落ち着かない様子に、大佐が静かに答える。
「何度も言うが、それに関してハボック少尉が口を出すのは僭越というものだ」
「・・・・・・・・わかってます」
「話は終わりだね。・・・・もう行きなさい」
ハボックが退出したあと、大佐がふとため息をついた。
『何よりも守りたかったもの』
ハボックの言い方を反芻するほど、大佐は腹がむずがゆくなる気がした。
今現在何よりも守りたいと願ってるくせに、過去形で話すのは理由があるのか。
「・・・・・・こんなにあからさまな愛の告白は久々に聞いた。
何が幼馴染だ。ハボックの奴、自覚がないにもほどがある」
――――――――何よりも今、守りたいものだと言ったんだぞ。彼女のことを。
言葉にしなかった気持ちをため息にかえて、大佐は書類に目を落とした。
