イングリードの手のひらの跡がくっきりと残したまま、ハボックが移動の準備をしている。
スカーの遺体収容の引継ぎも忙しそうだ。ますます眉間にシワが寄っている。


東方司令部で一緒にいられる時間が、とハボックにはあまり残されていない。
そのことを、ブレダは人ごとながら少し気をもんだ。

それは、を連れていかないと決めた大佐も同じなのかもしれない。
肩を落とすハボックに複雑な顔でため息をつく大佐を横目に、ブレダはそう思った。






『文句は言わせん。ついて来い』

そう大佐が言って、その場にいた全員が敬礼した。
セントラルに行く大佐に選ばれた面子は皆、気心の知れた仲間ばかり。
その中に、がいなかったことを、その場にいた全員が不思議がった。


は連れて行かないんですか?』
その疑問を大佐に真先にぶつけたのはハボックだった。


『ああ・・・悩んだんだが、セントラルに行きたがらないかと思ってね』
大佐は何気ないふうにさらりと言った。




が過去に受けた傷は、セントラルで起こった。
その場に居た全員の脳裏によぎった事実は、大佐の決定に納得するのに十分だった。



『そんな気遣いができるなら、俺にもしてくださいよ』
『ははは、分かった。そのうちハボックにいい見合い話でも持って来てやろう』
『・・・大佐の紹介って・・・まさか、大佐のお下がりってことっすか』

うわ最悪、と呟いてハボックがうなだれた。
いい見合い話という冗談が今後本当になることなど、まだ誰も知らない。







「大佐、を東方司令部に残していいんですか?」
「ブレダも心配性だな・・・・いいんだよ。彼女は軍人じゃなくて軍属だからね」


連れて行くなら、軍人として籍を改めなければならない。
そしたら彼女は、自然と銃を持たなければいけなくなる。


軍人が銃器や戦略を主にするなら、軍属は会社員に近い。
軍人専用の医師や、事務的な仕事、食事を担当する者が軍属。


は医療行為ができるが、本来は裁判記録などを扱う軍法会議所の出向。
本来は大佐に連れられて現場に引きずりまわされるような立場ではない。


だが、大佐は相当、を気に入っていた。
軍人でもない彼女を現場に引っ張り出しだし、あれこれ学ばせていたのは、いずれ自分の配下におくためだと、誰もが思っていた。





が、そんなに大切ですか?」


そう問いかけるブレダを意外そうに眺めた大佐がふっと微笑んだ。
まるでブレダの言葉を面白がっているようにも見える。




のことで顔色が一番変わる男が、この決定に無口でね」
「ハボック・・・あいつ自覚してないですよ、未だに彼女のことは子供扱いですから」
「そうか?・・・逆に安心してるのかとも思っていたけどね」





見透かしたような大佐の言葉にはっとさせられる。
そうかもしれない、とブレダも思った。


セントラルに一緒に行かないのは、彼女にとっては安全に違いないのだから。