夢をみた。




金色の草原の丘。
すすき野原。背の高い草。
暖色に輝く夕焼けが、何もかも優しく色を変える刻。


懐かしい過去を思い出すとき、真先に思い浮かぶ場所。
何もかもが輝く時間。
照らす光は少年の金色の髪をさらに優しい色に変える。


さわさわと鳴る風の音。
名前の知らない虫の音。
すべてをふわりと包む暖かい空気。





黄昏に融けてしまう金色の髪の少年を、は夢中で追いかけた。
追いつけなくてしゃがんでしまうに、ふと影が重なる。
夕日を遮光するように立っていた少年は・・・・・・





「・・・・・ジャン・・・」



目を覚まして、つぶやく。
最後に別れたときも、その丘の上だった。
そこから見送ったハボックの姿は、今はもうあまり記憶にない。


でも、そのとき聞いた声だけは、今もの耳に残っている。






目を覚まして、幸せな夢をみたとは思った。


起き上がりながら頬が少し濡れていることに気がつく。
眠りながら泣いたのかと少し自分に驚きながらホットミルクを飲む。
青い軍服に袖を通しながら、今日はハボックを見送る日なのだ、とぼんやり思った。






周りが皆、花束やら色紙やらを渡して形ばかりの歓送会を行う。
忙しいのと移動の人数が多いのとで、店などは借りたりせず、司令部で簡単に行われた。

スカーの事件で自粛するむきもあり、大佐自身が慌しいのもある。
『司令部のbQの歓送会なのに・・・』と幹事は盛大にできないことを悔しがった。
それでも、司令部で行えば仕事を抜けられない各部署の人間が挨拶にこれる。
入れ替わり立ち代り、なんとなく部屋は賑やかだった。



グラマン将軍が大佐に声をかけながら、肩を叩いている。
それを横目に、はハボックに近づいた。


「向こうにいっても、頑張ってね」
「いっぺんに皆居なくなるから、は寂しくなるな」
「そうね。・・・・・でも、大丈夫。本当は側にいたかったけど」


そう言って微笑む幼馴染を、ハボックがしげしげ眺めた。


「ふうん。大人になったなぁ。俺が士官学校に入る前なんか・・・」
「またその話?」


が笑い声をあげる。


「いつまでも私は、ジャンの中ではコドモなのね・・・」


少し寂しそうにが微笑み、ハボックは強烈なデジャヴに襲われた。



守れなかった最愛の人。
同じ名前の幼馴染。
今の幼馴染の微笑みは、いつも寂しげだった最愛の人と重なった。




・・・」
「ね、あの丘を覚えてる?故郷の・・・コスモス坂のそばのすすき野原」
「覚えてる。とよくそこで過ごしたよな」
「じゃあ、ジャンの家の屋根裏は?そこから見える星が綺麗で、とても好きだった」
「そうだな。二人で毛布にくるまって窓の外の星を眺めた。流れ星に願い事したり」




ハボックが旅立つ前日、最後の夜もそこで話をした。
話しているうちには、泣くつもりはなかったのに泣いてしまった。


寂しくて、悲しかった。
でも、そんな気持ちでサヨナラは言いたくなかった。
笑って見送りたかった。
それができなかった昔のは、そのとき窓の外を流れた星にお願いをしたのだ。




「私・・・強くなりたかった。ジャンにふさわしいと思えるくらい」



ハボックが、驚いたようにをみつめた。



「・・・・私、教会から見る景色より、あの丘が好き。あの景色の中にいるのが好き」
「・・・・・・・・・?」
「教会に行くジャンを見送りながら思ってた。離れてしまうことが寂しくて切なかった。でも、忙しい日常が積み重なれば忘れてしまう程度の気持ちだと自分に言い聞かせてた。コドモの我儘だって。・・・実際、あのときはそうだったかもしれない。」
「・・・・・・・・・・・」
「でも気付いたの。私はあの丘の景色がすき。・・・・いまの私の守りたいものは、いつもそこにあるの。今でも」





その言葉の真意を汲み取って、ハボックは唖然としてをみつめた。



「・・・・・・・・・・・気付いてたんだな、あの頃の俺の・・・・こと・・・・・」


自分の無様な初恋を、この幼馴染は側でずっと見守っていたのだ。何も言わずに。
そして兄と慕う少年を、いろんなことに傷つくハボックを、守りたいと思ってきた。
それは、ハボックが過去に破れた恋心にも似た気持ち。





鈍いハボックの思考回路が、ようやくそこに到達した。



目の前には美しく成長した幼馴染。
別れたとき、は背が伸び始めたところで・・・ひょろりと長いコドモだった。
ハボックの胸辺りの身長のが、あと一・二年で恋人でもできるのではと思われた。



(あれ・・・・?なんで俺、そんな大きくなったコイツを知ってるんだろう?)



記憶の中の幼馴染はいつも小さくて、簡単に抱き上げることができた。
一緒にすすき野原で遊んだ頃は、まだ幼い頃。

なのに一瞬、すすき野原に埋まらないくらいに背の伸びたが脳裏に浮かんだ。
いつの記憶か定かでないのに、脳裏に浮かんだ鮮明な画像。
それは想像なんかではなく、確かに自分の目で見た記憶だ。




けして、いつまでも小さな子供ではなかった。
チビはいずれ女になるぞ、といつかブレダに言われた言葉を思い出す。






「そっか・・・・・・・ごめん・・・」
「ごめん、なんだね」
「・・・・・・・・・・・」
「嘘。・・・・・・いいの。ジャンのこと、これですっきりしたみたい。私、妹だものね」



いつもみたいに茶化したりふざけたりハボックが出来ずにいるのをが笑う。
『らしくない、しっかりしてよ』と腕にじゃれて、はそのまま人ごみに消えた。

多分ほかの連中への挨拶だろう。
ハボックはそう思って追わなかった。

の側にいるのが、急に不安になったせいだ。
その恋心がどんなに切ないものか、ハボックは経験から知っていた。





立ち去るの後姿、長い黒髪を見て、ハボックは田舎の故郷を思い出した。
今日はきっとふるさとの景色を夢に見る。そんな気がした。