オフィスに入ろうとして、入口から見える金色の髪の毛。
背が高いからハボックは目立つ。
今日は現場じゃなくてオフィスで仕事らしい。
目立つ理由は、もうひとつ。
ハボックが気の抜けたような顔をしている。
なんだか魂が抜けたような・・・
これは、例のアレかもしれない。
「ちょっと、いいかしら?あなた、ハイマンス・ブレダ少尉?」
背後から声がした。振り返ると色っぽいイイ女。
「そうだけど・・・何か用か?」
入口を塞いで、邪魔だったのかと思ったら、意外にも名前を呼ばれる。
「ちょっと聞きたいことがあるの。時間取れない?」
「悪いけど今は忙しいんだ。後でならいいけど・・・」
美人の誘いを断るのはもったいないが、なんだか妙な気配を感じて用心する。
それに今は先に仕上げなきゃいけない仕事が、本当にある。
彼女は、にっこり笑って了承した。
「ありがとう。・・・・私はクロノフスカ。
資料室にいるから、手が空いたら声をかけてくれる?」
「分かった」
美人だけど、気が強くて性格もキツそうだ。
顔は知ってる。確か最近赴任してきた少佐の子飼じゃなかったか?
そんな記憶を思い出しながら席に着く。
フェリー曹長が疲れた顔をして、「お疲れ様です」と声をかけてきた。
「・・・大丈夫か、お前。最近忙しそうだな」
通信技術に長けるフェリーは、マスタング組の中でも需要は多い。
滅多に表舞台に出てくるわけではないが、縁の下の力持ちで、よく働く。
最近特に需要が増えているようで、顔にも疲労の色が濃い。
「はい・・・それよりハボック少尉が・・・」
「ああ、なんか気の抜けたのが一人いるな」
「昨日、デートをすっぽかされたらしくて。失恋ですよ」
「またかよ・・・」
予想通りで、あきれたため息をつく。
「こりゃ、奴の分の残業まわってくるの、覚悟したほうがよさそうだな・・・」
「ええ!?・・・やっぱりそうですかね・・・」
泣きそうなフェリー曹長がかわいそうになった。
ハボックも仕事に影響出るほど恋愛にのめりこむタイプではない。
むしろ普段は人の仕事まで手伝うくらい、面倒見がいい。
でも、何度か失恋を繰り返すと、こういう現象がたまにおこる。
体当たりで玉砕しすぎて、力を使い果たしたような。
「相手の女、今度は誰だったんだろうな」
「えっと、確かブレダ少尉もご存知だと思いますよ。
最近赴任してきた少佐の部下で、気の強そうな美人がいたでしょう?」
それって・・・・
「・・・・・・・・クロノフスカ?」
知ってるも何も、さっき俺に声をかけてきた。
モーションかけられた雰囲気ではなかったけど、ひょっとしてハボックのことか?
「悪い、ちょっと資料室行ってくる」
愚痴や長話の相手に選ばれたなら、仕事を理由に早々に立ち去ってやる。
だが、たぶんそうはならない。気の強そうな顔をしているが、賢そうな女だった。
「・・・・早かったのね。時間取らせて悪いわね」
資料室にいたクロノフスカに声をかけると、殊勝な態度。
気の強そうなイイ女なのに。このギャップは好感度が高い。
「いいけど。ハボックのことか?」
単刀直入に言うと、クロノフスカが目を丸くした。
いきなりすぎたかもしれない。
「何か知ってるの?」
「奴からは直接聞いてない。噂で、フラレタって聞いただけだ」
「そう・・・・」
何かを思案するようなクロノフスカの顔。
おもむろに口を開いて出た言葉。
「あなた、ハボックと仲がいいんでしょう?」
なんだか恋に悩むような顔をしている。
ハボックは失恋したんじゃなかったのか?
「・・・・仲がいいっていうか、腐れ縁かな?」
クロノフスカがため息をついた。
「じゃあ教えて欲しいんだけど。彼は誰のことがすきなの?」
今度は俺が目を丸くする。
「あんだだろ!?」
クロノフスカの、少し軽蔑するような眼差し。
厭味ったらしいが、こういう憎たらしい顔が、この女にはよく似合う。
「違うわよ。だからこうして聞いてるんじゃない!」
「何でそう思うんだ?」
クロノフスカは伏し目がちになり、ため息をつく。
「一緒にいても、心ココにあらずっていうか・・・たまに遠くを見てる時があるの。
あの人の目には一体何が見えてるのか分からないけど、少なくとも私じゃない」
―――――――――何だ。ハボック全然失恋してないじゃないか。
それどころか、こんな気の強そうなイイ女を、こんなに悩ませて。
女性の敵だな。案外色男。これは残業を手伝ってやる義理もない。
「俺は何も知らないよ。ハボックと直接話すんだな」
「とっくにそうしてるわよ。話しても埒があかないから、あなたに聞いたのよ」
責めるふうもなくさらりと答える。
恋愛慣れした、でも不器用な、けっこうランクの高い女の余裕の雰囲気。
「じゃあ人選ミスだ。知ってたら教えてるよ。
・・・・・こんなイイ女悩ませて、あいつ最悪だな」
クロノフスカがあきらめたように笑った。
「イイ女って言ってくれてありがとう・・・もう、いいわ。あきらめもついたみたい」
「ハボックやめて俺にしない?」
慰め役を買って出た。
クロノフスカは泣きそうな顔で、それでもクスクス笑う。
気の強い顔して弱気を見せるって、相当グラッとくる。
「いいわ・・・・今度飲みに付き合ってくれたら、考えてあげる」
オフィスに戻って、ハボックの席に向かう。
気の抜けたようになりながら書類に向かってるハボックの後頭部をはたく。
魂の抜け殻のような顔が、恨めしげに振り向く。
「お前の恋愛話、聞かせろ。そしたら残業手伝ってやる」
「恋愛って、クロノフスカとは何にも・・・」
「バカ。それじゃねえよ」
「その前のも何も・・・・」
ようするに、俺が知ってる恋愛意外は成就しないうちに失恋していると、
ハボックは言いたいらしい。が、そうじゃなくて!
「誰か、忘れられない人、いるんじゃないのかよ?」
「忘れられない人・・・・」
魂の抜けたような、しまりのないハボックの顔。
視線が、俺じゃなくて、窓の外に向かう。
透きとおるような晴天。
うっすらと白い雲がなびき、それを見たハボックは目を細める。
―――――――――ああ、これか。クロノフスカの言ってたのは・・・
何か置き去りにされたみたいな、そんな気持ちになる。
だから恋愛が成就する前に捨てられるんだよ。
誰を思ってるのか知らないけどさ、
そんな顔させる女に、敵うなんて誰が思う?
「やっぱり、いるんだろ」
「残業、手伝ってくれたら話すよ」
「調子いいな。それホントかよ?」
苦笑しながら、承知することにした。
俺自身、興味があった。
士官学校時代から一緒で、軍部に属してからも一緒。
奴の恋愛遍歴は、実は結構詳しい。
なのに、この俺も知らない恋愛を、ハボックがしていた。
こんなに後まで引きずるほど・・・
「フェリー曹長、ハボックの残業は俺一人でいいから。
今日、早く帰れるなら、とっととあがっちまえよ」
「いいんですか?助かります・・・・本当に・・・・」
最近寝る間もなかった様子のフェリー曹長は、感謝の念いっぱいの顔で喜んだ。
いいことをすると気分がいい。
俺は一人、ハボックのデスクに向かった。



これは序章なので、ここから物語が始まります。
誤解した方がいたら申し訳ないですが、クロノフスカはヒロインじゃないです。
次回の話からヒロイン出てきます。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
どうかこのまま最後までお付き合いくださいませw
