いつから好きだったとか、そんなハッキリした記憶は残ってない。
気付いたら彼女がいて、その存在があふれるくらい大きくなっていた。
地元は東部の片田舎で、内乱は目と鼻の先で起こっていた。
だから軍部の特設キャンプがすぐ近くにあって
軍人が簡単な用を足すために村に訪れることも珍しくなく
そんななかで出会ったのが彼女だった。
なぜ彼女がそこにいたのか
軍人だったわけじゃない。彼女は、高位軍人の愛人だから。
けして想いが通じることない人なのに、なんでこんなに好きになってしまったんだろう。
誰かに抱かれる体なのに、いつも見る彼女はとても綺麗で
俺は会うたびに、とても苦しかった。
「!今日はひとり?」
息せき切って駆け寄っていくと、驚いたように振り向く。
そんな彼女に、にっと笑う。
「ジャン・・・怒られるわよ」
困ったような顔で、が眉を寄せる。
「構うもんか。怒られる理由が分からないし」
「もう分からないって年じゃないでしょう?」
子供扱いは面白くなかった。
年齢的にも、たぶん何歳も違わないはずなのに。
自分はあと何年でもなく十代を抜け出すし、だってまだ二十歳になるかならないか。
でも経験年数の差なのか、は外見よりずっと、大人びている。
村の人に、娼婦という立場を良く思われていないのを知っている。
そしてそんな中で頻繁に声をかける俺を、無邪気な楽天者とでも思ってるんだろう。
「・・・・・看護師だったのに、なんで転職したの?」
「内緒っていったでしょ?知られたくないの」
怪我をしたときに、偶然通りかかった彼女が手当てしてくれた。
仕草があんまり手馴れていて、カマかけてみたら大正解だった。
「もう怪我治ったよ」
「ホント・・・傷跡が残らなくて良かったわ」
「傷跡くらい、男なんだし平気だよ」
「そうね。それに、不注意で怪我する年でもないわよね」
がくすくす笑いながらからかってくる。
華奢な長身が見上げてくる。
その視線を向けられただけで有頂天になる。
「ジャンは、学校を卒業したらお店を継ぐの?」
ゆっくり歌うみたいにが話す。
日傘をくるりと回しながら、微笑む姿が綺麗だ。
「ん・・・俺、あんまり勉強してないし。特に学びたいこともないし・・・」
「私、ジャンはやればできると思うんだけどな」
「やればできるってったって、目標も何もなくて、ヤル気になんかならないよ」
ははっと笑ってごまかす。
本当は、早く一人前になりたかった。それには店を継ぐのが一番だと思ったから。
誰から見ても立派な大人として、認められたかった。
を口説けるくらい。そうしても誰にも文句を言わせないくらい。
「今日も教会に行くの?」
話をそらすと、は頷いて寂しそうに微笑んだ。
はたまに、なんでもない言葉にひどく心を痛めたような顔をする。
結局そのまま黙って、教会につくまで一言も発しなかった。
教会で、がひざまずいて祈る。
いつもなら愛人の軍将校が隣で一緒に祈るけど、
最近仕事が忙しいらしくあんまり姿を見ない。
イシュバールの内乱がキツイことになってるらしい。
反乱軍や、それに同調する組織が、いつこの村までやってくるか。
そうささやきあって、大人たちが不安がってるのを知っている。
そんな辛気臭い話は聞き飽きた。
結局すさんだ世の中なんじゃないか。
祈る気にもならなくて、鐘の塔へ上る。
時刻を知らせる鐘の塔は村で一番高い建物で、レンガ造り。
教会の聖堂から、石畳の階段がついている。
夕方の鐘がなるのは、まだ少し時間がある。
鐘の塔のてっぺんまで一気に駆け上がると、
そよぐ風が出迎えてくれて、汗ばんだカラダに心地よい空気を感じた。
思わず深呼吸して、塔からの景色を眺める。
塔から見える夕暮れや景色は、こんな田舎でも唯一観れるモンだと思う。
はるか先の地平線まで見通しがよく、村を一望できる。
遠のくにつれて小さくなる家や木々や畑の様子が、ハッキリと分かる。
それが夕暮れの光にさらされたとき全体が暖色に輝いて、一枚の絵画みたいだ。
この景色の中に、いつか戦争の景色が混じるようになるんだろうか・・・
ふと浮かんだ考えに、なんとなく真面目な気持ちになる。
そうなったら自分はどうなるんだろう、どうするんだろう・・・
「・・・ジャン?」
控えめにかけてくる声。
振り向くと、がそこにいた。
ここは彼女もお気に入り。
最初は偶然が重なっただけだったが、ここにくれば彼女に会えるから
に会いたくて、そのうち積極的にその偶然を作るようになった。
前にもまして、頻繁にここにくるようになっていた。
神様に祈りたいこともないのに。
「?どうした?」
遠慮がちな彼女を不審に思って振り向くと、
ほっとしたようにが微笑む。
「良かった、いつものジャンの顔・・・」
その言葉に驚いた顔をしたのだろう。
が言葉を付け加える。
「なんだか遠くをみて、考え込んでいたから・・・」
「ああ・・・まあな」
たたんだ日傘を腕にかけて、が欄干にもたれる。
隣にいる彼女を意識すると、心臓が早くなって苦しくなる。
「・・・何を考えていたの?」
静かに問いかける彼女の言葉に
それはのことだ、といえずに、うつむいた。
「綺麗な夕日・・・」
の髪が風を受けて流れる。
彼女の視線の先には、オレンジ色に染まる空と、それを映した村。
「・・・いつまでこの景色のままだろう」
何気なくポツリと言うと、が驚いた顔をした。
まじまじと見つめられて、なんとなく決まり悪くなる。
「戦争中だぜ?この近くで・・・このあたりに軍人が増えてきてるのも、そういうことだろ?
後方支援とか、待機とかで集まってきてる。戦況悪化したら、ここも戦場になる」
早口にまくし立てると、が神妙な顔をして聞いていた。
なにか思いつめたみたいな。
「それを考えていたのね・・・」
なんとなく泣きそうな彼女に、少しあわてる。
怖がらせてしまったのかと不安になった。
「大丈夫だよ!の彼氏が頑張ってくれてんだから!」
の相手は複数だけど、一番の愛人の将校がいる。
彼のことを口にすると息が上手くできなくなる。
将校は背が高い。細身のわりに声が大きく、豪胆な印象がある。
けして好きになりたくないのに、・・・いい人なのでキライになれない。やな奴だ、と思う。
簡単に超えられそうなへぼならよかった。
「・・・そうね。こんな綺麗な景色なのに、戦場にしてはいけないわよね・・・」
ゆるく巻かれた髪が光に透けて、肌も髪も輝かせる。
憂いの瞳が潤んでいる。が涙を拭いた。
「・・・・何泣いてんだよ」
戸惑いをかくせないでいると、は信じられないことをした。
華奢な体が、腕の中に入ってくる。
自然と抱きしめるように腕を回す。
「・・・?」
はらはらと涙をこぼして、が腕の中で泣いていた。
風に乗っての匂いが鼻腔を突いた。
それは花のような香り。
強く抱きしめることも、事情をただすこともできないまま
だたその微香に酔うように腕の中のを見下ろしていた。
空がゆっくりと、藍色に染まっていった。
