いつもいつも会ってるときは苦しくて
なのに別れたら、次にいつ会えるのか考えてもっと苦しい。
は誰かの愛人で、そうでなくても娼婦で
俺はしがない雑貨屋の息子で、コドモだから養われの身で金もない。
どうやっても想いが通じて幸せになれる関係ではなかった。
それでも好きだった。
好きで好きで好きで・・・どうしようもないくらい想いはあふれていた。
空は快晴。一面の水色を見上げて、ため息をついた。
昨日、なんでは泣いたんだろう・・・
そればかり気にして、一日過ぎてしまいそうだ。
こんなのはばかばかしい。でもそう思ってもどうしようもできない。
今日も、ここに来ればいいのに・・・
教会の見晴台で、手すりにひじをついてぼうっと外を眺めた。
「ジャン。今日もいるとは思わなかったわ」
後ろから声をかけられた。
振り向くとの姿。日傘をたたんで腕にかけている。
「・・・・どうしたの」
「いつもの日課。お祈りにきたの」
笑顔のは、昨日泣いたことなど嘘のようで
あっけらかんとしている。何事もなかったように。
そんな様子に少し安心した。
の仕事は特殊だから、聞いても分からないような、
どうもしてあげられないような悩みがあるのかもしれない。
そう思って心配していた。
「いい天気・・・今日の薄い青の空、ジャンの瞳の色みたい」
「そう?」
「そうよ。私、ジャンの瞳に映る自分を見てるとね・・・・
なんだか空の中に自分がいるみたいに見えて、すきなの」
そんな台詞に心臓が跳ね上がる。
思わずをみると、彼女と目が合った。
藍色の瞳・・・・昨日見た、空みたいな。
深い深い闇を迎える前の、空の色。
「の瞳だって、空の色じゃん」
「そう?」
「夕焼けの後、一番星が光る頃の空の色」
少し驚いたような面白がっているようなの瞳が、いたずらっぽく輝いた。
「いいわね。一番星・・・なんだか願い事でもかないそう」
「世界に平和を、人類に愛を」
「切実なお願いね」
がくすくす笑う。
いいな・・・ずっと一緒にこうしていられたらいいのに。
「ジャン・・・戦争は、ますます酷くなるわ」
がくすくす笑っていたのをやめて、静かに言う。
そよぐ風が頬をくすぐった。
の巻き毛が、さらりとなびいて、どこからか甘い香りを運ぶ。の香り。
「イシュバール人に対して、難癖つけるみたいに戦を仕掛けたから・・・軍上層部の失態ね。
引き際が分からなくなってるのよ。殲滅とか掃討とか、おかしなことになってる」
「でも、始まったモンは収まりつけなきゃどうしようもないぜ?」
「イシュバール人が降伏しても、この戦争は終わらないわ・・・」
「降伏すればおしまいだろ?戦争にもルールはある」
でも、の情報源がどこか思い至る。途端、衝撃が走った。
気温は全然寒くもないのに、体中冷や汗をかく。寒気がする。
それは夜毎が誰かと過ごすことを考えたからだけではなく
誰にそれを聞いたかに思い至ったから。
は高位軍人から、それを聞いた・・・
イシュバール人は降伏した。それでも戦争は終わらない。
それは、和平の道を閉ざしたということだ。
ますます戦況が激化するというのは・・・・今以上に泥沼にはまることを意味している。
イシュバール人に残された道が戦うことだけならば、それは当然のことだ。
「・・・そしたら、この国はこれからどうなる?」
顔色を変えた俺をみて、は正しく理解されたと知ったのだろう。
真面目な顔で、視線を外に向ける。綺麗に輝く緑の田畑や、村。
「イシュバール人が全滅するまで戦うでしょうね」
「でも、すでに農村は限界に近いぜ?働き盛りを兵隊に取られたりするんだから」
「そうね、国家経済も深刻な状態になるわね」
「ここの村は軍のキャンプも近いし、敵に狙われでもしたら・・・」
が何かを決意したように話し出した。
強い瞳。その向かう先は俺ではなくて、眼下に広がる緑の村。
「これからいうこと、良く聞いてね・・・最近焼夷弾という武器が出たの。
鉄砲の弾より遅いし、大砲みたいな破壊力もないけど、怖い武器よ」
「ショウイ弾?聞いたことないな・・・どんな武器?破壊力がすごいのか?」
「炎が落下してくるから、それに触れないように逃げて。
でも川に逃げてはダメ。できればこの教会の地下に入れたら一番いいんだけど」
いきなりこんなことを話し始めたの真意が分からない。
とまどいながら、それに答える。
「この教会はいざというときの避難所になってるから、何かあったらみんなここに来るよ」
それを聞いてふっと笑ったは
いつも何気ない言葉で泣きそうなととても似通っていて
なにがそんなに悲しいのか、何かしてあげられることはないのか、
そう思うと胸が苦しくなった。
「・・・・そういえば、俺んちの隣にいるおばさん知ってる?」
「知ってるわ。あんまり体が良くないんじゃなかったかしら・・・
ジャンのご両親の店で働いてる人でしょう?」
は村にあまり馴染もうとしない。
農村は閉鎖的で保守的な雰囲気があるし、が立場上自粛してるむきもある。
でも、本当はが知らないだけで
の立場や境遇に同情して優しくしたいと思ってる人もたくさんいた。
「そう。おすそ分けだけど野菜あるから、良かったら帰りに寄って持ってけってさ」
「まあ・・・それは嬉しいけど・・・でもいいわ」
「遠慮してるの?」
「違うわ。ここで親しい人をなるべく作りたくないだけ」
ハッキリとした拒絶の言葉に、俺は絶句した。
それは決意も含めたような強い口調だったから、なおさら。
――――――――じゃあ、俺は?俺の立場は、一体何・・・
少なからずショックを受けて、黙って欄干を見つめた。
一緒に会うことが多くなって、交わす言葉も増えて、
恋人が無理でも、友達と呼べる間柄にはなれたと思っていた。
「・・・・俺は、が好きだから、親しくなりたい。誰よりも」
告白は、断られること前提で、した。
案の定は大きな目を見開いたものの、困ったようにうつむいた。
「好きって・・・簡単にいうものじゃないわ」
「簡単だよ。ずっと好きだった。知らないとは言わせない。
俺はわかりやすいって、よく言われるんだ」
「・・・・・そうね、でも・・・私・・・」
が何を言いたいのか、聞かなくても分かった。
最大の問題は、自分が誰から見ても養われている子供で、
一方のには愛人がいるという関係で。
絶対に恋人にはなりえない、彼女はすでに誰かのもの。
こんなに苦しいなら、いっそ存在ごと消えてしまえばいいって思うのに。
それでも会いたくなって、ここに通ってしまう。
目の前の彼女を抱きしめてキスして連れ去りたいなんて
どっかの映画のヒーローみたいな妄想しては現実に失望して
今度いつ会えるんだろうって本気で考えてる。
毎回これの繰り返しで、もういいかげん飽き飽きしていた。
「俺が、この戦争をどうにかできたらいいのに・・・・」
悔しそうにつぶやく俺を、不思議そうにが見上げる。
「そしたら・・・・戦争が終わったら。は晴れて自由の身になれる?
そうなったら俺のことも冗談でもなんでもなく考えられる?」
の瞳が揺れる。
潤んだ藍色が、光を反射して瞬いた。
「・・・・・・・・・それとも、本気であの将校のこと、好き?」
この言葉を言うのは、正直しんどかった。でも好きなら他の軍人は相手にしないはず。
今にも泣きそうな顔でうつむいたは、静かな口調でキッパリといった。
「・・・私は誰も好きにはならないわ。ジャンは私をあきらめなきゃだめ」
そんな台詞なのに、いまにも倒れてしまいそうなほどか弱くて
誰かが支えてあげなきゃこのまま消えてしまいそうなほど儚くて
俺は放っておけずに、思わず抱きしめた。
身じろぎする彼女は、一瞬抵抗したけどすぐにおとなしくなって
そのままどうにでもしてしまえそうだった。
それが彼女の仕事のせいだと思うと、どうしようもなく悲しくて。
結局俺は彼女に何もできないまま
ゆっくりと柔らかい細い体を解放した。
「・・・次は、いつ会える?」
このまま別れて二度と会えないのはイヤだった。
でも、そういわれるのが怖くて、声が震えた。
「そのうち。晴れたらまたここに来るわ・・・」
俺を見ないまま、が階段に向かう。
そのまま・・・顔も見ないまま立ち去ってしまうのだろうと思って寂しかった。
でもは振り向いて、俺を見てぎこちなくだけど笑ってくれた。
俺はそれを見つめて、笑い返せないまま立ち尽くす。
が少し小首を傾げて、仕方なさそうに微笑んだ。
まるで小さい子がいつまでも拗ねているのをあやすように。
それがなんだかなおさら癪に障って、俺はふいと顔をそらした。
バカだ・・・・こんな別れ方・・・あとで絶対後悔する。
ふわっと、自分の襟首に布が触れた。
温かい体温と、甘い香り。
驚いた。
それはのもので、彼女が俺に手を回して抱きしめる。
ただビックリしている俺の顔を、まるで姉のように見つめて
は優しく俺の頬にキスをした。
「今度会ったら・・・・いつもみたいに、楽しい話をいっぱいしましょうね」
その言葉に救われたような気持ちになって
次の未来があるものと信じた。
いつもみたいに、楽しい話をして、空を見上げて、村を見下ろし
そうやって同じ時間を過ごせると信じた。
