いつもの教会に続く道を行かずに、違う道を選ぶの後姿をみた。
その後姿を追う。晴れた田舎道は、真っ直ぐ森へ伸びていた。
「、今日は教会には行かないのか?」
後ろから追いかけると、が振り向く。
いつもの日傘と、いつもどおり地味な色合いの服。
娼婦なのに、の服は生真面目で乱れたところはない。
「ええ。今日は森を散歩してみようと思って」
「珍しいな。一緒に行っても?」
「え・・ええ、もちろん」
少しためらいが見えたものの、はあっさり了承した。
「告白したこと、俺は後悔してないから」
「・・・・・・え?」
「今一瞬ためらったのは、そのせいじゃないのか?」
「あ・・・ううん。違うわ、ためらってなんか・・・」
どうも心ここにあらずのように見えて、不審に思う。
そんな俺の気持ちを見透かしたみたいに、はうつむいて歩き出した。
「は、どんな看護師だったの?」
「また・・・内緒って言ったでしょ」
「誰にも言ってないよ」
「もう・・・仕方ないわね。少しだけ話してあげる」
いつもは嫌がるのに、珍しくが昔の話をしてくれた。
驚いて身を乗り出す。
そんな俺を見て、が『少しだけよ』と念を押す。
何度も頷くと、が世間話でも始めるみたいに語りだした。
「私がいた病院は医者が少なかったんだけど、綺麗で素敵な女医さんがいたの。
・・・芯が強くて優しくて、本当に憧れてた。私はずっとその人の助手として働いてて。
その先生にいろいろ教えてもらって、良くしてもらったっけ」
それはきっといい思い出なんだろう。
の顔が明るかった。
「ふうん。その先生は、今何してる?相変わらず、同じ病院に?」
が表情を曇らせる。
伏目がちになり、ゆっくりと首を横に振った。
「・・・・先生は、軍の要請で軍施設の研究所へ連れて行かれたわ」
それ以上は聞いてはいけないような雰囲気で、質問はできなかった。
は軍が嫌いなんだろうか。
だとしたら、今のの状況は自分の気持ちと矛盾してないか?
幸せなやりがいを感じる仕事ではないはずだ。逃げられないんだろうか?
「は・・・・軍が嫌い?」
「・・・・・どうして?」
聞き返されて逆に何もいえなくなった。
会話がないまま、森に進む。
それでも少し進むと、が気を取り直したように話しかけてきた。
「ねえジャン。このあたりの地理、教えてくれる?」
「知らないで来たのか?っても、単純だから教えるまでもないけどさ」
「地図によれば、このあたりに廃屋があるのよね」
「あるよ。昔の市長の別荘って言われてるけど。空き家になってる」
そしてその先に進むと大きな木があって、そこに子供のころ秘密基地を作った。
今はもう朽ちてなくなってしまってるだろうか?
「ふふ。こういう知らない場所ってわくわくするわ。コドモに戻ったみたい」
「ふうん。探検してみる?」
「いいわね。連れてって」
がすっと手を差し出す。
手をつないで、連れて行けと言っている・・・
俺は驚いて、でも何気なさを装って、その手を取った。
それが自然の奇跡なら、そのまま流されてもいいと思った。
無邪気に隣で笑うは、いつもの大人びた彼女ではなく、より純粋で無垢に見えた。
いつもより年相応で、コドモっぽくさえある。
「ねえ、あれが廃屋かしら?」
「ああ、見えてきたな」
は確認すると、つないでいた手を離して日傘をたたむ。
まだ距離があるのに・・・
離れた手のぬくもりの名残を惜しむのもつかの間、
が廃屋を指差して言った。
「ねえ、あそこまで競争よ」
言うが早いか、長いスカートを翻して走り出す。
「え!?ちょっと・・・!?ずるいぞ」
あわてて後から走り出す。
俺は村でも体力や運動神経はずば抜けていいほうだったのに
は本当に足が速くて、なかなか追いつけなかった。
「はあっ・・・ずるいぞ。・・・追いついた」
息を荒げて、の手をつかむ。
そのまま勢いで廃屋に続く階段を駆け上がり、扉に押し付けるようにの動きを止めた。
目の前の彼女とすごく距離が近くて、なのに何が面白いのかは笑い出して止まらない。
「うふふ・・・追いかけっこなんて、本当に何年ぶりかしら・・・」
息をきらしながら、笑い続けてが言う。
扉に押し付けた腕のなかに、がいる。
抱きしめて、その笑い声をキスで止めたいと思った。
でも手を出すのはためらわれた。
金を払ってを抱く男たちと同じにはなりたくなかった。
が笑い声を収めながら真っ直ぐ見上げてくる。
見透かしたような、大人びた目で、小首を傾げて俺の目を見つめる。
青い瞳に映る自分が、空の中にいるみたいで好きだと言っていた。
それを今、みているんだろうか?
「ねえ・・・ジャンは、私のどこが好き?」
「どこって・・・・」
笑い声の余韻の中でが聞いてくる。
その質問には、答えにくい。好きになるのに理由や理屈なんかあるか?
「そんな『どこ』があっさり言えるなら、本当の好きじゃないだろ」
「どうして?顔とか、性格とか、理由は何でも言えるでしょ?」
「の顔が変わっても性格がどんなでも、どこがどうなっても。
それでも気持ちが変わらないって思うから好きなんじゃないか」
それこそが、のことを好きで苦しい理由なのに。
意外そうなの表情に、俺は顔をゆがめる。
こんなに苦しくて激しい思いで誰かを想ったことなんか、今までなかった。
それは、には伝わらない気持ちなんだろうか。
「・・・・・俺のこと、からかってる?」
「誤解しないで。からかってなんかないわ」
強い瞳で言い返されて、固くなりかけた気持ちがほどけた。
反対に、は少し泣きそうな顔になって、瞳を潤ませた。
「私は・・・・ジャンが私のこと、何も知らないのにって思うだけ」
「どうしてそう思う?」
「私がどんなに卑怯で汚れているか、どんなにひどい人間か、知らないから・・・」
それは仕事のことだけじゃないだろう。
俺はなんとなく、直感的に予感めいたもので、それを感じていた。
それを言葉にするには、俺は言葉を知らなさ過ぎて
の過去の重さも推測できないくらい経験の浅いコドモで
俺は黙っての言葉を待った。
「私を好きなんて、今だけよ。きっとそうなんだから、あきらめて」
「きっとなんて、人の気持ちを決め付けるなよ」
「じゃあ教えて。私のどこが好き?」
これじゃメビウスの輪だ。会話が同じ場所をぐるぐる回る。
「は・・・・たぶん、俺が理解できないくらいいろんなことが過去にあったんだと思う。
でも根本的なとこは、きっと何も変わってないんだよ」
が濡れた瞳で俺を見上げる。
でも泣きそうに歪んだ表情ではなく、あどけない幼子のような顔。
「今の仕事が辛いんだと思うときもあるし・・・
そのほかになんか抱えてるのかなって感じることも、あるけど」
が驚いたように目を見開き、少し警戒するような表情を見せた。
俺は気がつかないフリをして、言葉を続ける。
「でも、その合間に見せる表情・・・自分で気がついてないだろ?
時々すっごくコドモっぽい顔してるんだぜ?たまに年下かと思うくらい」
にかっと笑ってみせる。が警戒した表情を、またきょとんとしたものに変えた。
こうして一人で百面相をしてるのだって、は自分じゃきっと気付いてない。
「これでも俺は、のこと何にもわかってなくて好きなのか?
・・・・・だったら教えろよ。俺が嫌いになりそうなことでもなんでも、話して」
見上げてくるの瞳は、大きくて。長いまつげが影を落とす。
潤んだように瞬く瞳は、綺麗な肌を少しだけ湿らせて輝いていた。
しばらく見詰め合った末に、ゆっくり口を開いたのはのほうだった。
「ジャンは、私に手を出さないのね・・・」
「・・・・・」
「私のことが、好き?」
「・・・・・好きだよ」
の瞳が優しく歪む。
少し泣きそうに潤む瞳を見つめた。
「こんな私のこと、そうやって大事にしてくれてるのね・・・普通の女の子みたいに」
「・・・・・」
「私・・・・ジャンと一緒になれればよかったな」
潤む瞳。それを見つめながら、俺は驚いて目を見開いた。
の言葉は、これからの未来に希望をもたらしはしないだろうか?
その気になれば一緒になれる。が望みさえすれば、俺はどんな努力もいとわない。
「それ本気?・・・おれは本気でがすきだから、が望んでくれるなら叶えるよ」
「ジャン・・・・・・ありがとう。大好きよ」
唇が重なる。の柔らかさを感じて、脳天がしびれるように甘く疼いた。
それなのにが泣いていて、俺はその訳を知りたいと思った。
でも理由を聞こうとしてもは目をきつく閉じて首を振るばかりで、何も話さない。
がすがり付いてきて、その柔らかい体を抱きしめた。
壊れた扉から薄暗い室内に入る。
きしむ床と色あせた絨毯と、窓に張られた板の隙間から洩れる光の中で
俺はゆっくりと体を重ねて、溢れ続ける想いのありったけをこめて抱いた。
の甘い喘ぎと吐息、すべらかな肌の熱さに、幸せの余韻はなく
やっと想いが通じたと喜ぶには釈然としない不安が募り
俺はその不安を打ち消すように、なおさらに没頭した。
