教会の聖堂でステンドグラスを見上げる。

透明に輝くいくつもの色は神々しく清らかで、
華々しいと感じていた過去の自分は、もういない。


幼い頃から、俺はずっと教会という場所を
神様が正しい願い事を聞いて、叶えてくれるところだと思っていた。


でも本当は、どうしようもなく抱え込んだ気持ちを持て余した時に
覚悟を決めて現実に戻れるまで、優しく癒してくれる場所だったんじゃないだろうか?



静謐な雰囲気の中、ステンドグラスから入る光を見つめる。
それは鐘のある見晴台からの光とはまた違って
初めて美しいと思った。子供のように純粋に綺麗だと思うのではなく、もっと深く。



中佐を見た。
同じように天を仰いで、同じ光を見つめている。

光を見て、思うことは俺と同じだろうか?
同じものをみていても、違うものをみてるみたいに、感じ方は変わるんだと知った。

同じ人間でも成長と共に感じ方が変わるように。




「中佐は・・・どうして軍人になったんですか」


俺の質問に、中佐が光を見ていた視線を俺に向ける。
質問は意外だった様子で、俺の表情を見ている。


「今回の戦争で、俺はたくさん見たものがあります。
 軍が引き起こしたことで、周りがたくさん迷惑している。違いますか?」
「はっきり言うね。私でなければ捕まっているかもしれないよ」
「中佐は俺を捕まえません。を守りたいなら、それはしないはずです」


中佐は少し見直したように俺をしげしげと眺めた。

まるでオヤジが息子の成長に気付いたかのようで
それでももう、俺は拗ねて顔をそむけたりはしなかった。

「・・・・・私はずっと君を、もっと幼くて単純な男かと思っていた」
「今もコドモで単純ですよ。だから回りくどいことナシで答えてください。
 目の前のコドモにも分かるように話してください」



中佐は微笑んだ。

腹を割って話せるときが来るとは、今の今まで到底思えなかった。
俺はが好きで、を縛るこの男が憎らしかった。近寄りたいとも思わなかった。
でも今、確かに中佐と俺は、繋がらない理由であったのことで、繋がっている。


「じゃあ質問しよう。今、政治を握っているのは、どこの組織かね」
「・・・・軍ですか?」
「そうだ。そして実際に戦争が起きたとき、現状で戦争を収められる組織はどこか」
「・・・・・軍ですね」



回答に満足したように、中佐が微笑んだ。
頷いて、また天を仰ぐ。


俺は考えた。

軍に反抗するクループもあるが、それは組織として現状を打開するに至らない。
組織としては脆弱で世の中を変える力は持たない。

何かを守りたいときに、この国で一番力を持つ場所は、どこだ?


「ジャン・ハボック君。軍は確かに愚かなことをしている。
 だが、それを収集するのも軍にしかできないんだ。現状ではね。
 私はこの国の国民として、軍人として、現状をなんとかする責任を感じたんだ」
「だから軍にとどまったんですか・・・」


中佐は、人を好んで殺せる人間には見えない。
それでも戦場を選んだ。自分の属する組織の犯したものの責任を背負って。


「ひどいことをした犯罪者も、ただ犯罪者として裁くより、前線で死んでもらえば・・・
 そのぶん国民のひとりは助かる。めちゃくちゃな論理だが、そう思った。
 そしてそれができたのも、私が軍人だったからだ。違うかね?」
「そうかもしれません・・・・・でもそれは乱暴な論理です」
「そうだね。私はそれでも・・・未来に続く君のような若者を、のことも、守りたかった」


中佐が俺を見て微笑んだ。
苦しかった。足を失ったこの人は、新しい世代にそれを背負わせないために戦った。
でもそうやって迎えた世界が、すぐに混沌からオサラバできるか?


無理だろ、それは。

余波はしばらく続き、新しい犠牲者はでる。
世の中が落ち着くまでは時間がかかる。



この世の中で、俺にもできることがあるはずだ。
キライな組織でも、志を高く持つ中佐のような人がいる。
だったら俺も、嫌いな連中すら利用してやる。それが大事なものを守ることになるのなら。




覚悟を決めたような俺の顔を見て、中佐は何かを悟ったようだった。


「軍人を目指すなら、士官学校に入りたまえ。君のような人材は軍に必要だ」
「でも、俺は頭あんまり良くないんで・・・」
「何かを守りたいなら、少々の無理はしたまえ。君にはそれができる。
 机に向かって紙をみてるだけのジジイに気後れするな。君がしたいことは何だ?」
「中佐・・・・」



俺を見つめて、中佐が微妙な表情をする。
哀れんでいるのか励ましているのか、それとも同情しているのか。
それが分からないまま、中佐を見つめ返した。

ふと視線をそらして、中佐が立ち上がる。
床に置いていた松葉杖を拾いあげて寄りかかるが、まだ使いこなしてないらしく少しよろめいた。
とっさに手を差し伸べて、俺は自分の行動に驚いた。


キライだと思って憎んでいたのに、助けてやりたいと思うほど近く感じている今。
そんな心境の変化が、とても不思議だった。



でも俺は今まで知らなかった感情を知ったから。
誰かを想って苦しい気持ち。それに勝る喜びも。
その気持ちに向き合って悩んだ一年は、自分を大きく変えたんだ。
・・・・それを、今初めて意識した。


彼女に会ってなかったら、今の俺はいない。



「ありがとう・・・・では、そろそろ退散するよ」
には会っていかないんですか」


そんな言葉が出たことに、今の俺はもう驚かなかった。
この人は、この人なりにを想った。それが俺と違う想いでも。

それを受け入れたわけでなく、を想えばそれが当然の望みだと気付いただけ。


でも驚いたような顔をした中佐は、俺の申し出は意外だったんだろう。
神妙な顔をして俺を見つめた後、中佐は黙って首を横に振った。



「二度と会えないなら、本当はそのほうがいいんだろう・・・」



それが誰に対しての言葉であるかわからないまま、俺は中佐を見送った。
中佐の言葉は、誰かの不幸を示している。

それが俺なのかなのか、中佐なのか・・・それとも全員か。



このとき中佐は、俺よりもっといろんな事情が見えていたのかもしれない。








中佐を見送ったまま、俺はしばらくステンドグラスの光をみつめていた。
椅子に座って、途方にくれたように時間が経つのを待った。

日はずいぶん高く上ったのに、の姿は現れない。
そのまま暮れてしまうんじゃないだろうか?


今日は、来ないんだろうか?





そんなとき、バタンと教会の扉が開いた。
その乱暴な音に自然と視線が向く。


「親父・・・・!?」
「ジャン、お前は知っていたのか?」


あわてたような父親の姿に、ただならぬものを感じて俺は仰天する。


「何のことだよ。一体、そんなあわてて・・・・」
「知らなかったのか?」
「だから何を」


息せき切って畳み掛ける父親に少しあきれて、俺は質問を繰り返す。
大勢の足音が、近づいてくる。その音を不審に感じて、俺は耳を澄ます。


「・・・・・親父。何かあったのか?」
「知らないんだな、何も・・・・良かった。ジャン良かった・・・」


俺の怪訝そうな顔をみて、ほっとしたように力が抜ける父親を見る。
勝手に納得している親父に、俺が何を知らないというのか問いかけようとした。
それと同時に開かれるもう片方の扉。

親父の背後に、村の男たちが集合していた。



「ジャンは、何も知らない。今、確認したよ・・・」
「本当か?まあ、こんな田舎の小倅じゃ駒にもできんだろうが」


失礼な。
でもその言葉に怒るより、村人のただならぬ様子に沸き起こる不安感。


「あのさ・・・・みんな揃ってどうしたんだよ?なんか物騒だな。何かあったのか?
 俺が駒って、どういう意味だよ?」


まさか、に何か・・・?

その不安感を裏付けるように、村の男の一人が言った。



という娼婦、あの女はスパイだ。反乱軍のな」
「反乱軍て・・・?」
「イシュバール人のスパイだったんだよ!アメストリス人のくせに!」



驚きで目を見開いた。
予想すらしなかった答えに、俺は言葉が出てこなかった。




軍人に復讐するなら、アメストリス人の軍反対組織へ加担するものと・・・・



イシュバール人のスパイ?



確かにそれなら、前線近くのこの村で高位軍人相手の娼婦をした理由になる。
軍の情報は集められるし、周辺の地理だっていくらでも・・・・地図にない所でさえも調べられる。
世の中を変えるほどの力もない脆弱な組織へ加担するより、余程打撃も与えられる・・・




「それ・・・・・本当なのか?何かの間違いじゃ・・・」



乾いた声で、それを言う。
認めてしまったらの立場はどうなる?

間諜者扱いされたものは、ただではすまない。
戦争中の今ならば悪くすれば、見せしめで殺されてしまうかもしれない。


俺の様子は、何も知らなかったことを肯定するのに十分だった。
村の人は、同情したような眼差しを向けてくる。


は今どこに・・・」
「森の廃屋に閉じ込めている。扉には鍵をかけた。
 あの場所がこんな役に立つときが来るとは思わなかったよ」


誰かが答えてくれた。
を抱いた廃屋。その同じ廃屋で、彼女が囚われている。



「誰が・・・・それを言ったんだ?何を証拠に?」


問いかけに答える者がいるとは、正直思わなかった。
密告者が自分で名乗り出るはずはない。