「あの女は言ってたろ。何か兵器のことを!」
その怒号に、俺は思わずビクっと身体を震わせる。
今、言ったのは誰だ?そんなことを言ったらが・・・・!
「あの娼婦が?」
「なんで娼婦がそんなこと知ってるんだ?」
その言葉に、次々と反応を示す村の人たち。
最初に怒声をあげた男は、それを待ってたみたいに声を張り上げた。
「そりゃ、奴らと繋がっていたからじゃないか!?」
血の気が引いた。
「ちょっと待てよ!!」
反射的に叫んだ。
「何だ!?ガキは引っ込んでろ!」
「そんな適当なこといって、違ってたらどうすんだ!?」
怒鳴る男に、負けじと怒鳴り返した。
男は俺を蔑むような目で見下す。
「・・・ふん、ガキが。娼婦の色気に惑わされやがって!目を覚ませ!!
あの女は同国の軍人だけじゃ物足りなくて、異教徒にまで股を開いたってことだ」
自分の中で何かが切れた。頭に血が上る。
前触れもなしに、男に拳を振り上げた。不意をくらった男はまんまとくらって、倒れこむ。
―――――――――をそんなふうに汚す奴は許さない!
「ぐっ・・・このガキ!!許さねぇ!」
よろめきながら立ち上がる男。
小さな村だけど、そのなかで一番運動神経は良かった。
体つきも大人と変わらない今、体力勝負の喧嘩で負ける気はしない。
「あんたのこと、知ってるよ!に相手にされなかったからって、卑怯者!」
なんでそんな根拠のない言葉が出たのか、自分でも分からない。
でもそれは、男にとって核心をついた言葉だった。
火に油をそそいだ。男の顔が怒りで一層赤くなる。
俺に殴りかかりながら男が叫んだ。
「誰が・・・あんな、売女に!!」
「ばいたとか、いうな!は・・・」
男の反撃に応戦するも、言葉で反論するのも容易じゃない。
猛りきった男は見境なく暴れまわり、相手しながら怒鳴るのはやっかいだった。
でも負けてやるつもりはなかった。
「売女じゃなきゃ、なんで武器のことを知っている!?」
「あんたが勝手に言った事だろ!相手にされなかったからって、腹いせにこんなこと!
スパイは処刑されるかもしれないんだって、知ってんのか!?お前、人殺しになるぞ!
その覚悟できてんのかよ!?」
奴の拳を受けて口の中が切れて、つばと一緒に血を飛ばしながら叫んだ。
イシュバール人と手を組んだスパイの嫌疑がかけられたら無事じゃすまない。
そのくらい俺より幼い子供にだって分かる。
その場にいた村人が男を引き離して、俺はようやく息をつく。
俺の言葉に少し青ざめた表情で男が立ち尽くした。
やっぱり何の確信も持たずに行動したんだ。
は賢いから、こんなバカにばれるように行動したりしない。
自分の密告のせいで誰かが死ぬかもしれないなんて、こいつは思いもしなかったんだ。
「でも・・・・俺は聞いたんだ」
かすれた声で、男が言う。
俺の拳を受けた頬が赤く晴れて、口の端は切れて青く痣を作っている。
「何をだよ!」
少しうんざりした気持ちで、それを聞く。
「お前、話していたよな?店番しながら、お前の親父と・・・」
「何を・・・」
「新しい武器の話だよ!・・・・ナントカ弾ていう」
それは、もしかして・・・・・・焼夷弾?
男は汗をかきながら、心細そうにまくし立てる。
「俺、そのとき店にいて、話を聞いてたんだ!あの女から聞いたんだろ?
なんだか火が襲ってくる武器だって・・・・でも俺は仕事で軍人から話を聞いたんだ」
軍人から、何を聞いたんだ?
が俺に話した新型の武器のことを、誰彼構わず話したわけじゃない。
との会話は、そのほとんどを誰にも話さず、秘密にしていた。
だが焼夷弾のことは確かに、店番のときに親父にだけは話した。
「その軍人によると、軍隊にそんな武器はないって言ってた。
炎の攻撃に対しては国家錬金術師で腕のいい少佐がいて、彼に勝る武器はないと・・・」
それじゃ、はなんでそんなことを・・・
どこからの知識で、そんなことを?
が泣いた夕暮れ。あの時感じた違和感。
味方の武器なら、なぜ『教会に逃げられたら一番いい』なんて言った?
それはまるで俺たちが攻撃されることを見越した発言じゃないか!
おれはバカだ!なぜそれにもっと早く気付かない!?
――――――――――そんなことも気付かずに、
を守るなら、それは自分だと
本気でそう思っていた。
御伽噺の、お姫様を守る騎士のような気持ちでいた。
その甘さに最後まで気付かずに。
「まあ・・・事の真偽は、憲兵や軍にまかせようじゃないか。とりあえず今日一日様子をみて」
村の一人が毒気を抜かれたように口を出した。
でもそれじゃ遅いんだ!疑いを掛けられただけで、どんなひどい目に合わされるか!
そう食ってかかろうとした俺を、親父が制する。
「見張りもつけないで構わんだろう。疑いが晴れたわけじゃないが、確信も得られない。
今回のことは勘違いだったと、翌日来た憲兵やら軍人やらに説明してやればいい」
その言葉にようやく俺は引っ込んで
うつむいて唇をかみしめた。
村人が解散した後、俺は親父に聞いた。
「あの騒ぎ、いったい何があったんだ?」
「うん・・・は、間諜容疑を否定しなかったんだ。人形みたいに無表情で・・・
美人だが、いつも無口で感情がないようなところがあるからな」
親父の言葉に頷けないものを感じながら、続きを促す。
疑いをかけられたは取り乱しもせず驚きもせず、
人形のような顔を向けて静かに言った。
「私が何を言っても信じないでしょう?
抵抗はしないから、拘束して閉じ込めればいい」
しん・・・と空気が静まり返る。
驚いて誰も口をきけないでいると、さっきの憤っていた男が、乾いた笑いを浮かべた。
「は・・・はは・・・それ見たことか!
やっぱりこいつは・・・俺の言ったとおりだろ!!」
本当に静かに、感情を置き忘れたみたいな話し方をしていた、と親父は言う。
あんまり静かで、覚悟を決めたようにも諦めたようにも見えず
透明に消えてしまいそうなほど、その存在感は儚く
何を考えてるのか分からず、少し薄気味悪くさえあった・・・と。
それなのに、話が俺にまで及ぶと、の様子が驚くように変わったらしい。
の、死んだような目が一瞬だけ生き返ったようにさえ見えた。
眉をよせて心配そうに親父を見つめる瞳は潤んで、
祈るように握られた両手は、少し震えてさえいる。
―――――――――これでは誰でも毒気を抜かれてしまう。
その清らかな美しさと、輝くような生気が隠されていたことを知って
息子が夢中になってしまったのも仕方ないと、親心に思ったそうだ。
「疑われるのは、私のせい?ごめんなさい。ジャンは何も関係ないの・・・だから」
早口で紡がれた言葉を理解するのには時間がかかった。
この場の誰もが、予想外の展開に押し黙った。
だから、村の人は俺がスパイの手引きをしていたと勘違いした。
が俺を思ってかばったことが逆にあだとなった。
俺をかばうための嘘ならいらない!関係ないのは嘘ではないかもしれないけど
いっそ巻き込んで何もかも話してくれればよかった。
俺は守りたい人の未来を、この手でつぶしてしまったんだろうか?
認めたくない後悔が、体中を苛んだ。
俺が親父に気安く話さなければ、こんなことにはならなかった。
後悔と、自分の無力に、悔しくて絶望した。
親父が俺の様子に、背中を叩いて励ましてくれる。
「しっかりしろ。明日になれば、なにもかも良くなるさ」
親父と連れ立って教会を出た。
外は夕闇が迫り、空が藍色に染まっていた。
の瞳の色・・・・
そう思って、空を見上げる。
結局一日、この教会にいたことになる。
食事も摂らずに。でもお腹は空いてなかった。
ふと、川向こうの空から何かが迫ってくるのが見えた。
「親父・・・・あの空の方向、何か来る・・・・」
空に浮かぶ飛行物体。黒い雲間から、まがまがしく近寄ってくる。
そこから落ちてくるオレンジ色の光。
何かにぶつかると花火のように広がる放射光。
あれはの言っていた、焼夷弾・・・・!?
「親父!あれ、焼夷弾だ・・・村の人たちに知らせて避難しないと!」
「え!?なんだって・・・急になんでそんな」
「教会に集めて、地下に避難させなきゃダメだ!」
明るく光るほうへ向かう。
親父と一緒に全力疾走で走った。
すれ違う人々全員に、教会へ行け、と叫ぶ。
目の前の光景がだんだん悲惨なものになっていく。
家は燃えていた。
家だけじゃなく、あたり一面火の海だった。
「母さんを教会へ先に避難させる!俺は隣の家を見てくるから!」
「でも、親父、もう隣も火の手が・・・!」
「母さんの話だと、逃げ遅れたかもしれないんだ。助けて一緒に教会へ行く」
空に浮かぶ飛行物体から落ちる火の粉をみた。
ゆっくり浮かぶそれは、まっすぐ森へ向かっている。
――――――――――――廃屋・・・が危ない!!
そう思った瞬間、体は勝手に駆け出していた。
ちらちらと舞い散る火の粉の中を全力疾走する。
間に合ってくれ!!
空気の熱さが肺を焼くようだった。
それが苦しくて、咳き込む。でも足を止めたりしなかった。
