あちこちで火の手が上がる中を駆け抜けた。
途中で学校の仲間に出会って声をかけられる。


「ジャン!」
「お前・・・・・何してんだ、早く教会へ!」
「おふくろが、火を消してからって・・・」
「ばか!!簡単に消える火じゃないんだ!全部ほっといて早く避難しろ!」
「確かに変な火だ。川に逃げようかって、妹が・・・」


そのとき俺は見た。
洗濯用の桶に張られた水の上で燃えている焼夷弾の火・・・


「川はダメだ!!この火は、水の上でも燃えるんだ」
「なんだって!?・・・ちくしょう、こんなときに親父と兄貴がいてくれたら・・・」


こいつの親父と兄貴は出征していて、家にはいなかった。
この村で、こいつと同じような家は珍しくない。
男手は、きっと圧倒的に足りないはずだ。


「そんなこと言っても始まらないだろ!お前が何とかするんだ!」
「なんとかって・・・どうすればいいんだよ!」



俺は急ぎたい衝動を抑えて、声を張り上げた。
煙がのどを焼いて、痛い。


「とにかく消火活動はやめさせて、一刻も早く教会に集まるようにするんだ!
 川へ逃げるのもやめさせないと!あの桶の水を見てみろ!どうなるか一目瞭然だ」



桶の水の上で燃え続ける炎を見て、おびえたような顔をする姿。



呆然としている場合じゃない!舌打ちしたくなる。時間がないのに!
大人の男が足りない今、老人や子供が逃げ遅れないように動けるのは俺らのはずだ。



「分かった・・・おふくろと妹を教会へ連れて行く」
「行く途中で、みんなに声をかけてくれ。この武器は普通じゃないんだ!
 何もかも捨てて教会へ急げよ!!」
「ジャン・・・お前はどこに行くんだ!?教会と方向が違うぞ!」


その声を無視して、森へ向かって走る。



行く途中で通り過ぎる家や人を見つけては、声を張り上げて教会へと叫ぶ。
前を逃げる若い親子。幼い子供が、むずがって泣いている。


「飼い犬が見つからなくて・・・」

煙で涙目になりながら言う夫婦。
子供は父親の腕の中で動き回って、押さえ込む親を困らせている。


「見つからないならきっと逃げたんだよ。大丈夫だから、教会にいきな」


穏やかにそう声をかけると、びっくりしたように目を瞬いて、幼子は素直に頷いた。
若い夫婦に感謝されて、俺は先を急ぐ。


そういえば、よその家で繋がれたままの犬も見た。家族は逃げられたんだろうか?




煙の向こうで、誰かが村の人を誘導しながら教会に向かっているのが見えた。
同じ学校の同級生で、クラスでも優秀な男・・・確か彼の父親は村長をしていた。


「ジャン!教会へ行けって指示が出てる、急げよ!」
「ああ、村の人たちを頼む。川に逃げたり、火を消そうとして留まるなと伝えて」



急いでも急いでも、まるで障害物みたいに立ちはだかる燃えた街。
逃げる人や、崩れた家々。燃え続ける納屋。



何もかもあっという間・・・何もかも燃えてしまう・・・



こんな地獄絵図は誰が予想しただろう?
これでは村は戦場と同じだ。




これを、が望んだのか・・・




森に向かって走りながら、吐き気がした。
怒りなのか、悲しみなのか、よくわからない苦しみが胸を塞ぐ。
裏切られた。そう思いたくはなかった。でも目の前の悲劇は、の裏切りの結果だ。





今まで覚えてるのいろんな姿を思い出す。
どれも皆、綺麗で清らかで優しかった。
こんな悲劇を生み出す悪魔には、到底思えないほどに。



『この村で親しい人を作りたくないだけ』

そう言っていた
あのとき、すでにはイシュバール人のスパイだったはずだ。
もうずっと、もしかしたらこの村に来たときから・・・・



それでも教会から見える景色が大好きで
一緒に村の夕焼けを見て、綺麗な景色だと言った。


『こんな綺麗な景色を、戦場にしちゃいけないわよね・・・』

夕焼けを眺めて泣いた。




イシュバール人に軍部の情報を与えながら、本当は、も迷っていた。









『戦争は終わらないわ』



イシュバール人が降伏したことを知って、
それでも戦争が終わらないと知ったあの日。


あのときに、の選択は決まったんじゃないだろうか?







それでも


どうしてイシュバール人だったんだろう?
同じアメストリス人の組織でも軍に反対する組織はあるのに。


娼婦がスパイをしていると、村の人たちが軍に通報をしている。
こんなことになった以上もう言い逃れはできない。に、この村で未来はない。








『好きって、言ってもいい・・・?』



『ジャンは知らないから・・・・』



『私は誰も好きにならないわ。ジャンは、私をあきらめなきゃだめ』





が俺を想って言った言葉が、いくつも頭の中を舞う。





『・・・好きって言っても、いい?許してくれる?』



『ジャンは知らないの・・・私が、あなたといてどんなに幸せか。
 こうなることを、本当はずっと願ってた・・・許されないと知ってても』



泣いている顔。それでも嬉しそうに瞳を輝かせる姿。
何もかも、守りたいと思ったの姿。






そんな中ひらめくように、頭の中に浮かんだひとつの姿。





『そうよ。私、ジャンの瞳に映る自分を見てるとね・・・・
なんだか空の中に自分がいるみたいに見えて、すきなの』





はにかんだ幸せそうなの、あどけない笑顔。








守ろうとした未来を、握りつぶしてしまったのは俺だ。





それでも村の惨状に、どっちを責めたらいいのかわからない気持ちが俺を苦しめた。
もっと早く気付けばよかったのか。
それでもの行動はきっと、あの男のように密告することでしか止められなかった。
その考えは確信に近く、なおさら俺を苛んだ。



それでも早くに会いたかった。
無事な姿を見たいと思った。



それが、村に襲った悲劇を嘆いて罵声を浴びせるためなのか
ただを愛したいと願ったためなのか、はっきりとした自分の気持ちが分からないまま、
ただ夢中になって走った。もうすぐ街を抜ける。





煙が迫ってきて、俺はハンカチでもないかとポケットを探る。
そのとき触れたのは、中佐が俺に渡した紙切れ。


触れてびくんと指先が震えた。






禍々しいものを見つけてしまったような気持ちで、それを取り出す。
受け取ったのはつい先ほど。あの時は不安な気持ちはあったけど、まだ穏やかだった。

中佐の紙片の存在を忘れてしまうほど、この攻撃の衝撃は大きかった。
汗が身体を流れるのが分かった。いつから噴出していたのか、体中汗でびっしょりだった。






こんなふうに、終わりは来るんだと、ハッキリと悟った。

中佐から預かった紙切れ。と中佐にしか分からない暗号の手紙。
それがとのサヨナラのかわりになると知っていても手放せなかったもの。




煙を被って、熱さに目をつぶる。
焼けるような熱さ。でも紙が燃えないように握り締めた。



ようやく自分の気持ちが分かった。
俺はどうしても・・・・に会わなきゃいけない。