第一話  ぬばたまの夢




ロイの側で、彼が泣くこともできずに立ち尽くすのを見ていた。
ただ呆然と、躯の前で、目を瞠るだけのマスタング大佐。


目の前には、一人の女軍人の亡骸。


――――――――そんなに、好きだったの・・・


彼の悲しみの深さが、表現しようのないゆえの無表情にあらわれてる。
その側で、付き添ってきたホークアイ中尉が、いつもの無表情と全然違う顔で立っていた。

いつもクールで、泣き顔なんて見たことなかったのに。



「なんだか・・・まるでまだ生きてるみたいなのに・・・」


中尉が嗚咽を漏らす。誰かが泣く姿を見るのは辛い。
棺のふたが閉められて、墓穴に収められる。



棺が土の中に埋められても、ロイは立ち去ることもできないまま。
ホークアイ中尉が泣いていて、ブレダ少尉もハボック少尉も、男なのに涙ぐんでいた。
フェリー曹長はハンカチで目頭を押さえてる。眼鏡はすでにはずしていた。
ファルマン准尉は、いつもの無表情・・・でも、なんとなく目の周りが赤い。




周りの人たちが一様に涙ぐんで、お別れをしているなか、
ロイはただ一人、目を瞠ったまま唖然として、今以上にも以下にも表情を変えない。


頭の中で、何を考えているの?


声をかけたかった。
でも、声をかけても、今の彼には耳に入らない。



今回のはじまりの事件は、とても唐突だった。









少佐死亡の報、1日目。



少佐が、セントラルで事故に・・・」

それをロイが最初に知ったのは、ハボックからの緊急連絡だった。
ロイは、その日に限って早く出勤してきていた。
早めの出勤自体はあまり珍しくない。でもその日は今までになく早かった。
それは、かれにしてみればちょっと珍しい。


ハボックからの連絡に、ロイは少し目を見開いた。


「事故とは、どのような?」
「中尉、じゃなかった。少佐が危ない状態だとか」

ハボックが敬称を間違える。
私はあきれて注意した。

「こら、上官に失礼よ?」


とは言ってみたものの、呼び方に馴染みにくいのは仕方ない。
国家錬金術師になって少佐に昇格したのは、最近のことだった。


でもロイは、そんな事には頓着しないでハボックを問いただす。


「彼女の身に、一体何があったんだ?」
「店に強盗が押し入って、銃を片手に金品を強奪したそうです」
「少佐は、強盗から一般市民を守ろうとして?」
「いえ、違います。強奪した犯人たちが逃走の際に発砲した流れ弾に、運悪く・・・」


ことの重大さは、この時点では何も分かっていなかった。
でもロイは何かを敏感に感じ取っていたようで、難しい顔で考え込んでいる。


「それで、今は病院に収容されているのか?」
「ええ。強盗襲来の連絡を受けた憲兵隊が、ちょうど到着したところで、すぐ搬送されたとか」
「じゃあ、対処は早かったんだな?」
「そのはずです。よほど当たり所が悪くなければ大丈夫でしょう」



そのときに、電話が鳴った。
ロイが表情を固くして、ぎくりと身を強張らせる。
ハボックが何気なく受話器を取りあげた。


「はい、大佐の執務室です・・・・・・・・え?・・」



それっきり、ハボックも動きを止めた。
大佐の執務室は、完全に静寂に包まれて、時間が止まったようだった。




少佐死亡の連絡が入ると、司令部の一部は騒然とした。
ホークアイ中尉などはプライベートではお互い名前で呼び合うほどだったから、なおさら。


「大丈夫ですか、中尉・・・」

ブレダに慰められるリザが、目を赤くしてうつむいた。
士官学校から一緒で、数少ない女性軍人の同僚として、年齢も同じなら自然と近くなる。
それは当然のことだ。



亡骸が東部に帰ってきたとき、それはやはり遺体でしかなかった。
損傷は少なく、綺麗な姿と言えたけど、すくなくとも私にはそう見えた。

でも、親しい間柄だったリザやロイには、そう見えなかったのかもしれない。



・・・こんな綺麗なのに・・・まるで、生きてるみたい」
「・・・・・・・・・・・そう、だな」



リザは親友。ロイは恋人。
恋人だと知ってる数少ない人間の一人がリザで、それは親友の特権とも言えた。








そうして、それから2日後に葬儀が行われて、抜け殻みたいなロイが目の前にいる。
傍目にはどう見えてるか知らないけれど、彼は相当憔悴していた。


私だけは分かる。彼のことが好きだから。


でも、ロイが私を見ることはない。
彼の目に映るのは、目の前の墓石だけ。



なんとかして振り向かせることができたらいいのに、と切に願った。
こんなに側にいても、私の存在には気付いてくれないの?









少佐死亡の報から5日目。


ロイはいつもどおりに仕事をこなしている。

社内恋愛は密かになされていたから、よほど執着を持ってみていない限り、
少佐とマスタング大佐の恋』は、知られてないといって良い。

つまり、それほどどちらかに熱心に恋焦がれてない限り、気付かれてないということ。
それくらい、ひそやかに温もりあっていた。そんな恋愛だった。

だから、ロイは恋人が亡くなっても休むこともできず、普段通りにするしかない。
せめて婚約でもしていれば、人前で堂々と泣けたのにね。



そんなことを思う私は意地悪だろうか?
婚約してなくて良かったと、心のどこかでは思っているのに。





書類を淡々とこなしていたロイが、動きを止める。
歪んだ顔をさらに歪ませて、やがてたまらなくなったように机を叩いた。

それは、とても急なことで、私は驚いて竦んだ。


ロイが、両腕に隠れるように、机に突っ伏していた。
何かをこらえるように・・・・耐え忍ぶように、低い声で慟哭する。



恋人をなくした辛さのやり場がないんだ、と分かった。
そんな姿に泣きたくなった。





写真立てに納まった、二人の写真。
幸せそうに微笑む恋人たち。その片方は、もう死んでしまってるのに。
時間を残酷に留めて、写真はいつまでも鮮やかで綺麗だ。




こんこん。


その音に、ロイの身体が震える。
震える握りこぶしに力をこめて、ロイが居住まいを正す。


「大佐、書類お願いします」
「ああ・・・置いておけ」


そう言うロイに、ハボックが口ごもるように話しかけた。


「なんだか少佐がいなくなっても、毎日が普通に過ぎてて・・・
 訃報からすぐは、事件の事やら何やらで慌しかったのに、今は・・・もういつも通りで」
「確かにな。仕事はたまっていく一方だし」
「・・・・寂しいですね」
「・・・・・そうだな」


執務室全体が、しんみりした。
私も、なんとなくうなだれる。


「俺、訃報の翌日、少佐の夢を見たんですよ」


ハボックの声に、大佐が目を上げる。
驚いた顔で、その話に注目していた。


「少佐が、笑ってて・・・ああ。大丈夫なんだって、安心して目が覚めたんです」
「そうなのか・・・・・?」
「そしたら、ブレダ少尉も今日、同じこと言うんですよ」
「同じ夢を見たと?」
「細かい内容とか日にちは、違いますけどね」



不思議なこともあるもんです、とハボックが笑う。
まるで少佐が、順番に挨拶に来てるみたいだ、と。

寂しくて悲しかった気持ちに、少し整理がつきました、
そう言いかけたハボックが、言葉を途中で止め、驚いた顔をした。



ハボックが、大佐の執務机の上の写真に目ざとく気付いたのだ。
そこで、何もかも初めて知ったかのように、唖然とした表情をしている。

普段は机の中にしまわれているそれは、今だけ大佐の目の前にあった。


「大佐・・・・この写真て・・・」


部下に見られたというのに、落ち着いた眼差しで写真に目を落とすロイ。
いまさら、と思っているのかもしれない。



「・・・・・・誰にも知られないようにしていたけどね・・・」
「そんな・・・まさか」


ハボックが言葉をなくしたように立ち尽くしている。



「・・・・・いつから、ですか?少佐は、狙ってる人間も多かったのに」
「桜が咲いていた。花びらの散る中、彼女を手に入れて。夢のようだと思った・・・」



出会いを語るロイを、悲しい気持ちでみつめる。



「最初はただの副官の友人、という関係だった。
それが、いつのまに変わっていったのかは、ハッキリしない。
でも気が付いたら本気で好きになっていて・・・」



それから先は、私も知っていた。


少佐も、大佐が好きだったんですね」


ハボックの言葉に、ロイが頷く。


「桜並木を一緒に歩いていたときに、つきあってくれと言ったんだ。
 舞い落ちる花びらが幻想的で、そのなかに居る彼女がとても綺麗で・・・笑っていた」


写真の中に語りかけるようにロイが言う。
ハボックが、そんな様子に心を痛めたように粛々とした。


「分かりますよ・・・あの外見から、虜になる人間も多かったですから。美人でしたしね」
「性格も、皆に好かれていた。クールな中尉も屈託なく仲良くしていたくらいだからね」



ハボックが、粛然とした面持ちで、それでも釈然としない疑問を投げかけた。


「それなのに、大佐は葬儀でも泣きませんでしたね。終始落ち着いてたっていうか・・・」
「そうみえるか・・・」



それは嘘だ、と私は思った。
大佐は、最近夜眠れてない。毎日赤い目をこすりながら仕事をしている。


一人になれば涙もでるんだろう。
でも社会人として働く以上、私情は持ち込まない。
そんな理性を強く働かせることのできる人なだけ。


葬儀のときも、本当は泣きたかったんでしょう?
なのに、呆然としていた・・・それとも、信じ切れなくて唖然としてたのかな?


まるで芝居で化かされたんじゃないかって、
棺の中の恋人が、エイプリルフールを叫びながら飛び出すんじゃないかって、

現実を受け入れられていないような、そんな顔をしていた。




私はただそれを側でじっとみつめていた。