第二話 ぬばたまの夢U
少佐死亡の報から7日目。
「大佐、少佐の遺品の整理なんですが・・・」
「何だ。遺族が引き取りに来ただろう?」
事情を知っているホークアイ中尉が、ロイに声をかける。
手には手提げの紙袋を持って来ていた。
「それなんですが・・・実は、鍵がみつからなくて、伸びてたんです」
「マスターキーは?使えなかったのか?」
「女子は個人の鍵をつけることが許可されてるので・・・」
「ああ。そうか。よからぬ考えの男子もいるから」
机や身の回りの簡単な品々は遺族が引き取ったが、ロッカーの鍵は見当たらなかったのだ。
「壊してまで、と、お身内の方が言うので。机の品は、すべて仕事絡みでしたし」
「そうか・・・で、ロッカーの鍵が見つかったのか」
「ええ。それで実は・・・その中身を今、お持ちしてるんです」
手提げ袋の中身。
それを広げたとき、ロイの顔がまた歪んだ。
国家錬金術師のふたつ名の記された、真新しい免許状。
何枚もの、ロイの写真。たまに二人で写っているのもある。
カーディガンや、軍服や制服の予備。
何冊かの本。歯ブラシやコームのセット。
ロイが、遺品の本を手にとって開いた途端にひらりと栞がこぼれた。
栞は、四葉のクローバーが押し花された手作りのもの。
「これは・・・・」
ロイがそれを拾って目を瞠る。
「これは、私があげたものだ・・・」
リザが、すこしだけ辛そうに眉を寄せた。
「知っています。付き合い始めのころに・・・・が嬉しそうに話してました」
ロイは、クローバーをみつめて静かに言う。
「こんな・・・野で摘んだ草を、こんなに大事にしてたのか・・・」
ふと道端に目をやって、偶然みつけただけの草だ、とロイが言う。
いくらでも、豪華な宝石を与えたのに、というつぶやきが聞こえた。
リザが、その言葉に首を振る。
「は、豪華な宝石ももちろん喜んでましたが、そうじゃないんです。大佐が・・・
四葉のクローバーを見つけたときに、自分を思い出してくれたのが嬉しかったんです」
そういえば、四葉のクローバーを見つけられるのも春だけだ。
ぼんやりと、ロイがそうつぶやいた。
日々憔悴していくロイ。
傍目には分かりにくいが、親しい人間は異変に気付いてる。
このままでは・・・・ロイが危ない。
少佐死亡の報から14日目。
空気が変わったと思えたのは、14日にして初めてだった。
赤いコートの金髪の少年が、鎧姿の弟と共に司令部にやってきたのだ。
近頃なんとなく沈んでいた司令部の空気に、爽やかな風が吹いたようだった。
「しけた顔してんなぁ。大佐、フラレタの?」
「・・・・この私に向かっていい質問だ」
苦虫をつぶしたように答えるロイに、少年はむしろ愉快そうに笑う。
しけた顔をしていることが、むしろ嬉しくて仕方ないといった様子だ。
「そういえば、君は元に戻るための手がかりは掴んだのか?」
「まだ。・・・・見れば分かるだろ」
「人体練成・・・・解けるものなら、解いてみたい」
その言葉に、少年がものすごい形相でロイをみつめた。
まるで、信じられないことを聞いたかのように。
「俺たちを目の前にして、そんなこと良く言えたな・・・」
にらみつける瞳に、強い力が宿る。
対照的に、ロイはどこかうつろだ。
ぼんやりと少年をみつめて、目をそらすとため息をついた。
その仕草に、怪訝そうに少年はロイをみつめた。怒りは消えたようだった。
そのまま少年を無視して、書類に向き始めたロイに、少年は部屋を出る。
私は、扉を出る間際のエドに「ごめんね」と声をかける。
必死の顔の少年たちは、私の言葉も無視して真っ直ぐオフィスに向かう。
そして、ちょうど煙草をくわえたばかりのハボックに近寄った。
「どうした大将、また大佐と何かやらかしたのか」
「そうじゃないけど・・・大佐、何か様子がおかしくないかなって・・・」
「へえ、珍しいな。大佐の心配か?」
「そうじゃないけど!!」
むきになる少年に、鎧の弟が「素直じゃないなぁ」とつぶやいて兄に睨まれる。
ハボックが簡単に説明すると、少年二人はぎょっとしたように身体を竦めた。
「・・・・そしたら大佐は・・・。兄さん!」
「ああ。誰か、止めてやらないと。大佐が禁忌をおかしちまう!」
兄弟が目を見交わして口走った言葉に、ハボックが強張る。
「なんだ・・・?深刻な状態なのか?」
心配するハボックの言葉に兄弟はむきになった。
「だって、人体練成について口走るなんて・・・」
「あのクソ大佐ならやりかねないぜ!あの自信過剰男なら!」
そんな二人の様子に、ハボックが少し面食らう。
「おいおい・・・落ち着けよ。お前たちを見てるのに、大佐がそんなこと考えるか?」
「でも、なんか顔つきが違ってたんです。やつれてるし、疲れてるし・・・」
「しけた顔して、思いつめてたんじゃ余計に大佐はやりかねないぜ!?」
畳み掛けるように訴える兄弟に、ハボックはどうどうと両手で制する。
「分かった・・・大佐と話してみるから」
そういって、執務室に向かった。
後には兄弟ももちろんくっついてくる。
ハボックは、やれやれと頭をかいた。
執務室に入ると、リザが持ってきた書類に目を通すロイがいた。
リザは執務室で、ロイから記入済みの書類を預かって、中を確認していた。
「大佐、大将がやけに心配してますよ。ナントカ言ってやってください」
「何を・・・?心配なんて珍しいじゃないか。槍でもふるのか?」
兄弟は(弟は鎧だから兄の顔しか分からないけど)必死の顔だ。
「だって!大佐が人体練成を解きたいなんていうから・・・!!」
「ついに脳天おかしくなったかって心配したんだろ!周囲の迷惑考えろ!!」
兄弟がシンクロするように口走る言葉に、リザが驚いて目を見開いた。
ロイは驚きもせず、なんとなく憔悴した面持ちで目だけで兄弟を見ている。
意識はそこにあるんだろうか?
「・・・・別に。人を生き返らせることができるのなら、それをするのが何故悪いんだ」
ロイのつぶやきは、落ち着いた様子で語られたが、どこか魂のこもらない危うさを感じた。
リザとハボックが、顔をこわばらせる。事態の深刻さに、初めて気が付いた様子だった。
兄弟が、そんな大佐を一喝する。
「ああ!そうだよなぁ!!できりゃいいさ。できるならな!!」
エドは、そう言って自分の右腕をまくって、機械鎧をダンと机に叩きつけた。
形相は怒りに満ちていて、必死さも感じた。
「これを見ろ!俺の弟もだ!!引き換えに得たものを、あんたは見たんだろう!?」
息がかかりそうなほど近くでエドが説得する。
大佐の目には生気はなく、目の前でいきりたつ人間がいても、何も感じないようだった。
私は目の前の展開にハラハラしながら見守る。
「生き返らせることができるなら、それでもいいさ!身体の一部なんかくれてやる!!
でも生き返らせることなんかできないんだ・・・・だから大事なんだろう!人生も命も!」
エドの言葉に、執務室全体が飲み込まれたように静寂した。
ややあって、弟が口を開く。
「大佐・・・兄さんも、僕も、禁忌を犯して、ようやくそれが分かったんです。
大佐に同じ思いをしてほしくない。こちら側に来ちゃ行けないんです」
「大佐。憔悴しておられるとは思いましたけど・・・そこまで思いつめていたなんて。
は、そんな大佐を見て、どう思うでしょう?しっかりしてください」
弟の言葉を引き継ぐように、リザが言う。
大佐は死んだような目で、執務室の人間を見渡した。
「は死んだ。なら、私を見ることはあるまいよ・・・生き返らない限りね」
「大佐!!」
その言葉に思わず声を荒げたのはハボックだった。
たった一人の人間の死が、これほど誰かを壊してしまうことを、彼は初めて知ったのだ。
「・・・・冗談だ。心配ない、人体練成の禁忌の結果は知っている。同じ愚を犯しはしない」
そうつぶやいて、全員を退室させる。
不承不承、後ろ髪引かれる思いで、みんなが部屋を出て行った。
部屋を出たところでハボックがリザに言う。
「大丈夫でしょうか?大佐は・・・」
リザは難しい顔で、何も言わなかった。
でも、ロイは人体練成の禁忌を犯さなかった。
ただ、黙って耐えることを選んだ。
