第三話 夢待ち月T
少佐死亡の報から28日目。
4週間目に入っても、ロイの憔悴は相変わらずだった。
でも普段は、ごく近しい人間にしか分からないくらい、常に平然として見せたもので、
この間など、将軍から『君たち若い者は活気があっていいね』など言われていた。
その時は、ただ単に仕事が忙しかっただけに過ぎないのに。
リザに追いまくられるように仕事をこなす傍らで、ふと思い出したように空を見上げる。
そうして何かに思いを馳せるように、遠い目をする。
私もリザも、それに気付いても何も言わない。
リザも、ロイが落ち着くまで見守ることを選んだのだ。
仕事が珍しくひと段落つき、リザがロイに一休みのコーヒーを淹れる。
そんなサービスは彼女にしてみれば珍しい行動で、ロイは案の定意外な顔をした。
「最近仕事を頑張ってくださっているので・・・書類が滞らないので、皆喜んでます」
かすかに微笑んで、リザがお茶請けにクッキーを添える。
それこそ本当に珍しく、ロイはますます目を丸くする。
「中尉。熱でもあるのか?・・・・私はサボらないから、早退して休んでいいぞ」
「違います。大佐は最近、少しやせられましたから。お食事、されてますか?」
ロイは少しやせた。
誰にも気付かれないように、平静を装っているけど。
人体練成の話で周囲を驚かせた後から、まるで自分で自分を奮い立たせるように、
それこそ理性を総動員して、いつもの『マスタング大佐』らしくしようと努力していた。
「ありがとう・・・なんだか、中尉にこんなことされると調子が狂うな」
「・・・・・の手作りには、及びませんが」
「・・・・器用な女だったからな。は・・・」
ロイが、クッキーを手にとってさくりとかじる。
思い出すように薄く微笑んで、コーヒーを飲んだ。
「カレーも小麦粉から作るし、他人の髪の毛は切ってやるし、それもいちいち上手だった」
ロイの言葉に、リザが頷く。
「士官学校時代も、私が何日もかけてやる課題を、は持ち前の集中力で、数時間休ま
ずに取り組んで、短期間で仕上げるんです。傍目には簡単に済ましているように見えて。
もちろん評価も最高ランク。私はいつも彼女がうらやましかったです」
今度はリザの言葉にロイが頷く。
「そういえば、裁縫も得意だった。軍服のサイズが合わないと、自分で勝手に直してた」
本来なら、そんなことは許されないのに、とロイは笑った。
見つかって注意でも受ければ、厳罰に処されるかもしれないものだ。
支給された国家の制服を、勝手にリフォームなど聞いたことがない。
そう言うロイに、リザが「わからないようにやるのもうまかったんです」と受け答える。
そんな言葉に、私は苦笑した。
「・少佐」の話を思い出として語る。
悲しい笑顔だけど、もう泣くことなく語ることができる。
時間は、すこしずつ、人の心を癒していく・・・
少佐死亡の報から42日目
景色は相変わらず寒く、木枯らしが吹きすさぶ。
枯葉も見当たらないくらいの裸の枝が、なおさら寒々しい。
今や少佐の話題は全くと言っていいほど出なくなり、司令部は落ち着いていた。
ロイも表向きは落ち着きを取り戻し、リザももうクッキーを焼くことはない。
ロイの一度落ちた肉は簡単には戻りそうにないが、顔色は前よりもよくなっていた。
食生活を含めて、本当の意味で落ち着いてきた証拠に思えた。
書類を整理しながらロイの傍らに控えているリザに、唐突にロイが尋ねた。
「・・・・中尉は、の夢をみたか?」
少し驚いたように目を向けるリザに、ロイが優しい瞳で返答を促す。
リザは、少しためらって、書類に目を落とした。
「どうしたんですか、突然」
「いや、が死んですぐの頃、ハボックたちが夢でに会ったと言ったんでね」
「そうだったですね・・・大佐も、夢で会われたのですか」
「・・・・・・・いや、どうだろうな」
その微妙な返答に、中尉が不思議そうな顔をした。
でも、問い返さずに質問に答える。
「夢で、に・・・会いました。葬儀の翌日でした」
リザが、遠慮がちに話し出す。
明け方の夢で、に会った、と。
夢の中のは、生きてるときと同じ明るい笑顔で、私を見ていました。
気のせいか、隣に誰かいたような気がしました。誰か分かりませんが・・・
むこうで、もう友達ができたのかもしれませんね。
そんな言葉を、ロイは黙って聞いていた。
「みんなの夢を聞くと、どれも違うがいるな・・・」
「違う、ですか?」
ロイが皆から聞いた夢の話を語り出す。
ハボック少尉は、の死んだ翌日の、明け方の夢で会ったそうだ。
なんだか忙しそうに走っていて、ハボック少尉は驚いてに声をかけたそうだ。
『少尉、何してるんですか。皆どれだけ心配したか・・・』
そうしたら、はいつもの明るい屈託ない調子で『ほんと困るよね』と笑ったそうだ。
『今からブレダ少尉とかフェリー曹長とか・・・たくさん行くとこあって忙しいの!』
そう言って、じゃあハボック少尉またね!と手を振って走り去って行ったらしい。
目覚めたハボックは、夢の中の元気なを見て安心したそうだ。
死の報告が何かの間違いで、負傷した危ない状態から無事生還したのだと・・・・
そう思えるくらい、夢の中のがいつもどおりで、
帰ってきたら山ほど文句を言ってやるつもりだったと言っていた。
思い出すようにロイが語る話に、リザはじっと耳を傾けた。
「元気に動き回って、なんて。本当にらしいです。なんか、想像つきますね。
その話から察すると、他の士官の夢にも出たんでしょうね?は」
「ああ。出たよ。ブレダ少尉の夢は、もっと簡単だ」
ブレダ少尉の夢には、ハボック少尉の翌日。やはり明け方の夢で会ったそうだ。
目の前で、生前の姿そのままに微笑んで立っていた、と言っていた。
会話は何もなく、あったとしても、目覚めたら何も覚えていなかったそうだ。
ただ、あの笑顔は覚えていた。夢の中のは、生きてる頃と何も変わらなかったと・・・。
そんな話に、リザが優しい微笑みでロイに語り掛ける。
「皆それぞれの記憶の中のイメージが夢に現れているみたい・・・。
では、大佐はと夢でどんな会話をされたんですか?」
「私は・・・・夢の中で、に会っていないんだ」
リザは驚いて優しい微笑みを顔から消した。
「夢・・・・ご覧になっていなかったんですか」
ロイが自嘲の笑みを浮かべる。
「見たといえば見たのかな・・・でも、姿は見ていない」
意味が分からないと首を傾げるリザに、ロイが苦笑して説明する。
順を追って言うには、が死ぬより少し前にさかのぼるんだが・・・・
今年に入ってから、ずっと夢見が悪くて・・・嫌な気持ちで目覚めたりが続いていた。
何かの予感かとも思ったが、それが何か分からないから対応の仕様もなくてね。
それが、ある日変な夢を見たんだ。
真っ暗な空間のなか、目の前にまるでライトを照らされたみたいにまぶしい光を受けた。
その光だけが目映くて、あとは闇の中。自分の姿すら見えない中、確かに隣に誰かいた。
空間の四方八方から、歌声が聞こえてきて・・・自分は、その歌を知っていた。
「歌ですか?」
「歌だよ」
どこにが繋がるのか分からない中尉が首を傾げて尋ねる。
「歌は・・・・過去を懐かしがるのはよせ、という意味の詩だった」
ロイはリザの疑問を知って、それでも構わずに話を進める。
私はその歌を知っていて、周囲から迫る歌声に合わせて一緒に歌おうとするんだが・・・。
嗚咽に代わってしまって、歌が歌えない。泣きそうになってしまう。
涙が溢れそうになって、私は隣の誰かに気取られないようにするのが精一杯だった。
泣く理由など何もないのに不思議だと思いながら、
隣に居る誰かに、泣いている姿を見られたくなくて、必死で涙をこらえていた。
隣の誰かが分からないまま・・・・朝、目が覚めて。
おかしな話だが、今までになくスッキリと目が覚めたんだ。
まるで、今までの悪夢から解放されたみたいに。
そうして、今までになく早朝に出勤して聞いたんだ。
・少佐の訃報をね。
リザが目を見開いた。
ロイが苦笑する。
「できすぎだった。あの電話が鳴った時、本当は心のどこかで分かってたのかもしれない。
あの電話の時間、いつもなら司令部に私はいないんだ。虫のしらせというやつか」
「・・・・・夢の暗闇の中、大佐の隣にいた誰かは・・・・?」
リザが、気を使うようにそう問いかけた。
でもロイは、そんな気遣いに気付いた様子も見せないで、いつもの笑顔で静かに言った。
「さあね。でも、そうだったらいいと、今は思う」
ロイが窓の外を見た。
今はまだ、木枯らしだけど。
もう少ししたら、気温が今より温かくなるに違いない。
梅の花が咲いて、その次は桃の花。そしたら次は桜が咲く。
――――――――――――ほら・・・春が、来るよ。
私がそう言うと、ロイがかすかに微笑んだように見えた。
