第四話  夢待ち月U




少佐死亡の報から60日目。



最近ロイは、仕事をサボることを思い出したようだ。
たまにふらりと司令部から消えては、リザにお目玉をくらう日々。


これで本当の意味での司令部の日常が帰ってきたような気がする。
リザも、お小言をいいながら心のどこかでは安心しているんじゃないだろうか?


「大佐、この書類が今日中に必要だと、先日から何度も申し上げたはずですが」
「分かってるよ、中尉。そんな怖い顔はやめてくれ」


そんな二人のやりとりに、くすくす笑う。



「また、一体何をしに外にお出かけになるんですか?」
「いや・・・たいした用事じゃないよ」
「なら仕事をしてください」
「ああ。・・・いや、そうだな」


心底お手上げの様子でロイが机に向かう。
リザが、そんなロイにため息をついた。



「あら・・・・この本は、大佐の?」


リザがロイの無造作に置いた本に気付く。
分厚い文庫サイズの読み物。ノンフィクションでもなく、資料でもない。



そのタイトルを口の中で唱えて、リザははっとしたようだった。


「大佐・・・・これは」
「いや、偶然ね。将軍が好きだというので興味がわいたんだ。
 ・・・以前読もうとして挫折したんだが、もういちど挑戦してみようと思ってね。
 あの時は忙しくて時間が取れなかったが、今なら読めそうな気がしたんだよ」


が好んで良くこの作家の本を読んでいました」


リザの言葉に、ロイが頷いた。


に借りたことがあるんだが、なにせ長くて読みきれなかった。
 没頭してしまえば面白いとは思うんだがね・・・ミステリー小説なんて軽いものだし」


ロイの言葉に、リザは懐かしそうに目を細めた。


「学生の頃から、は手作りの手提げに、いつも何冊も本を入れてました」
「そうだ。図書館通いが日課のようなところがあった」





新聞も良く読んでいたし、新聞社の出す月刊誌も毎月購読していた。
そのほかに、流行のミステリー作家やマイナーな小説家を発掘しては読み漁っていた。
あんなに遊び歩いているのに、良く本を読む時間まで取れるな、と思っていたんだ。

暇があっても、あれだけ大量に読みこなすのは、普通の人間にも難しいだろう。




そうロイが言うと、リザが「読書家とは、ああいうのを言うんでしょうね」と頷いた。
その言葉にロイが微笑む。



「だからが口を開くと、発想の面白い言葉が聞けて、とても楽しかった・・・
 思いも寄らない言葉が返ってくる。頭の回転も速かったんだろうね」
「いつもバカなことをして周囲を笑わせていました。ひとつひとつは何気ないことですが」


その言葉に、ロイは思い出して顔を輝かせた。

「そうだ、確かこの小説に出てくる骸骨がカワイイと言って、なにやら落書きをしたな。
 それがあんまり滑稽で、みるたび笑ったものだ。いまも、探せばあるかな?」
「この小説の探偵の口真似をして、皆を笑わせたこともありました」


ロイとリザは、顔を見合わせた。


「・・・司令部で、の思い出を語るのは、もはやここだけになってしまったようだな」
「皆、仕事や雑事に追われているうちに、思い出すことも少なくなるんでしょう」


ロイが思い出すように、遠い目をした。

の訃報を聞いてから事件の詳細が後から後から追ってきて、忙しくて仕方なかった。
 そんな中、葬儀の準備や遺族の連絡や、軍名簿の訂正書類が沸いてきて・・・」
「訃報からしばらくは、落ち着いて悲しむこともできませんでしたね」


ロイが机に目を伏せてつぶやく。

「事件のふたを開けてみれば、うちの少佐だけだぞ、あの事件で死んだのは。
 最初は、逃げる犯人達の威嚇発砲に当たったのかと思った」


リザが呼応するようにため息をついた。

「こんな冗談みたいな逝きかた、最初は信じられませんでした。心臓震盪なんて・・・。
 彼女らしいともいえますけど・・・。いつも人を笑わせたり驚かせるのが好きでしたから」







事件の詳細はあまりにお粗末で、聞いたものは大抵理解できない顔をした。

強盗が威嚇発砲した弾丸は、その名の通り威嚇で誰にも当たらなかった。
発砲された6発のうち5発は、レンガの壁に埋め込まれたのを確認されている。


一発だけ、窓辺に飾られた植木鉢に命中した。
飛び散った拳くらいの硬い破片が、比較的速いスピードで胸骨に当たった。
それが死因だった。



最初の検死の結果、医者はこういった。
『非常に稀なことですが、破片を受けた衝撃と心臓麻痺が同時に起こったとしか・・・』


その後、実際は心臓震盪が起きたのだと、心臓専門の他の医者が説明した。

『心臓震盪は胸への外的ショックから心室細動が起こります。
 その場の処置によって助かる可能性が高く、起きた場合は迅速な対応が・・・』


心臓そのものに外傷も病変も見当たらない。
それでも動きを止めてしまったのだ。







「医者の話によると、あれは成長が未発達の子供に多いと言います。
 彼女は、とっくに成人していたのに・・・」

リザが、静かに言う。
ロイが軽く目を伏せた。


「処置が遅れると死に直結する。たとえ助かっても障害が残る可能性もある。
 ・・・・そんな疾患があるなんて、知らなかった。たかが植木鉢の破片だぞ?」


目を伏せたまま、ロイがまぶたを閉じる。

「・・・・どんな障害が残っても、生きていてくれていたら良かったと思ったよ」



話が途切れて、執務室に静寂が訪れた。


ロイが窓の外を眺める。
そのから見える風景は、殺風景だった冬の景色ではなくなっていた。




「ああ。・・・もう二ヶ月、たつんだな・・・」




窓の外を一緒に眺めて、リザも同じように思ったはずだ。
それでも、しんみりし始めた空気を振り払うかのように顔を上げる。
「大佐もお仕事してください」と書類を押し付けて、ロイを苦笑させた。

ロイは、リザに向き直り書類を受け取る。



「・・・・・・・いつまでも私の思い出につき合わせて、悪いな」



ロイの言葉に、リザと私は首を振って微笑んだ。

外には赤と桃色の梅が咲き初めていた。















少佐死亡の報から75日目。




珍しいお客が、東方司令部にあらわれた。


「どうした、ヒューズ。なんでこんな所に」
「よお!ロイ、元気か?」



でも、いつもなら真先に始まる娘自慢も妻自慢も、ヒューズ中佐はしない。
いつもの軽い笑い顔は変わりないのに・・・・。



「見ての通りだよ。ヒューズ、お前は何の用事でこんなところまで・・・」
「いやなぁ・・・実は、その・・・先日の、国家錬金術師が事件に巻き込まれた件で・・・」



ヒューズ中佐は、言いにくそうに頭をかいた。



「あの件で、まだ何かあるのか?もう2ヶ月以上たつ」
「彼女の持ち物で、探してる物があるんだ。盗まれたんじゃないかって話もあって・・・」
「盗まれた?何だ?」
「国家錬金術師の証。銀時計さ」



ロイが驚いた顔をした。
遺品に国家錬金術師の免許状があっても銀時計はなかった。
でも、まさか盗まれていたとは思わなかったらしい。



「ああいうのは悪用されるから、必ず厳重に返されなきゃいけないものなんだよ」
「遺品の中に、見当たらなかったと?」
「だから来たんだ・・・・お前、うっかり持ってないだろうな?」
「形見なら、他を選ぶ。なんでわざわざ軍の狗の証など」


それを聞いたヒューズ中佐が、安堵のため息をついた。


ようするに、ヒューズ中佐は『持ってたら間違いなく軍法会議モノ』になる銀時計を、
ロイが万一持っていた場合のために、わざわざ東部に赴いたのだ。



「しかし、思ったより元気そうで安心したけど・・・お前、少しやせたな」
「そうか?食事はしっかり摂っている」
「今回の事件で、もっと荒れると思ったが。意外と落ち着いてるな」
「・・・・・落ち込んだように見えないか?」



ヒューズが苦笑して首を振る。



「お前は親しい人間が傷つくのには弱いからな。是が非でも犯人を見つけ出そうとか、
 もしくは、復讐とかに、えらくエネルギー使うんじゃないかって思ってた」
「今回の事件、誰にも殺意なんかなかった・・・不運な事故だ。そんなので死ぬなんて。
 マヌケすぎる。笑うに笑えん。まったくバカな話だ」


吐き捨てるように言いたかったんだろうけど、それは見るからに失敗だった。
落ち込んだ気持ちの延長のように、沈んだ声音でロイが言う。



「それは分かってる。被害者は結局彼女ただ一人。だが、なぁ・・・?」


落ち着きすぎてやしないか?とヒューズが続けた。
ロイは親友の不思議そうな顔を見て、苦笑した。自嘲の笑み。



「・・・・・・何て説明したらいいのか、わからん」
「水臭いなあ。親友だろ」
「お前は、笑うだろう」
「じゃあ、俺は笑わないほうに5000センズ賭けてやる」




ロイが少し眉を寄せて笑みを作る。
ヒューズ中佐の強引さに負けたのだ。



「今まで周りにあった死は、祖父母の大往生か、戦場での死だった。
 でも今回は、勝手が違う。彼女の場合は、どちらも当てはまらない」



ヒューズ中佐が不思議そうな顔をした。
ロイが、理解できるか?と問うように苦笑して、説明する。






たとえば、祖父母の死は、いわゆる寿命だ。
これは長い年月を生きて、使い古された肉体が終わりを告げたものだろう?

もうひとつ、戦場での死。
これは、肉体は生きていく力があったのに、無理やりそれを奪われたものだ。

今回の彼女は・・・
使い古されるはずのない年齢で亡くなったのに、寿命を感じた初めての死だった。




そう語ると、ロイはいったん口をつぐんだ。


ヒューズ中佐は、意味が分かったのか分からなかったのか、ともかく目を見開いた。
ロイは、そんな親友の様子に、相変わらず苦笑を隠せない。



「・・・・・ってぇと、何だ?お前さんは・・・今回の事件を」
「なんとなく、彼女の寿命として受け入れていたんだ。最初から」


ヒューズ中佐が目を丸くした。真意を知ってますます驚いたような。





寿命として受け入れることと割り切れることとは全く違うもので
恋人の死が受け入れがたい事実であることに変わりない。

いろんな気持ちがせめぎあい、自分を見失うくらい辛かったのに。
でも、ロイはそれを言わない。


代わりに以前リザにも話した夢の話をしてみせた。
ヒューズ中佐は笑い出さなかった。


「・・・お前、それは一種の予知か?記憶の錬金術師に術でもかけられたか?」
「記憶の錬金術師?」



ロイが聞いたことがあるのに思い出せない様子で眉をひそめる。
ヒューズ中佐が、おいおい、と突っ込む。



「記憶の錬金術師。・・・・記憶は彼女のふたつ名だろうが」




その訪問から何日もたたずに、銀時計は見つかった。
搬送先の病院の手違いで、遺失置き場に放置されていたらしい。

ヒューズ中佐は少し憤慨気味に、ロイに電話をしてきた。
『あからさまに紋章が国軍のものだろう、ありえん!』などと言っていたけど・・・


本当は、口実で。
ロイが心配で声が聞きたかったんだろうと思った。














少佐死亡の報から80日目。



ロイが窓の外をみる。

「白梅の木に、ずいぶん鳥がついばみに来てるな・・・・梅の実がなくなってしまう」
「あの木は遅いですからね。赤と桃色の梅がとっくに散ってもなかなか咲かなくて。
 もう桃の花も咲いてますよ・・・・・・そのうち、桜も咲きますね」
「桃も、もう散りはじめたようだよ。桜のつぼみが膨らんできた」



外の景色を語り合う二人に、以前のように「少佐」の話題は出ない。
ようやく静かな時間が訪れたことを、私は歓迎した。



これでいい。ロイもリザも・・・。



「大佐は、そろそろお仕事を真面目になさってもらわないと・・・今日中にこれを」
「わかったから。そう急くものではないよ」


大佐がすぐにサボるからです、と言う副官に、ロイは苦笑する。


書類に向き合おうとするロイに、リザが何か思い出したように何か言いかけて、止めた。
それを目ざとくロイが気付いて、中尉の顔を笑って眺める。


「どうした?何か話したいことがあるのか?」
「いえ・・・・雑談になりますから」
「話したまえ。仕事はそれからするから」


リザは少しためらって、やがて諦めて口を開いた。



「以前、大佐と夢の話をしました。・・・覚えておいででしょうか?」
「夢?が明け方の夢に挨拶に出てきた、あれか?」


ロイが意外そうに目を見開いた。


「ええ。そうです・・・・実は、夢に造詣深いという人物に話を聞いたのですが」
「そんな人間とどこで・・・・・まあいい。その人物は、何と言っていた?」
「・・・・・その・・・故人に思いの強い人間ほど、故人が夢に現れることはないと・・・」


リザの言葉に、ロイが不思議そうな顔をする。
理解していないのだ、と私には分かった。



「思いの強い人間は、故人を捕らえてしまって、離さないのだそうです」
「そうすると、夢に出てこないのか?」


屈託なく問いかけるロイの様子に、リザはほっとしたように話を続けた。


「夢に出ることもできないほど、故人は心配で離れられないんです。あと、もうひとつ。
 故人に思いの強い人間は、夢で会うことも辛いので、故人を見ることができません」




故人が夢に出るということは、故人の意識を解放しても生きていけるという証。
それができて初めて、故人は安心して、この世と決別できる。

挨拶をしに夢に故人が現れるというのは、そういう意味があるのだとか。





そんなリザの言葉を、ロイは黙って聞いていた。
何を考えてるのかは分からなかった。



もうすぐ、桜の花が開く。








少佐死亡の報から90日目。



桜が咲いて、少しずつ散り始めた今日・・・・ロイ、私が見える?