扉が開いて、その向こうに見えたの姿に目を丸くした。
姿を見た昨日。あれから、もう二度とこないと思ったのに。
昨日、俺の母親の姿を見た大佐に、自分を捨てていけと怒鳴ってしまった。
くすぶった気持ちのまま、を見るのは辛かった。
「・・・・何しに来たんだよ。いつまでも仕事ほっといていいのか?」
「夢見るような口説き文句ばかり言ってた人とは思えないほど現実的な言葉ね」
が、がさがさと手にした袋から果物を取り出す。
小型のナイフを出して、りんごをむき始める。
「・・・・何してんだよ」
「タバコの代わり。口寂しいかと思って。・・・果物なんてありきたりだけど」
「余計なことしなくていいよ。帰れってば」
俺の言葉を意に介さずに、は手を動かして視線も手元から動かさない。
「飴とガムも持ってきたの。これをいい機会と思って禁煙すればいいのよ」
「いい機会って・・・・」
「なったものは仕方ないでしょ。前向きにならないと」
絶句する。
いい機会って何だ?昨日の今日で前向きに、だって?
どこの世界に、足を失った人間に、こんなことを言う奴がいる?
「はい、剥けた。・・・・どうぞ」
信じられない気持ちでをみつめる俺は、答えることも出来ずに黙ったまま。
・・・・りんごを差し出した彼女と今日初めてまともに目が合った。
「食べないの?うさぎさんにして欲しい?」
「バカにしてるのかよ?そういうことじゃないだろ」
思わず抗議する。
は無表情で、ひどい言葉を言った自覚もなさそうだ。
いつも現実的なことばかり言って、なんとなく堅く厳しいイメージがあったけど・・・
傷ついた人間に対しての優しさは、持っていると思っていたのに。
「今いらないなら、おいておくから後で食べて。塩かけておいたらいいかな?」
「俺はいらないから自分で食べてけよ。・・・それに、なんだよそのメイク」
視線をりんごに向けたまま、は相変わらず無表情。
反抗心も芽生えた俺は、口説き文句に似た恋の言葉など言う気はない。
「ピンクのシャドウって似合わないよ。目が腫れて見えるし、流行じゃないだろ」
「失礼ね。かわいい色じゃない」
「化粧もなんか厚くなってるし・・・ってぇ!病人叩くか?普通」
「付き合ってる頃とは全然口が違うのね。あきれるわ」
は、フンとそっぽを向いて病室を出て行った。
はたかれた頭をなでながら、その後姿を見送る。
「なんなんだ、アイツは・・・・」
別れてから、容赦ないんじゃないか?のやつ・・・
付き合ってた頃は、こんな喧嘩はしなかった。
俺のくだらない恋の妄想に、彼女が現実的な回答をして、俺がそれを拗ねるくらいで。
抗議も喧嘩も恋愛の因子のひとつでしかなかった。お遊戯みたいな関係。
残された紙袋の中身を見る。
りんごのほかに、バナナやいちご、オレンジやブルーベリーまで入っていた。
そのほかに、飴とガム。チョコレートも入っている。それも山ほど。
俺一人で、こんなに食べきれないだろ・・・何考えてんだ、は。
山盛りの果物と菓子に、少し呆然とした。
すぐに戻ってきたは、手にポットを持っている。
「お茶なら飲むでしょ?ここってコーヒーはないのかな?」
「トイレが面倒だから水分あんまり欲しくないんだよ」
「・・・・・そうなんだ」
「それに、刺激物も控えるように言われてる。コーヒーはないよ」
ポットを手にしたは、それを手にしたまま椅子に座る。
傍らにあるサイドテーブルにそれを置いて、外を眺めて押し黙った。
空は薄い雲が少しだけ。水色に晴れた空。
「・・・・・ライター、変えたの?」
「・・・・・・ああ。前使ってたのは、捨てた」
「そう・・・・」
その言葉を責めるどころか、は相変わらず考えの読めない無表情。
贈られたライターを捨てたと言われても動じない。
「新しい彼女に、買ってもらわなかったの?」
「・・・・・新しい彼女なんか、いないよ」
「嘘。聞いたもの、同僚のひとたち皆に自慢したんでしょ?お見舞い来ないの?」
「来るわけないよ」
「どうして?まさか、また振られたの?」
容赦ないの言葉にグサグサ傷つきながら、だんだん腹が立ってきた。
付き合ってた頃は、現実的なことばかり言う女だとしても、こんな無神経ではなかった。
姿かたちや雰囲気が、好きだったあの頃のままなのが、余計に気に障る。
「・・・・・うるせえなお前、何だよ。もう帰れよ。二度とくるな」
女相手に声を荒げたのは、が初めてだった。
男なら殴りつけてたかもしれない。
「なあんだ。やっぱり図星、でしょ」
なのに、憎たらしいくらいは平常心で動じない。
「・・・・・・・・帰れよ!」
怒鳴りたい気持ちを、ようやくとどめて俺は、それだけを搾り出すように言った。
「はいはい。また来るから」
「もう二度とくるな」
「だって新しい彼女に遠慮しないでもいいんでしょう?」
「・・・・・・その話は二度とするな」
立ち上がったが、その声にただならぬ響きを感じたらしい。
初めて怪訝な顔をした。
「・・・・・まだ浅い付き合いの彼女だったんでしょ?ジャンのこと何も知らない人よ?
たかが足の怪我のことで逃げるような人に振られたのが、そんなに悲しい?」
「・・・・・・うるさいってば」
「そんなにいい女だったんだ・・・・まだ好きなの?」
「いい加減にしろよ!!」
俺の剣幕に、が黙る。
どんな表情かも見ないで、俺は一気にまくしたてた。
「そんなに知りたいなら教えてやるよ!その彼女に刺されたんだ!
敵に通じてた・・・・敵の一味で・・・俺には情報が欲しくて近づいただけだった!」
が息を呑むのが分かった。
でも、堰を切ったように流れてくる言葉は、もう止まらない。
「まぬけだろ!?笑えばいい!・・・・聞けて満足か?お前最低だよ!二度と来るな」
時間が止まったように空気が凍ったのが分かった。
立ち尽くすが押し黙ったまま動かない。
一気に出たストレスの反動を、にぶつけてしまったような気がした。
泥を吐き出したような虚無感が一瞬起こり、の様子を伺う。
視線を向けると、ショックを受けた顔を隠せないがそこにいた。
「ごめんなさい。私・・・・」
それだけ言うと、は言葉を詰まらせる。
そのまま、視線を翻して病室を出て行ってしまった。
ふう、とため息をつく。
声を投げたことで少し爽快感があることに驚く。
最近一人でいると、考えてばかりになってしまうから・・・皆、心配していたっけ。
傍らのりんごをひとつ手に取る。
口に入れると、しゃり、と音がして甘い潤いを感じた。
その後、少し眠ったようだった。
目を覚ますと、大佐が切ったオレンジを食べている。
「・・・・・大佐、それ」
「ああ、ハボックの見舞いに来た女性が、切ってくれたからね。なかなか旨い」
「・・・・見舞いの女性って・・・」
正直、信じられなかった。
が戻ってきたとは考えにくい。あんな追い出し方をしたのに。
「・という美人だ。お前の食べなかった分のりんごももらった」
「食い意地はってますね・・・」
「勧められたから食べただけだ。お前、食べないといったくせに、りんごの数減ってたぞ」
「気が向いたからひとつ食べたんですよ・・・どうでもいいでしょうに」
りんごを食べないといった言葉を知ってる。が喋ったのか・・・
さっきまで大佐はいなかったのに、いつ戻ってきたんだろう?
「いつ戻ってきたんですか?」
「さっきロビーでナンパした彼女が、ハボックの見舞い客と知って、一緒に戻ったんだ」
「が、ここに戻ってきたんですか?」
「ああ。でもハボックが眠ってるから、起こさないで帰った」
なんとなく気の抜けたような俺に、大佐が追い討ちをかける。
「・・・・彼女、また来るって言ってたぞ」
懲りないなんて、なんて強い女なんだろう。
は現実的で前向きで強くて・・・・実は体育会系かもしれない。
打たれてもへこたれない。
恋人として付き合ってた頃には分からなかったに、俺は正直とまどっていた。
