今日も青空。
雲が白くて、高い高い水色がどこまでも続く。
もうこの景色は飽きた。ここを出て行きたい・・・
「ハボ・・・灰」
「あー・・・せっかく一日一本だけ許可もらったのに・・・・」
ブレダの声に、はっと我に返る。タバコの灰が落ちかけていた。
報告書を提出してから来たブレダに、ロス少尉が無事逃げたことを知る。
良かった・・・五体満足で、自分の足で未来を手に入れることが、彼女にはできるんだ。
あの後も、はほぼ毎日病室に来た。
来てはくだらない会話をして、とりとめもない話をして、適当に飽きたら帰っていく。
今日はまだ来ていない。
変な話だけど、あのとの諍いの後、妙に遠慮がなくなってしまった。
心の痛みや傷が癒えたわけではないけれど、もう取り繕わなくてもいい開放感がある。
といるのは、気が楽だ。
「最近、良く来ていた彼女、かいがいしいよな。今日は、まだ来ないのか?」
「・・・・・誰のことだ?かいがいしいって・・・」
「さんだよ。お前、あんないい女、お前なんかにはもったいないぞ」
「見目麗しくても中身はそうでもないぞ」
は細くてスタイルもいい。美人だし、一緒に道を歩けば振り返る男は多い。
ブレダはあきれたように俺を見る。
「そりゃ可愛い外見してるけど・・・そうじゃないだろ」
「どこがイイ女なんだよ。俺がこんなんなっても、涙一つみせない豪傑だぞ?
っていうか、別れてよかったって思ってんのかもな」
虚を突かれたようなブレダがおかしくて、笑って眺めてやった。
それをぎこちない表情で返したブレダは、何かを言おうとして逡巡する。
「・・・・・・なんだよ。別れてたのが意外だったのか?」
そう言うと、ブレダがためらいの後に言い出した。
「あのな、ハボ・・・・彼女、泣いてたぞ」
「え・・・・・・?誰が?」
「だから・・・・・彼女、さんだよ」
「嘘だろ。また俺をからかって・・・・」
どんな言葉を投げたところで、いつも以上の無表情で全く動じなかった。
この力はどこからかと思うくらい前向きで、正直落ち込みたい気持ちの俺にはきつかった。
「来た初日だよ。彼女は、お前の足のことで泣いたんだ。かわいそうだった。
抑えてても張り裂けそうな声で・・・聞いてるこっちの胸がつぶれそうなくらい」
「・・・・・・・・・まさか・・・」
「でも、翌日彼女は、泣き顔なんか見せないで、しっかりと笑ってた。
泣きはらした目を厚化粧で誤魔化してたけど。強いって思ったよ」
あれは・・・泣きはらしたの・・・?
からかったピンクのシャドウ。厚化粧も。
その目も化粧も、何一つ言い訳しないでフンと顔を上げてた強情っぱりの顔。
あれは再会の翌日のこと。
「さんといると、お前も少し気がまぎれるみたいだからな・・・いい関係かと思ってた」
ブレダが、つぶやくように言った。
席をはずしていた大佐が戻ってから、暇になってその話をしてみた。
大佐まで身を乗り出して「違うのか!?」なんて言っている。
むしろその剣幕に俺が驚いた。
「まさか!は・・・あれでけっこう現実的で冷静な奴だから・・・損得勘定にうるさいし。
足をなくした男なんかに人生捧げるようなセンチメンタルじゃないですよ」
笑って誤魔化そうとすると、隣にいた大佐がため息をついた。
あんまりおおげさだから、俺は思わず振り返る。
「・・・・・どこまでバカなんだ、ハボック」
「いきなりバカ呼ばわりはやめてください」
抗議する俺に、大佐が皿みたいに目を細めて睨んでくる。
「じゃあなぜ彼女が未だにここに通ってると思う?あんまり彼女を泣かすな」
「泣かしてないですよ。俺の前で泣いたことないですもん」
あきれたように大佐がまたため息をついた。
なんだか頭を抱えている。
「・・・・・怪我のこと、彼女になんて説明した?セントラルでできた彼女に刺されたと?」
「聞いたんですか?が大佐にそういったんですか」
頭を抱えるように大佐がますます身をかがめた。
三度目の大きなため息。
「幸せが逃げますよ」
「・・・・じゃあ言ってやろう。果物を見舞いに持ってきた日。本当は彼女が話しかけてきて」
「・・・・ナンパじゃなかったんですか」
「違うよ。それは方便だ。そのくらい気付け」
大佐が四度目のため息をついた。
「とりあえず、ハボックは任務の遂行中に怪我をした、と言ったんだ。そしたら・・・」
「セントラルでできた女に刺されたって本当か、って聞いてきたんですか?」
「ニュアンスが違う。・・・・・・お前の恋人が刺したのかって、聞いてきた・・・」
大佐が身体を起こして、俺をまっすぐ見た。
「彼女は、恋人に裏切られた事を心配していたよ」
「・・・・・大佐はなんて答えたんですか」
「胸の大きさに惹かれた女だ。奴は仕事に差し支える恋愛はしてないし、心配いらない」
「って言ったんですか」
「言った」
胸をそらして、えばって言われても・・・
得意げな大佐に、少し脱力する。
「そしたら、彼女は笑顔になったぞ」
「だから、もともと豪傑なんですってば」
「泣き笑いだったけどね。ぽろぽろ涙が落ちて、それでも笑おうとしてた」
「・・・・・・・なんで」
何で他の男の前で涙なんて見せるんだよ・・・・
そう言おうとして、言葉を飲み込む。
「・・・・それで、はなんて言ったんですか?」
「聞きたいか?」
今更じらす意味が分からない。
大佐を凝視すると、ふと微笑む顔が見返してきた。
「彼女は、こう言ったんだ。そんな恋愛、ハボックらしいってね。あともうひとつ。
『ハボックは仕事に忠実な人ですから』―――――良く分かってるな、お前のこと」
俺は目を丸くする。
いつもいつも、夢みたいなことばかり言うと俺を責めていたが・・・
「さて、そろそろ私はロビーへ行くかな」
大儀そうに大佐が起き上がる。
それを中尉が側で支える。一緒についていくつもりだろう。
「何か用なんですか?よく病室を出て行きますけど、警備しにくくなりますよ」
「何を今更。殺ろうと思えばいくらでも出来る状態だ。どこにいても変わらないさ」
それでもきょとんとする俺に、大佐が苦笑する。
「気を使ってやってるのがわからないか?そろそろ彼女が来そうな気がするからね」
「別に、気を使われるような関係じゃないですってば」
「じゃあ、目の前で私が彼女を口説いてもいいのか?本当にナンパするぞ」
「いいですよ、別に。好きにしてください」
構わない俺に、大佐が少し眉を寄せて怪訝そうな顔をした。
怪我をして動けないでいる惨めな状態が長く続いてる。
介護を受けなきゃ何一つ出来ない自分。
それは自信も尊厳も、何もかも奪われてしまったような喪失感。
何を望むことも許されない、何もできない、
そんなちっぽけな存在になってしまったような気がした。
