大佐が予感した通り、ノックの音と共に扉が開く。


「こんにちは。ハボック、元気?」


が病室に入ってくる。

いっそ寝た振りでもしてやろうかと思った。
いろいろと聞いてしまった後では、複雑な気持ちに整理がつかない。



でも、結局俺はをぼんやりみつめただけで、
はいつもどおり、何も気にしない様子で隣に腰掛ける。


「そろそろ暇してるんじゃないかって思って」


持ってきた鞄から、長いロープ状のゴムチューブを取り出す。
チューブの両端にグリップが付いていて、縄跳びでもできそうだ。


「なんだよ。チューブトレーニングでもしろって?」
「上半身の筋肉まで衰えたら仕方ないでしょ?」
「こういうのは体重とか重力を応用すんだって知ってるか?」
「だからチューブの抵抗力を利用するんじゃないの。今のハボックにぴったりよ。
アブドミナルやローイングやチェストプレスなら、ベットで応用がきくでしょ」


そんな専門用語で言われても、ぴんとこない。
そういうものは、身体で覚えるものであって言葉で覚えるものじゃないからだ。


「なんか詳しくねえか?調べたのか?」
「・・・そんなこと、別にいいじゃない。置いておくから、気が向いたらやれば?」
「ああ・・・うん」
「やり方、図にしてみたの。でもハボックは知ってるかな?いらなかったかもね」
「へたくそ。、自分でかいたのか?」
「上手でしょ?ちゃんと分かるようになってるもん」



なんだか顔のない棒型人間がうねうねとチューブを操る図が並んでる。
確かに動きはシンプルで分かりやすいし、人型のバランスも取れている。

でも、それが並んだ図は、なんて滑稽で面白いんだろう。


「上手・・・って言えば上手、だけど・・・」


そこまで言って思わず吹き出すと、もつられて笑った。
ふっと笑いがおこると、後はまた静かになった。


「・・・今はまだ、ヤル気になんないから。とりあえず置いといてくれ」
「分かった・・・。他に必要なものとか、何か欲しいものある?」
「・・・・タバコ、かなあ」


そう言うと、は困ったように微笑んだ。


「しょうがないなぁ。ブレダさんが差し入れてるのじゃ足りないの?
 お医者さんは、基本的には駄目って言ってるんでしょう?」
「買ってくれんの?」
「銘柄、変えてない?前ので良かったなら、次来るときに買ってくる」


俺はまじまじとを見た。


「ふうん・・・そっか」
「何?どうしたの?」



なんだか感心したような俺に、が怪訝そうに聞いてくる。


「いや。前はあんなに反対してたのになあ。主旨変え?」
「・・・・だって、仕方ないでしょう?言ってやめるなら、とっくにやめてるはずよ」
「それでも身体に悪いって繰り返してきたのは、どこの誰だ」


面白がってからかう俺に、は切れ長の瞳をじろりと俺に向けた。


「繰り返して欲しいのかしら?」
「いや、いい」
「じゃあ、それ以上突っ込まない」



あっさりと話を断ち切られて、俺は手持ち無沙汰にチューブを弄んだ。
視線はの持ってきた紙をたどる。でも、実際にやってみる気はしなかった。



「・・・やってみる?手伝おうか」
「いや・・・別にいい」


視線を紙からはずして、チューブをわきに置いた。
はそれ以上強制することなく、黙って俺の動きを見ていた。


「・・・本当は、今だってやめられるならタバコやめてほしいのよ」


唐突に言い出したの静かな言葉。


「でも、今のハボックはストレスの出口がどこにもないから・・・
 タバコが許可されたって、そういうことなんでしょう?だから・・・」
「同情か?・・・・・いってぇ!毎度毎度、お前はぁ」


しんみり話していたが急に容赦なく叩くから、俺は当然抗議した。
しんみりした口調もどこへやら、はぷうとむくれて俺を睨む。


「別に他人事だもの。同情もカワイソウもないわよーだ。おあいにく様」
「・・・・・ひでぇ・・・他人事って言い切ったな?お前って冷たい・・・」


コイツが本当に俺のために心配したり泣いたりしたんだろうか?


・・・今のコイツからは想像できない。




「冷たくて結構。私は一緒に泥沼にはまってあげるような人間じゃないの。
 救い上げてあげられるほど力持ちでもない。あえて言うなら傍らにいるだけの人間よ。
 だから、―――――――とっとと自分で這い上がってきなさい」





まるで大佐みたいなことを言う。
は俺の傍らのチューブに視線をうつした。



「タバコ代わりの気晴らしにもいいかなって思ったけど・・・まだ早かったみたいね」
「ん?ああ、まだ絶対安静だからなぁ」


見慣れた表情を、久々に見た。小首を傾げる癖と共に見せるアンニュイなの顔。
俺が答えた意味が、の気持ちとすれ違っていることを示してる。


俺は本当の意味が分からないまま、
それ以上何も言わないに問いただしはしなかった。








でも、たとえ会話がすれ違っても、ひどい物言いをされても、
は目の前で沈みこんだりしないだけ余程マシだ。

目の前で泣かれたり落ち込まれたりしたら、うっとおしい。




仕事に忠実だと大佐に言ったと聞いた。
俺のそういう性格を、はいつ見抜いたんだろう?



俺はが俺を見抜くほど、のことを知ってるだろうか?
ただ側にいて、話していて気晴らしになる。

そんな緩んだ関係で気付いたことは、が思ったより強い女ってことだけ。
それは腕力も含めて、だけど・・・・・。