毎日時間を見つけてはココに来るを、俺は内心心待ちにしていた。
いつの間にか、そういう心境になった。不思議なことに。


人間前向きになると、いろんなことが良いほうに捉えられるのかもしれない。




「これは?ブレダさんの差し入れ?」
「そう。おねえちゃんの雑誌もってこいって言ったのに、つれないんだよ」
「・・・おねえちゃんの雑誌って・・・」


軽く顔を引きつらせてが俺から目をそらす。
ダンベルを確認して、真顔になった。


「ジャン。これ使えた?」
「え?・・・使えるよ。何で?」
「そう。ならいいけど・・・」



何かを考え込むようにが言う。



「ジャンは、上体を支えられないレベルの脊髄損傷なのよね?」
「なんだよ、そんな確認・・・。そうだけど?」
「上腕の筋肉だけで、コレを使うなんて。やっぱり軍隊で鍛えた身体ってすごいのね」
「そうなのか?」
「だって、こんなに大きなダンベル・・・重さだって相当あるのに」



きょとんとして答える俺をがみつめて、ふっと笑う。



「ジャンらしいわ。本当にスゴイことなのに、なんて自覚がないの?」
「誉めてくれてありがとう。なんでスゴイんだかわかんないけど」
「普通これで鍛えるにはある程度腹筋も必要なの。でもジャンは・・・脊損だから」
「腹筋・・・・」



俺は、自分の腹を見た。
衣服と毛布に隠れて、当然筋肉なんか見えない。



「詳しいな。前から思ってたんだけど、いつの間に・・・」
「そう?ジャンが気にすることじゃないわ。聞いただけだもの」
「ふうん。・・・・・・なあ、お前、今仕事どうしてんの。長すぎるだろ、休暇」
「転職したから、もういいのよ」


あっさり言うの言葉に、俺は口を開いて絶句した。


「・・・・・はぁ!?転職って・・・!!お前、何を考えてんだよ?」
「ジャンには関係ないでしょ。もう別れているんだから」
「関係ないって!!お前、毎日ここに通ってるくせに!」
「なあに?おねえちゃんの雑誌を欲しがるくせに、私とよりを戻したいの?」
「雑誌と恋愛とは別・・・って話が変わってるし!」



は明るい笑い声を上げて、ふいと近づいた。
俺の脚をまたぐようにベットに乗り上げて、俺の太腿に座る。
タイトなスカートから出た形のいい細い太腿が、嫌になるくらい綺麗だ。



「おねえちゃんの雑誌のかわりになるかしら?」



動揺した俺は、情けないことにかなり動悸が激しくなって落ち着かない。
の細くて長い両腕が、俺の首にまわされる。


ぴたりと俺にくっついて、の両腕は俺の頭を抱きしめた。


は足が長くて座高が低い。
俺の太腿に乗っているのに、頭の位置は俺と同じくらいの高さ。
俺の肩近くに、の形のいい胸が柔らかく押し付けられる。



・・・・・これって・・・」


は黙って俺の肩に顔をうずめている。
ドキドキする鼓動をからも感じて、俺はますます頭に血が上った。



・・・・あの、さ。これって・・・・・・・・逆セクハラ?」



頭に血が上りすぎて何て言ったのか自覚がなかった。
言った後で我に返って、殴られる!ととっさに目をつむって身構えた。



「いて」



案の定、の手のひらが俺の両頬をはさむようにパチンと音をたてた。
でも痛いというほどの痛みはなく、言葉は条件反射で漏れただけ。

目を開くと、目の前にの大きな瞳が真っ直ぐに俺をみつめている。
むっとしたような表情で、少しだけ頬を染めた顔。長い睫毛。潤いのある唇。
さらりとした前髪まで、何もかも好きだと思った。

本当に、なんて見てくれのいい女。



何か言わなきゃいけないような気がした。
でも、言葉にしたら何もかも中途半端になりそうだ。



「・・・・・・えーと、・・・ごめん?」
「・・・・・・・・・・ばか・・・」




切れ長の大きな瞳を少しだけ潤ませて、が俺に口付けた。
それはとても軽いフレンチキス。



でも、その意味の重さを知っている俺にとっては、全然軽くなかった。
脊髄損傷じゃなければ、そのまま押し倒して事に至るくらい刺激的なキス。



反射的に腕を伸ばしての身体を抱きしめた。
細身なのに大きく丸い胸が、柔らかく触れて気持ちいい。






「・・・・・・ジャンが好きよ・・・・。世界で一番」



切ない声でが小さく言った。
それは俺が昔に使った言葉で、その時のは全然意にも介さなかったのに。
どうして、こんな身体になった今、俺にこんな言葉が言えるんだろう?




「・・・・・・・ごめん・・・」





言うべきかどうか、とても迷った。声が自然に硬くなる。


俺の言葉を聞いたが、俺の腕の中で身体を強張らせた。
逃げ出しそうになるの細い身体を、がっちりと腕に抱いて力をこめる。






逃げないで。俺も、もう逃げることはしないって決めたから。






「・・・・・・ごめん。・・・・俺もが好きだ。世界で一番」




こんな身体なのに、君を望むと言う俺は酷い。
自分でも分かってる。本当に、ごめん。




身体を離してと顔を見合わせた瞬間、驚いたような顔の彼女が目を瞬いた。
それから目を潤ませて、は嬉しそうに笑顔になった。




ああ・・・・俺は彼女の望む言葉が言えたんだな・・・




ぼんやりと、そう思った。
世界が、輝いた。