街灯が緑をほのかにてらす小道を、
ひょこ、ひょこ、と足幅狭くゆっくり歩く。

なれない靴は、足をきゅうきゅうに締め付けて
さっき見た時すでに真っ赤に腫れていた。

明らかに靴ズレだ。
痛くて、普通を装うのもおっくうだった。
足を前に出すたびに、痛い。

はじめはカツカツといい音をさせて、気持ちよかった。
それが、今はたまにジョリッと小石をはじく。

なってしまったものは仕方がない。
あきらめはついている。
自分に合わないことをしたのだ。


・・・いっそ、ぬいじゃおうかな・・・?


ふっと、ため息をもらしながら考えた。
あきらめはついているものの、痛いのが嫌だ。

でも、舗装された道路は固い。
小石や尖った物などが落ちていたら間違いなく怪我をする。


やっぱり、痛くてもガマンしよう・・・ゆっくり歩いてもいつかは辿り着くのだし。


うつむきながら、ひょこ、ひょこ、と遅々とした歩みを続ける。
通りには自分の他に足音もない。

――――道が暗くて良かった。

みっともない姿を、たとえ遠目にでも誰かに見られたりしなくてすむ。

自分をなぐさめるように、立ち止まって一呼吸した。
また歩き出そうと痛む足を動かしたとき、
目の前の人影に気がついた。

「あ・・・え?ジャン、どうして?なんでここにいるの?」

は驚いてきょとんとした声を出した。
歩道の並木に、ハボックが立っていた。

「・・・あぶなっかしいな。下向いてあるいてんじゃねえよ」
足の痛みを抑えて歩くことに集中するあまり、無心になっていた。
周囲への注意が疎かになっていたとは気付いた。

夜の小道をとぼとぼ歩く場面を見られた。
恥ずかしさから、は開き直って正直になることにした。

「足が痛いんだもん。」

語尾をあげて子供っぽく言うに、ハボックは苦笑した。
「はは。見られたからって拗ねんじゃねえよ。恥ずかしがってやんの。やーい」
「こ・・・コドモ!やーいって、言わないから普通!」

応えながら、なんでこんなに見抜かれてるんだろう、とは思った。
なんだか自分のほうがコドモみたい。

「じゃあ、お兄さんがおぶってあげよう」
「おぶるって、ハボックが?・・・ヤダ」
「ヤダって。かわいくねえ。足痛いくせに」
からかうような、面白がっているような声。

ハボックは真剣に気遣ってくれている。
断るのは気持ちを台無しにすることかもしれない。
は少し悩んだ。

でも、小さい子供の頃とは違う。
胸が背中に当たるかもしれないし、ドレスで足を広げるのも嫌だ。
背負われるのは、やはり抵抗がある。

「だって、おぶるって、なんか・・・やっぱり、やだ」

の断り方を悩むような物言いに、ハボックは執着しなかった。
「じゃあしょうがねえから、抱っこしてやるか」
「その発想オモシロすぎる。」
ハボックのひょうきんな口調に勢い、は思わず笑ってしまった。

おんぶも抱っこもハボックの冗談で、
真面目に考えてしまった自分は、からかわれたと思ったのだ。

なんだかホッとして気が抜けて、は笑い続けた。
「あはは・・・・おんぶって、本気にしちゃった」
「・・・おーい、そりゃねえだろ」
「そうだよね、そりゃないよね、あはは」
「本気で心配してんのに」
「はぇ!?」

ええ!?という言葉がまじって、笑い声の語尾は少し間抜けた感じになった。
ハボックの拗ねた口調に、は笑いをとめた。

は急に気付いた。
ハボックが、なぜここにいるのか、まだ聞いてない。

「待っててくれたの?私が帰るの、ここでずっと?」

それに思い至って、思わず聞いた。

すごく失礼なことしたのかも。
は笑ったことを後悔した。

だが、ハボックはニヤリと笑って茶化した。
「ははー。今、笑って悪いことしたって思ったろ?」
「!?」
「しかもちょっと嬉しかったろ?」
「・・・もう、本当はどっちなの?」

見透かされて動揺し、はハボックの『実は用事の帰りに偶然会った』とでも言わんばかりの態度を、一瞬素直に信じた。

だが、明らかにハボックはの反応を楽しんでいる。
質問にはニヤニヤ笑って答えもしない。
その姿を見て、逆には冷静になり、あきれてしまった。

態度に騙されるけど、落ち着いて状況を考えればわかるのに。
でも、きっとハボックは言わない。
は、ひと呼吸して、諦めて答えを出した。

「迎えに来てくれたんだよね?ありがとう」

さっきの大笑いが嘘のように穏やかに笑いかけたに、
ハボックは意表を突かれたような顔をした。
どうしようか思案するように頭をかき、視線を空に向ける。

「別に、ここまで来たら、ちょうど向こうからが歩いてくるのが見えたから」
いつも飄々としてるのに、いきなりそれがうまくいかなくなったみたいに、まじめな声。

「ホント?」
「ほんとだよ」
ムキになって言うから、今度は本当だろう。

いつも人の反応を見て楽しんで、
でもいつまでも真面目に相手していると、
ちゃんと真面目にかえしてくれる。

「心配して迎えにきてくれたんでしょ?」
「・・・歩くの、ホントは辛いだろ」

質問に答えずに、隣を歩きながらハボックが言った。
ハボックが遅く歩いても、は一歩遅れてついてくる。

並んで歩くと我慢がばれるから。
遅れすぎてもばれるから。
意地を張って、姿勢を伸ばして。

ハボックは足を止めた。
それに抗議するようには言った。

「大丈夫だよ。歩けるよ」
「嘘付け。痛いくせに。さっきまでしょぼくれてたじゃん」
「しょぼくれてないから!」
「嘘付け!しょぼくれてたよ」

ハボックの言い方が少しイライラしていて
は突っ張った言い方が出来なくなった。

「だって・・・大丈夫だよ。もう普通に歩いてるでしょ?」

の口調の変化に、ハボックも落ち着いた声で答えた。
「そりゃ、さっきよりはマシな歩き方だけど」
「ね?」


「・・・意地張ってるくせに」
「何?も一回言って?」
ぼそりと言ったハボックの言葉は、風にかき消されてに届かなかった。

「やっぱ抱っこかおんぶだろ」
ハボックは、今度はハッキリと言った。


「・・・ヤダからね。重いとか言って、またからかうんでしょ」
「からかわねえよ」

後ろ向きなの発言に、ハボックがあきれたように言った。
だが、ハボックの申し出をどうしても断りたくて
は、わざと後ろ向きな発言を繰り返した。

「でも、本当に重いから、ダメ」
「重くねえよ」
「知らないだけだもん。ホントに重いんだから」
「あっそう。じゃあ、はい」
「え?」

は、差し出された腕をみつめた。

「しっかり体重かけて、つかまっていいよ」
「え?悪いよ・・・」
「抱っことおんぶとどっちがいい?」
「それならこっち」

ハボックがフンと鼻をならす。
「じゃあいいじゃん」
「くっついたら歩きにくくなるよ?」
「なめんな」

はハボックの腕につかまり、身体をあずけた。
「よーし。ようやくいい子になったな」

ハボックが言う。
を見てニカッと笑う顔が、ドキッとするくらい様になる。


歩き始めると、身体をあずけて歩けるというのは楽だった。
ハボックも、歩く速度をに合わせやすいようだ。

「・・・重い?」
「うわめっちゃ重い!俺つぶれる!」
「ご、ごめん。って、やっぱり重いんじゃない。放していいよ」

大げさな嘘を冗談と知りつつ、つい真面目に返事してしまう。
そういう性格なのだから仕方ない。

「嘘。なめんなっつったろ。重くねえよ」
ハボックがふざけるのをやめて、真面目に相手をしてくれる。

「ホントかなあ」
それが嬉しくて、ついふざけてみた。
真面目な返事だと信じてるハボックは、真面目に返してくれる。

「軽いよ。なんか腕も細いし、やっぱ女の子は野郎とは違うよなぁ」

男の人でも小柄な人はいる。の脳裏に、フェリー曹長が浮かんだ。
彼みたいに小柄なら、自分とそう差はないのでは・・・?

言ったら失礼になるかと思いつつ、
ハボックなら許されると思い、は疑問を口にしてみた。

「フェリー曹長?肩の細さが全然違うよ。は華奢だもんな」
「嘘。私、そんなに細くないよ」
「そうか?でも、やっぱ男とは違うよ」

ハボックは腕に抱えても軽々とを持ち上げられそうだった。
そのくらい力強かった。
腕の太さも、ハボックはと一回り以上違う。


ああ、本当にオトコノヒトなんだな・・・。

ぼんやりと、そう思った。