第3話 指導役
「で?実際のところ、どうよ?」
馴染みの同僚と顔を突き合わせて井戸端会議を開く。
ハボックが開口一番に聞いた。
どうと聞いているのは、の事。
「出来ないことも多いけど、新人だから仕方ないって皆分かってますよ!
それより、あの指導担当がどんなにひどい態度でも、いつも素直に従ってるし」
なんだか心なしかムキになって、フェリー曹長が食いついてきた。
「周りに一生懸命気を使ってるぜ?でも何もかも一生懸命すぎて逆に要領悪いかもな。
ずーっと気ぃ張ってる新人にはありがちだけど」
淡々と、しかしハッキリとブレダ少尉が言った。
「確かに仕事ができないとは思えませんが。
自信がないのか、おとなしい印象を受けますな」
とつとつとフェルマン准尉がそれに続いた。
「あの指導役、ホークアイ中尉がかばったら、
それが気に入らなくてまた当り散らして・・・ひどいですよ」
フェリー曹長がしょんぼりと言った。
「あいつバカだから、人の育て方、何も分かってねえよ・・・やり方最悪。
あの子、よくついってってるよ」
とブレダが言えば
「それは同感です」
と、フェルマンが続く。
こんなに味方がいることも、には想像すらしてないに違いない。
何も知らずに一人抱えて落ち込んでいるんだろう。
ハボックは、なんだか本気で心配になってきた。
「あれ?・・・これって、何か聞いてる?」
「あ・・・!すみませんフェリー曹長、伝達忘れてました」
手元を慌しく動かしていたが、フェリー曹長の言葉にビクっと反応する。
「大丈夫?仕事、多いの?最近ミスが続いてる」
「大丈夫です。私、要領悪いみたいで・・・スミマセンでした・・・」
もう、軍部に来て一ヶ月ほどになる。
は書類も、それ以外も、いろんなことを普通に任されるようになった。
仕事の任されるペースが、速い。
だが・・・
「あのこ、ついていけてないじゃん。指導役変えたほうがいい。
気付いたからいいけど、こんな簡単な書類でケアレスミスしてるし」
ブレダが容赦なく言う。
「でも何も責めずに、ちゃんとカバーしてやったんだろ?えらいね先輩!」
ハボックが茶化す。でもミスの内容に、内心あきれた。
――――――――は頭の回転いい奴だと思ったけどなぁ・・・
自分が頭悪くてどれだけ覚える苦労をしたかは綺麗サッパリ忘れている。
でも、誰だってそんなもの。のどもと過ぎれば熱さは忘れる。
「・・・しかし、残業の量がハンパないですね。夜勤はないはずなのに。
私が夜勤の日にオフィスで会いました。夜ですよ?仕事だと言ってましたが」
ファルマンが静かに言う。
「しかも、一回じゃないんです。僕も会いました・・・何回も。ひどいと思いました」
フェリー曹長が口ごもる。
伝達ミスや書類ミスや仕事の遅れは、周囲に迷惑極まりない。
本当に困るのだ。
そんな事態が続けば、有事の際におおごとになりかねない。
4人は顔を合わせた。皆、一様に渋い顔。
ハボックが視線を向けると、が忙しそうに立ち働く姿が見えた。
サボってる様子もない。むしろ余裕がなさすぎる。
前より一層追い詰められているような。
これは心配が現実になってるかもしれない・・・
夜のオフィスは、なんだか寂しい。
夜勤の人間が詰めるところは別にあって、滅多にここに人はこない。
は一人で机に向かい、いつ終わるか分からない量の仕事を抱えて
目途だけでも立てようと必死で集中していた。
「・・・・本当にいるし・・・」
薄暗い中、声がした。
「ハボック?どうしたの?」
聞きなれた声に、が顔を上げる。
自分の席だけ電気をつけて、あとは消してあるからオフィスの視界は悪い。
ハボックからは明かりに照らされて良く見える。
目が赤い。もしかして泣いたのだろうか?
「それはこっちの台詞だよ。何してんだ、とっくに就業時間過ぎてんぞ。
残りは明日やれよ。要領悪いんじゃねえか?」
ハボックがに近づく。
覗き込むと、の机は綺麗好きの彼女に似合わず散乱していた。
「ダメなの。これとこれは明日の朝には必要って言われてるし、
こっちも今から準備しないと期日に間に合わない。余裕ないの」
泣きそうな表情で話す。本当に余裕がなさそうだ。
「なんでそんな事態になってんだよ。今日時間取れなかったのか?」
そう言って、ハボックは隣に積み上げられた書類の山を見る。
数センチも積みあがった紙切れの束に、度肝を抜かれる。
―――――――――何だ、これ!?
今日違う書類を提出しているところを見ている。
そのほかにこれだけこなしたのか?
いったいどのくらい仕事を押し付けられているのか。
ハボックは書類を確かめる。どれも几帳面なの字。
「これ・・・あいつの仕事じゃねえか。がやってんのか?」
呆然とした声でハボックがつぶやく。
の指導役を任された担当者が、自分の仕事まで彼女にやらせていた。
どおりで最近怒鳴り声ばかり頻繁で、暇そうにしているはずだ。
自分が外回りばかりでオフィスにいなかったとはいえ、迂闊すぎた。
なぜ気付かなかったんだろう。
ブレダもファルマンもフェリーも、気付いていたのだ。
だからのミスを責めながら、指導担当者に怒っていた。
『ひどい』『変えたほうがいい』という言葉は指導役に与えられたもの。
主語を分かりにくく言った時があったのは、
同じオフィスにいる同僚を、あからさまに悪く言うのは気が引けたからだろう。
「手伝うこと、あるか?」
「ううん。もうほとんどできたから・・・私、みんなに気を使わせて・・・
申し訳ないから早くなんでもできるようにならなきゃね」
あれもこれも全部ひとりでこなして
あげく、その合間に最悪な指導担当者に怒鳴られている。
「・・・みんなって?」
かわいそうだ、と思うと同時に浮かんだ疑問。
は疲れた顔を無理やり笑顔にして答える。
「フェリー曹長やブレダ少尉やファルマン准尉・・・あと、ホークアイ中尉。
私、やっぱり要領が悪いのかな。みんな毎日このくらいこなしてるんでしょう?」
―――――――――新人だから何も分からないと思って・・・
ハボックは悔しくなった。
指導役だけじゃない。
この書類は奴の近くにいつもいるとりまき連中のもの。
は何も分からないまま何人分もの書類を押し付けられて
合間に使いや伝達を申し付けられ、いろんな奴らに振り回されている。
これではミスや失敗が増えても仕方ない。
周りがフォローすれば何とかなるような、小さなミスで済んでるのが不思議なくらいだ。
ハボックの指導役への怒りが湧き起こる。
そんなハボックに気付かずに、はいつもののんびりした口調で言った。
「あの時、呼び出されなければこれは終わったのにな。注意は仕方ないけど。
ケアレスミスなのにすごく怒鳴るの・・・気付いたら2時間も。長いよね?」
2時間の説教に値する失敗を犯すような仕事?
ありえない。新人のが、そんな仕事をしてないのは明らかだ。
「私、言われればちゃんと分かる子だと思うんだけどなぁ。
でも、育ててもらってるんだから文句言っちゃダメよね。
ジャン、他の人には内緒にしてね」
は指導担当者の悪口を言ったことがない。
周りが「あいつ最悪だよね」と言った時に、
「でも教えてもらう立場なので」と答えるのを見たことがある。
本当は言いたいこともあるだろうに、
味方が誰か分からない今の職場では気も許せない。
この子は賢いから、それで立場を悪くしないように気を使っているのだ。
これではストレスがたまってしまうだろう。
どうにかできないものか。
誰が気付けばその事態は改善するのか。
それより来て一ヶ月で、何人分もの仕事を一人で切り盛りしてた。
その事実もすごい。
――――――――実はすごい優秀な人材なんじゃ・・・
ハボックに湧き上がる疑問。
仕事が片付くにつれて、机の上が綺麗になっていく。
「あとは、今日の分の仕事を帰ってからメモにまとめて、終わり」
本当にどこまでも真面目な性格。
ハボックの疑問が、確信に変わった。
