第4話 電話
雑然としたオフィスの空気に埋もれるように、電話が鳴り響く。
人の話し声や書類の行き交う音の間を割り込むように、
受話器を押さえてホークアイ中尉が声をかける。
「大佐、ヒューズ中佐からお電話です」
「・・・つなげてくれ」
いつもの娘自慢を聞かされるのか、それとも妻自慢か。
それとも何か有益な情報をもたらしてくれるのか。
・・・それより、厄介ごとを押し付けられる可能性もあるわけだが。
話を聞けば分かることだ。
黒髪の若い大佐は、受話器を取った。
「私だ」
「よう!ロイ、元気か?聞いてくれ。うちのエリシアちゃんがなぁ」
「娘自慢の電話なら聞いている暇はないぞ。仕事が忙しい」
相手を確認した途端話始めたヒューズに、にべもなく言い放つ。
だが、相手は気にする様子もない。
「相変わらず、つれないなぁ。まあいいか。今日は違う用で電話したんだ」
「ほう?珍しいな。何だ?」
ヒューズがあっさり引いたのが意外で、ロイは話に興味を持った。
「そっちにさ、新しい女の子が入ったろ?・って名前の」
「それがどうかしたのか?」
「うん・・・まぁ俺の推薦なんだが・・・ちょっと話しておこうかと思ってな」
穏やかではない反応だ。ロイは耳を傾けることにした。
「実は、セントラルで、ある母娘が二人組の強盗に襲われて、母親が命を落とした」
「それが何だ」
「娘は生き残った。それが・だ」
「・・・そうか。しかし、それがどういう」
「母親は強盗に襲われて死に、娘はその光景を一部始終見ていたのに助かったんだ」
ロイの言葉が最後まで言い終わらないうちに、ヒューズの声がかぶってきた。
それでも話の内容が見えてこない。
「強盗が見逃したとでも?それとも、怪我して生き残ったのか」
ロイが話の続きを求めると、思いもしなかった言葉が返ってきた。
「強盗は、殺されていた。息絶えた母親のすぐそばで。
そして、茫然自失の娘がそこに座り込んでいたんだ」
予想を超えた血生臭さに、一瞬言葉につまる。
「・・・それが、・?」
「そうだ」
「ちょっとまて。それはまさか・・・彼女が強盗を?」
来たばかりの新人の女の子のことを、ロイは思い出した。
あまり関わりは持っていない。初日に挨拶を受けたくらいだ。
『はじめまして。これからよろしくお願いします』
か細い声で、緊張したようにぺこりとお辞儀をした姿。
育ちも悪くない普通の女の子に見えた。
誰かを殺せるような人間には見えない。
むしろ軍人としての仕事に応えられるかも判らないくらいの、大人しい印象。
その彼女が、強盗を殺した・・・?
「人はみかけによらないとは言うが・・・」
「ロイ。多分、彼女は殺せない。殺してない」
ヒューズの言葉に、ロイは毒気を抜かれた。
「どういうことだ?」
「・・・彼女は一部始終見ていたが、あまりのショックに、記憶をなくしたらしい」
どういう話の展開なのか。
ロイはこの話の顛末が見えてこなくて、じりじりし始めた。
「それは気の毒に・・・。だが、記憶がないのが問題なのか?」
「セントラルが黙っていられない理由が、この事件と彼女の記憶にあるんだ」
「ほう?」
中央が黙っていられない理由。
ただの強盗殺人にしては大層な話だ。一体何が・・・?
「国家錬金術師が襲われた事件があったのを覚えているか?」
「ああ。最近の・・・」
「殺され方が、尋常じゃなかった」
「そうだったな」
まだ長くなるのかと思いつつ、ロイは珍しく真面目なヒューズの口ぶりに耳を傾けた。
だが、顛末は、意外なほど突然語られた。
「殺された強盗は、同じヤラれ方をしていた。同一犯である可能性が高い。
そして、犯人を彼女は見てるんだ。忘れてるだけで」
「なんだって!?」
ロイの大声が部屋中に響いた。
それまで雑然とした物音に囲まれていた空気が、シン・・・と静まった。
「そういうことだ・・・。だから、彼女を守ってやって欲しい。
東方司令部を推薦したのは、俺なんだ。
彼女にも馴染みの土地らしかったし、お前のそばなら安心だから」
その反応を予期していたかのような、落ち着いた声がした。
「なぜ軍属にと思っていたが・・・お前の推薦?そう仕向けたのか」
力が抜けたように答えるロイに呼応して、雑然とした音が部屋に少しずつ戻った。
だが、ロイは平常から切り離されたように半ば呆然と受話器を握っていた。
「いや。意外だろうが、彼女の希望に俺が力を貸してやったんだ。
突然保護者を亡くして、憔悴していた。身の振り方を考える余裕もなかったろうが、
・・・希望を聞いたら軍に入りたいと言うんでね」
「理由は?なぜ軍を希望したのか、理由を言っていたろう?」
問いかけに、初めて歯切れの悪い返答がかえってきた。
「ウン・・・なんだったけか・・・。
あの時の彼女は、見ているこっちが辛くなるくらい打ちのめされていたからな」
少しだけ声のトーンが下がる。
はっきりとした確信のある答えではないのだろう。
「そんな時に身の振り方を聞かれても、考えられないだろ?
目の前に軍服を着た人間ばかりがいて、軍しか思いつかなかったんじゃないかって俺は思うね」
それがヒューズの考えか。
東方司令部での、に思いをはせる。
「・・・普通に仕事しているみたいだが」
少なくとも、母親を亡くして情緒不安定になっているなんて噂は全くない。
「軍に入る前の短期研修の間に、大分元気になったようだ。
完全には立ち直っていないかもな。なにせ、母親が唯一の家族だったらしいから」
「それじゃ、今は・・・」
天涯孤独の身ということになる。
ロイは、に会って話してみたくなった。
