第6話 休暇申請





廊下の窓から差し込む光が、穏やかな緑色を映し出す。
昼間は日差しの強い濃い緑が、夕方になるとやわらかく見えた。

は洗濯をしてアイロンをかけたロイのハンカチを見た。

泣いた姿を見られたから、会って返さなくてはと思っても、気まずい。
それでも大佐の前に立たねば。休暇の申請をするために。


このところ指導担当者の嫌がらせともいえる休日返上が続いていて、
休みがないから必要な手続きが滞っている。

仕方ないから強引にでも休暇をとらないといけない。




「新人のくせに、仕事も覚えないうちから休むって信じられないな」


自分の教育役は、根性が悪い。
そう思っても口には出せない。

そんな人間にもきちんと愛想笑いをしなきゃいけないし
うまくやっていくために、何も気付かず、気にしない振りをする。


だからといって、言われることが平気になったわけではない。
そして相変わらず、は自分のフォローが下手だ。




「休むって、本当?」
理由を聞いてくれるフェリー曹長は優しい。


「そうなんです。ご迷惑おかけしますが・・・母が亡くなって」

「え!?なんだって?」

フェリー曹長ではなく、まったく別のところから声がした。
横から身を乗り出したのはハボックだ。


「聞いてないぜ!?おばさん、亡くなったのか」


ハボックの問いに、は頷いた。
「・・・それで、済んでない手続きがいくつかあって・・・」


ハボックは、知らない仲ではないのに、知らせてなかった。
なんと伝えればいいのか分からなかったのだ。




フェリー曹長が、意外そうに聞いてきた。

「二人は、知り合いだったの?ハボック少尉、聞いてませんよ」
前半はに、後半はハボックに。


「ああ。何年か前に、実家の店で雇っていたのが、のおふくろさんで・・・」
「何年か前って・・・」

フェリー曹長が、怪訝そうに繰り返した。
は後を引き取って説明した。

「でも母の身体が悪くなって、引っ越して。それからご無沙汰で」




今のは19歳。
ハボックと出会ったのは・・・まだ幼いころだ。


「結構長く一緒にいたかなぁ。おれが士官学校に入ったのはいつだったか・・・」
ハボックが眉を八の字にして思い出そうとしている。


「なんで黙ってたんですか!?」
「言ってなかったっけ?」

噛み付くように責めるフェリーに、ハボックはしゃあしゃあと答える。
まだ釈然としない表情のフェリー曹長を無視して、ハボックが話題を戻した。




「おばさん、そんなに身体が悪かったのか?」
「・・・・」

は何も言えずに、くしゃっと表情を崩した。
母親のことを思い出すたびに、つらくなる。

「・・・いつ?」
の表情が、何もかもに優先するようだ。
ハボックのことなど忘れて、気遣うように、フェリーが聞く。

「・・・4ヶ月くらい、前です」


ハボックも、フェリーも、息をのんだ。
が、そんな素振りは見せなかったから気づかなかったのだ。


弱音も滅多に吐かず、むしろ寡黙で、仕事に集中していた。
肉親を亡くしたばかりの痛みなど見せなかった。






「ほう・・・まだそんなに日が浅いのか」
の背後から、声がした。


必然的にハボックとフェリーは、の背後の人物を真正面に見ることになる。
その人物を確認した二人は、揃って同じ表情をした。



・・・・なんで、そんなに微妙な表情をしているんだろう?



は、むしろ二人の表情に違和感を覚えた。
背後の人物は気にとめるふうもなく、の肩に手を置いた。
が振り向く。


「た、大佐!?」

声を聞いたことがあるのに、鈍すぎる自分には動揺した。
驚くのが、遅すぎる。




「明日休むそうだね」
「・・・はい。すみません」

緊張してが答える。
なんで新人の休暇申請に大佐のような大物がかまうのかが分らない。


「構わないよ。その手続きには、私も同行しよう」
にこにこと、大佐が言う。


「ええ!?」
ハボック、フェリー、の三人が声を揃えた。
















「・・・・なぜ、私が同行してはいけないのかね、中尉」
マスタング大佐が、デスクでため息交じりに言った。


「この書類が終わらないと困るので」
何の感情もなく淡々とした答えが返ってくる。
デスクには、大量の書類が積まれていた。


「・・・こんな紙切れ相手に仕事をするのは、嫌いなんだ」
あの少女に同行したほうが、きっと楽しかったろう。
ロイは本気で残念に思った。


ヒューズの電話を受けたばかりで、なんとなく一人には出来ず、彼をつけたが・・・・

ロイは思案するように、うつむいて書類の山から目をそらした。
ホークアイの視線を感じて、なんとなく肩身が狭いと思いながら。











今日も天気は晴れだった。
暑くなりそうな日差しを感じながら、家を出る。


待ち合わせの場所に向かう。
少し早めに来たのに、ハボックが待っていて、は驚いた。
どちらかといえば、時間通りか、遅れてくると思っていた。


「おはよう。早かったね。待たせてゴメンね」
「おはよー。・・・色気もなんもねえ格好だなぁ、オイ」

ハボックが、の服装を見て開口一番つぶやいた。




「普段ズボンって、ホントだったんだなー」
どうやらフェリー曹長との会話を知っているらしい。


今日の服装はいつも通り。

ジーパンにスニーカー。シャツの裾は外に出している。
少しルーズな、ボーイッシュな格好。
綺麗な長い髪と華奢な身体に、似合わなくはないが、そぐわない。


「ボーイッシュでも、着こなしを変えれば色気は出るんだぜ?」




アクセサリーのひとつも、化粧気もない。

清潔だが、服のラインも動きやすそうだが、・・・華奢な身体には大きすぎるのか。
長い髪がなければ、少年のようだ。


あきれたようなハボックの視線にもめげず、は言い返した。

「だって、そういう生活じゃなかったもん」
「・・・?」

の言葉に、少し考えてからハボックは言った。
「おふくろさんの看病で、忙しかったせいか・・・」


思い出すのが辛いから、はあえて返事をしなかった。




「お金なかったけど、村の人みんな優しくて、服は全部お下がりなの」
「はい!?」

どう見ても男物の服。これがおさがりだとすると・・・
ハボックは嫌な予感がした。


「近所のお姉さんのお下がりは、サイズが合わなくて」
「今着てるのは?」
「近所のお兄さんの小さくなった服をもらったの。」



・・・・やっぱり、思ったとおり・・・



ハボックは脱力した。



「近所のお兄さんも、今は体格いいんだけど、前は細かったから」
「そう・・・」
「ズボンはベルトで調節できるし」
「分った・・
これ以上は聞きたくない。


「うん?」
「今日は用事済んだら服買いにいくぞ」
「!?」
「ていうか、先に買いに行くか」
「!!?」
「よし、いまから行こう」


誰か他の男が来ていた服を着てるなんて、冗談じゃない!
元近所のお兄さんとしては、面白くない。


よくわからない嫉妬心に、ハボックは深く考えず、前向きに対処することにした。


「分かった。でも、買いに行くのは用事先に済ませてからね」

素直にが答える。
ややあって、つぶやくような独り言が聞こえた。

「そんなにみっともないかな・・・」



ハボックは、心配そうなの言葉は都合よく聞こえないことにした。
いっそ、そう思い込んでくれればいい。
そうして、持ってる服をすべて買い換えてしまえばいいのに。


少年の格好は可愛いけれど、そんなことは関係ないのだ。