第7話 ジャクリーン
東方司令部に電話のベルが鳴り響いた。
「おや、ジャクリーン。どうした?」
電話を取ったマスタング大佐は、ごきげんな声を出す。
「大佐、また私用電話ですか・・・」
あきれたような部下の声も、どこ吹く風だ。
電話口からは、ハスキーな声が洩れてくる。
対する大佐はご機嫌な口調を崩さない。
「ああ・・・もちろんいいとも。君はおねだりが上手だな」
『じゃあ、ロイさんのお言葉に甘えて』
電話が切れると、一部始終を見ていた部下が言った。
「何の用事だったんですか?」
「ジャクリーンが、店に新しく入った女の子の面倒を見ていてね。
・・・私との約束の時間に遅れそうだと言う連絡がきたんだよ」
「待ち合わせ時間の変更のおねだりですか」
不敵な笑みを浮かべる上司に、力が抜けたように部下が答える。
「新人の面倒といっても特別な子でね。
悪い客に好かれてそうで、心配で目が離せないらしい。
それなのにその子は、少し遠出をしたいとジャクリーンに言ったそうだ」
にこにこと語る大佐の言葉を、部下はすでに聞いてはいなかった。
が役所の手続きをしている間に定期連絡を済ませ、
ハボックは公衆電話から出た・・・つもりだった。
が、すぐそばで待ってたのは計算外。
「女の人の言葉使って、誰と話してたの?」
「誰でもいいだろ・・・」
ていうか、聞かれたくなかった・・・。
ハボックは力なく答える。油断した。
「手続き早かったな」
「順番待ち。もうすぐ呼ばれると思う」
会話が途切れて沈黙した。
しばらくして、が切り出す。
「・・・聞かないフリ、したほうが良かった?」
「そうだな。ついでに、そのまま忘れてくれ」
「じゃあ、交換条件。ロイって誰か教えて?」
「・・・・」
自分の失態に、ついぶっきらぼうな態度にでてしまうハボックに
はかまわず聞いてくる。
「まさか大佐じゃないよね」
「・・・・・・・!!」
驚いての顔を見ると、真っ直ぐハボックを見つめる視線にぶつかった。
―――――今のでバレたな。
ハボックは自分の失態にあきらめのため息をついた。
「・・・・・・ごめん。もうそれ以上聞かない」
意外にも殊勝な声がした。
「なんで?」
聞かれたら困るくせに、ハボックは聞いた。
「だって・・・ハボックが困るって顔してる」
「困る」
その反応に苦笑し、は続けた。
「私が住んでいた村にジャンがついてくる必要はないよ?
お世話になった先生とか村の人に、報告と挨拶をするだけだから」
まさにそのことで大佐に連絡を取ったのだ。
「行くよ。幼馴染の妹分が世話になった村だろ?
それに、そのあと服買いに行くって約束したもんな」
ハボックは答えながら、昨日のことを思い出した。
『そういう事情だから、身辺には気を配ってやってくれ。
―――――近付いてきた人間には注意を怠るな』
事件の詳細を記した書類と共に、大佐はハボックにそう言ったのだ。
それまで幼馴染の妹分が、そんな目にあっていたなど、知る由もなく
ハボックはショックが大きかった。
『セントラルにいたのは、母親の精密検査のためですか?』
書類には、そう書いてある。
『何年か前に事故で身体を壊し、寝たきりだったようだな。
母親の治療法を、長いこと探し続けていたらしい』
『・・・田舎のぼんぼんが乗り回す自動車に、ひかれたんですよ・・・』
つぶやいたハボックを、意外そうに大佐が見つめる。
『・・・・・・・幼馴染なんで』
理由を言うと、大佐は少し驚いたように目を見開いた。
『そのぼんぼんの家だがな・・・』
大佐は、思いのほか事情を良く知っていた。
『事故にあってしばらくは、息子の失態を繕うために、いろいろ保障をしたようだ。
だが、治らないと分るとさっさと手を引いている』
ハボックとが別れたのは、その頃だ。
『その後は、娘が必死に母親を支えてきたらしい。感心なことだ』
ざわつく人混みの中から声がして、ハボックは思考から引き戻された。
「お待たせ。手続き終わったよ」
「よし、じゃあ行くか」
が母親と移り住んだ村。
そこはが、ハボックの知らない時間を過ごした村でもある。
