第9話 錬金術





青く深い空がどこまでも続く、のどかな村。
が、幸せな、穏やかな日々を過ごした場所。

とハボックが退座しようとしたとき、
風景にそぐわない爆音と、木っ端が飛び散る音、そして悲鳴が聞こえた。


「何だ!?」
声をあげたハボックは、大佐を真先に思い浮かべた。


の身に危険が?―――――だが、様子が違う。



ちゃん、ここに来てるって!?」

バタンと扉が開かれるのと同時に、
入ってきた野良着の男が叫んだ。



「大変だよ!けが人なんだ!来てくれないか?」
「けが人?一体何があったの?」
「納屋を建て直すのに一回壊しちまおうと、仕入れた爆薬を使ったんだ。
 威力がすごいとは聞いたけど、仕事が楽になる位にしか考えてなかった・・・」


使い方を知らない爆薬を、適当に使って大惨事になったのだ。
平常心ではないだろう。男は泣きそうだった。



「一番近くにいた奴が、意識なくて・・・・先生のところに連れてった。
 でも、先生でも難しいって。かかりきりになって・・・・」
「分かった。すぐ行くから。けが人は何人いるの?」



穏やかにテキパキと動くに、ハボックは半ば呆然としていた。

「・・・・なんでが行くんだ?」
「だって、ちゃんは医師並に仕事ができるよ。先生の弟子だから」


誰彼ともなくつぶやいた言葉に返事をしたのは、近所のお兄さんだ。
はすでに野良着の男と消えている。なんてすばやい。


ハボックも遅ればせながら現場に連れて行ってもらう。



は、慌てることもなく、戸惑う素振りもなく、
すごい速さで怪我人の間を泳ぐように、治療をこなしていた。


ハボックは感心した。
なるほど、このためのズボンとスニーカーか。
こういう仕事なら、動きやすい格好は合理的だ。



それにしても、とハボックは思う。



・・・東方司令部で見た幼馴染は、本当に目の前の人物と同一人物かよ!?



ハボックの考えも無理はなかった。
先輩上司にいじめられて小さくなっていた新米軍人の面影は、どこにもない。



が治療部位に手をかざし・・・光が手のひらから洩れる。


ハボックは、似たような光景を見たことがあった。



どう考えてもあれは、


―――――――医療に応用されてはいるが、錬金術だ。





「・・・・とりあえず、これで様子を見てね。
何かあったら、すぐ先生を頼るのよ」

汗まみれになりながら、にっこり笑うが、
頼もしく格好良い、とハボックは思った。










帰りの列車の中、
ハボックはなかなか切り出せなかった疑問を、ようやく切り出した。

「・・・・錬金術、いつの間にできるようになったんだよ?」
「教えてもらったの。お母さんの身体を治したくて」
「誰に?村の先生か?」

だとしたら、無名なのが不思議なくらいの名医かもしれない。
錬金術師でありながら医者、どちらも頭がなくてはできないものだ。


「村の先生・・・も、だけど、もう一人」
「誰?」
「謎の外国人に、錬丹術を。」
「はあ?」

何の冗談かと思ったが、は真剣な表情だ。


「東の国の、王宮の医務官だったみたい。
王族の治療に失敗して逃げてきたって言ってた」
「胡散臭えな。大丈夫なのか、そんなのに教わって」


治療に失敗して逃げ出す医師。
かかりたいとも思わない。


「でも、知識はちゃんとしてたの。
だから私、錬金術と錬丹術の両方の知識をつまみ食いできたの。
その人は流れ者だから、短い間だったけど。貴重でしょ」
「貴重だけど・・・じゃあ、国家錬金術師になれたんじゃねえか?」


先輩上司にいいようにされてるより、よっぽどマシなはずだ。
だが、は軽く笑って受け流した。


「お母さんの看病と、先生の手伝いと、家のことしながら勉強したの。
 言い訳だけど、忙しかったから大した知識は身についてないと思う。
 今だって、先生の足元にも及ばないもん」
「でも、ちゃんと使ってたろ。この目で見たぜ?」



ハボックの言葉に、は恥らうような笑みを返す。


「・・・・その程度で、しかも知識は医療の分野しかないのに?
 医療以外では、基本的な構築式だって知らないのがあるくらいなの。
 国家錬金術師の資格って、そんなに簡単に取れるとは思えない」


の脳裏には、かつて国家錬金術師だった医師の姿がある。
あのレベルを基準とすれば、合格は遥か遠くだ。



は、吹っ切るように窓の外に視線を移した。


いまさら勉強を続けたところで、一番の目的は失われた。
足元のトランクには、母親の遺品が詰まっている。


まだ生々しく思い出される。は涙をこらえた。



「・・・まだ時間あるだろ。帰ったら、約束だからな」
話をかえるようにハボックが調子よく言った。


「約束?服買いにいくの?・・・でも、私、汗臭くないかな」
言外に、早く帰りたいと言ったつもりだった。


いろんなことが一気に分かって、頭がパンクしそうに疲れている。
連日の慣れない軍部での勤務疲れもたたっているに違いない。




とりあえず休みたい・・・・何も考えなくていいように。




でも本当は、それが無理なような気もした。


休んで、何も考えないように、無の時間を作ったら

――――――――余計に考え込んでしまう、きっと・・・。





考え込むユイのほうを見もせずに、ハボックは何てことなさそうに言う。


「平気。女は汗かいても男みたいに臭くない」
「・・・・今の台詞、ちょっと良くないと思う」

なんだか可笑しくなって、は笑い出した。
なきたい気持ちは、おさまっている。




「それにどーせ、一人でゆっくり休みたいとか思ってんだろ?
それっての場合は逆効果。きっと頭が余計に活発になっちゃうぜ?」

驚いてハボックを見る。
見透かされてるとは思わなかった。





「そーゆーときは、めちゃくちゃ遊んで動くほうがいいんだよ。おもいきり」
「それって、余計に疲れて悪いことにならない?」

ハボックがフンと鼻を鳴らして得意げに笑う。


「やってみたことないだろ?すっきりするぜ?」

そう言ったあとの、おもいきり崩れた笑顔。いたずらっ子のような。





――――――――――ああ、そういうことか。



ようやくハボックの意図が読めた。
これは、彼なりにを心配して労わってくれる気持ちのあらわれ。

を一人にしない。一緒に、側にいる。
そう言ってるのだ。



元気のない、様子のおかしい幼馴染に、
理由を聞くより今は、そばで支えることを選んでくれた。





「・・・・じゃあ、行こうかな」
「おう、行くぞ」


ハボックが今、側にいてくれてよかった。
心から思った。


列車の窓を少しだけ開ける。
風が入る。その風が気持ちいい。


少しだけ空けた窓から入る風が肌を凪いで、心の澱をさらってくれた。
そんな気がした。