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教会の長い廊下を進み、広い部屋へ通される。
エドとアルに続き、ロゼにくっついて部屋に入る。


突然、目の前で取り出されたピストルが、アルの鎧の頭を打ち抜く。
硬質な音と発砲した音が同時に起こって、鎧の兜が飛ばされる。
ガラン、と兜は床を跳ねて、同時にエドがフラッグを持つ男達に取り押さえられた。


なんてことない会話の最中に、突然起こった異変。
とりあえずびっくりして傍観する私の目の前で、ロゼが叫ぶ。


「師兄!何をなさるのですか!!」
「ロゼ。この者達は教主様を陥れようとする異教徒だ。悪なのだよ」
「そんな!だからといってこんな事を教主様がお許しになるはず・・・」
「教主様がお許しになられたのだ!」


信じられないという表情のロゼに向かってにやりと微笑み、男は銃をエドへ向ける。


「教主様の御言葉は我らが神の御言葉・・・これは神の意思だ!!」



ズチャ、と銃が音を立てた。
私はエドの盾になろうとして、両手を広げて間に割って入ろうと走り出た。


「へー・・・ひどい神もいたもんだ」


兜を吹き飛ばされたアルが、銃を掴む。
驚く男の隙をついて、エドは自らを拘束していたフラッグ持ちの男に掴みかかる。


思わず私は走り出た足を止めた。


兄弟は同時に信徒を殴り、投げ飛ばす。
逃げようとするもう一人のフラッグ持ちに、エドがアルの頭を投げた。


「ストライク!」
「ボクの頭!」


アルの鎧の中身が空っぽだった。何も無い鎧の中。
ロゼが、身を震わせて叫んだ。


「どどど・・どうなって・・・」
「どうもこうも」
「こういう事で」

ロゼの狼狽した様子に平然と兄弟が答える。


「なっ・・・中身が無い・・空っぽ!?」


衝撃的な事実に度肝を抜かれた様子でロゼが叫んだ。

確かにそれは、衝撃の事実であるはずなのに・・・。
私は、ロゼほど驚けない。それは、自分の体が特殊なせい?




それよりも、教会の実態を見た。
銃を持ち人を殺めようとする神の使い。
それは、私の世界では大抵の場合、テロリストと呼ばれてる人々を指す。


ペテンで人心を掴み、武器で秘密を知ろうとするものを消す。
教会はインチキで、その詐欺集団の望むものは、ただのお布施やお金が目当て?
そのお金で贅沢な生活をしてるわけじゃない。
質素を装って武器を買ってるなんて、あんまりいい傾向じゃないような気がする。


教会はテロのアジトとしては格好の隠れ家だ。
実際にその疑いがあったとしても、軍は立ち入りにくいはずだから。
第二次世界大戦の植民地時代、実際にそういうことがあったと聞いたことがある。


教会には信者がつく。大抵はその地元に住む一般市民。
信仰の自由を侵されたら、国民の反発は免れない。
宗教なんて精神的に根深いところを冒されたら。
ただでさえ軍への反発が強い世情なのに・・・。



どうしたらいいんだろう。
このことを報告したら、大佐は・・・・ここへ来ることになるのかしら。






「神様の正体見たり、だな」

エドは何の気なしに、平然と言う。
案の定、その言葉にロゼが悲鳴のような声を上げた。

「そんな!何かのまちがいよ!!」
「あーもー。このねぇちゃんは、ここまでされてまだペテン教主を信じるかね」



だって、それが信仰というものだもの。



信仰を知らないエドは、深く信仰心を持つロゼを真っ直ぐにみつめた。


「ロゼ。真実を見る勇気はあるかい?」










アルの空っぽの鎧の中で、ロゼがかすかに震えているのがわかった。
それは狭い空間に、無理やり二人で押し込められているからじゃなくて
教主様という名の最低男の弁舌に、ショックを受けているから。



神の業は、『賢者の石』と呼ばれる伝説の石による錬金術。
教主は信者の寄付で金儲けをして、信者の信仰心を利用した最強の軍団を作っている。
信じていた宗教の真実の姿を、この耳で直に聞いた。



なによりはっきりと教主は言った。
『数年後には、この国を切り取りにかかる』、と。



これは完璧に、宗教団体を装ったテロ組織。



――――――東方司令部に・・・。大佐に、知らせなきゃ・・・





胴体部分を開けられて、教主と対面したロゼは、我を失ったように叫んだ。


「奇跡の力は・・・神の力は、私の願いをかなえてはくれないのですか!?
――――――――――あの人を甦らせてはくれないのですか!?」



ロゼの一番の願い。失意のどん底から這い上がれた唯一の希望。
その清らかな願いをあっさり踏みにじったくせに、教主は渋面をうっすら笑みに変えた。


「確かに神の代理人というのは嘘だ・・・だがな、この石があれば。
今まで数多の錬金術師が挑み失敗してきた生体の練成も・・・
 お前の恋人を甦らせることも可能かもしれんぞ!!」



ロゼが教主の言葉に表情を変えた。
この男・・・本当に、最低。



「ロゼ!」

アルの叫びはロゼに届いたんだろうか?
震える体を懸命に支えて、動けなくなっているロゼ。
立っているのがやっとに見えた。


「お前の願いをかなえられるのは私だけだ、そうだろう?最愛の恋人を思い出せ」



教主が促すようにかけた言葉に、今度はロゼも抗えなかった。
エドが仕方なさそうにため息をつき、アルはロゼの背中を見送っている。


「ふたりともごめなさい。それでも私にはこれしか・・・これにすがるしかないのよ」

ロゼが歪んだ表情で、教主に向かって歩いてく。



は?どうする?」

ぶっきらぼうにエドが聞いてきた。
教主、アル、ロゼの視線が私に集中した。


「・・・・・行かない」


短く答える。それだけで十分だった。
ロゼは迷いを深めたような表情になるし、エドとアルは逆に力強い眼差しでニヤリと笑う。



「わが教団の将来をおびやかす異教徒は、すみやかに粛清するとしよう」


教主が壁のレバーに手をかけた。
賢者の石で練成された合成獣が姿を現す。

凶暴そうに低い声でうなり、エドに狙いを定めてる。


「これじゃ丸腰でじゃれあうにはちとキツそうだな、と」


エドが両手をパンと合わせて、手のひらを地面につける。
練成反応が空気を揺るがし、何かが弾けるような音のなか、エドの手に槍が生まれる。


「錬成陣もなしに敷石から武器を練成するとは・・・」


でも合成獣は、あっさりと練成された槍を爪で壊してしまった。
槍と一緒に足を引っ掻かれて、エドのズボンが裂ける。



助けにいかなくちゃ・・・!



「・・・なんちって!」



エドの足が合成獣を蹴り上げる。
裂けたズボンから鎧の足が見えた。



「どうした!!爪が立たぬなら噛み殺せ!!」

教主が叫ぶ。
合成獣は、教主の言葉に素直にエドへ噛み付こうと襲い掛かる。



「・・・これが、神の代弁者の言葉?」

もれたつぶやきは、教主に届いたろうか?
私の苛立ちと腹立ちは、もう限界。



衝動的にエドの前に飛び出した。


「・・・・・・・えっ!?わ、バカ!、危ない!!」


エドが反射的に私の腕を引っ張り、自分の背後へ突き飛ばす。
勢い、エドの背中にかばわれるように守られて、私はとっさに身を起こした。


「エド!!」


目の前に、エドの赤いコートの後ろ姿が見えた。
腕を噛まれてる・・・・!



「どうしたネコ野郎。しっかり味わえよ」


エドが低い落ち着いた声で合成獣に言う。
その様子に、エドが無事であることを知る。


「ロゼ、よく見ておけ。これが人体練成を・・・神様とやらの領域を侵した咎人の姿だ!!」


エドが噛まれて裂けた服を剥ぎ取る。
教主が唸るようにつぶやく。

「鋼の義肢“機械鎧”・・・ああ、そうか・・・鋼の錬金術師!!」

合成獣が倒されて、エドの視線が教主へ向けられる。




「降りて来いよ、ド三流。格の違いってやつを見せてやる!!」




鋼の鎧を身に着けたエドの姿に、教主が納得したように笑みを浮かべる。

「なぜ、こんなガキが“鋼”なんぞという厳つい称号を掲げているのか不思議でならなかったが・・・そういう訳か」



信じられないものを見るように眼を見開いたままのロゼに、教主が語りかける。


「この者達はな、錬金術師の間では暗黙のうちに禁じられている「人体練成」を・・・
 ――――――――――――――――最大の禁忌を犯しおったのよ!!」



エルリック兄弟は、母親を練成して失敗して、
そのせいで、エドは左足を、アルは体全体を持っていかれた。

エドは右腕を代償に、アルの魂を練成して鎧に定着させた。
血まみれになりながら、命の危険も顧みず・・・。



「ロゼ。人を甦らせるってのはこういうことだ。その覚悟があるのか?あんたには!」

エドの言葉に、びくりとロゼのからだが震えた。
暴かれた過去を自ら晒して、懸命にロゼに問いかける姿。



なんて重い過去を背負ってしまった兄弟なんだろう。





「くく・・・神に近づきすぎ地に落とされた愚か者どもめ・・・」

教主が杖を手に、指にはめた賢者の石で練成を始める。
空気を震わすような音をたてて、杖は大きなマシンガンへと姿を変えた。



「ならばこの私が今度こそしっかりと・・・神の元へ送りとどけてやろう!!」

高笑いと共にマシンガンを発射した教主は、照準を定めたものに目を凝らす。



「いや俺って神様に嫌われてるだろうからさ、行っても追い返されると思うぜ」

敷石を練成で防御壁にしたエドに舌打ちをする。
武器を持った新手の信徒と共に、ロゼもろとも照準を定めた。


右手に私、左手にロゼを抱えて、アルが走り出す。
エドが眼前の信徒を張り倒しながら進んでいくのを、アルが追いかける。

途中で教主がラジオで教義を行う放送室を発見したエドが、キラリと目を光らせた。






夕闇が近づいた教会の屋上で、時刻を知らせる鐘を拝借したアルが、準備を整える。
ロゼが、その様子を眺めながらアルに話しかける。


「さっきの話だけど、まだ信じられない。そうまでしないと練成できないなんて・・・」
「言ったろ。錬金術の基本は等価交換だって」


『等価交換』・・・記憶の端がよみがえった言葉。


真理の扉を通ってきたときに、白い人影が言っていた。
何故、あの場所を真理の扉と呼ぶのを、私は知っているんだろう・・・?




「でもそこまでの犠牲を払ったからにはお母さんはちゃんと・・・」
「人の形をしていなかった」


ロゼが衝撃で身を固くした。
私も心臓が跳ねて、思わずアルをみつめる。


「人体練成はあきらめたけど、それでも兄さんはボクの身体だけでも元に戻そうとしてくれてる。
ボクだって兄さんを元に戻してやりたい。
でも、そのリスクが大きいのはさっき話したとおり・・・
報いを受け、命を落とすかもしれない。ボク達が選んだのはそういう業の道だ」



地面に錬成陣を描きながら、アルが静かにロゼに説く。
どんな宗教人よりも、重い業を背負った殉教者みたい。




「だからロゼ。君はこっちに来ちゃいけない」



さわとそよぐ風が、空気を動かした。