4




駅から降りたら迎えが来ていた。
来る途中で電話の連絡を入れたからだろうけど、メイドの扱いにしては丁寧。

車を運転してきたらしい軍服の男性が、私なんかに低姿勢で頭を下げる。
客人を迎えるように車のドアまで開けてくれて、恐縮する。


「あの・・・私、メイドなんです」

誰か客人と間違えてるなら、早々に誤解を正しておかないと。
そう思って言ったら、軍人は心得たように頷いた。

「はあ。存じ上げております。自分は迎えを命じられた下士官ですから。
ええと・・・不慣れな土地で、不安も多いでしょう。自分でよければ力になります」
「・・・・・・優しいんですね」


車を運転しながら真っ赤になって、軍服の下士官は嬉しそうに口元を緩めた。



大きなお屋敷に着く。
先に車から降りた下士官は、私の座席側のドアを丁寧に開けてくれる。
お礼をいって、車から降りた。


玄関を通されて、執事とメイド頭に迎えられる。


「では自分はここで」

そう言って去る下士官の背中を見送りながら、メイド頭がため息をついた。

「またずいぶん綺麗な娘じゃないの。これじゃやもめの下士官がのぼせるわけだわ」
「こんなところまで送り届けるなんて、いつからアイツは紳士になったんだ?」
「それはもちろん、この子を見たときからでしょうよ」


メイド頭と執事の会話を黙って聞いていると、二人とも私をみてにっこり笑った。


メイド頭が私を見て、あごをしゃくる。メイド頭は、私に背を向けて歩き出した。
コチラへ来い、と言ってるんだと思って、彼女の後ろについていく。


「ここがの部屋。二人部屋だけど、誰も使ってないから当分一人で使えるわ。
 これが制服。着替えたら台所へ来て頂戴。旦那様を紹介するから」



綺麗にたたまれてベットに置かれた制服を広げた。

黒いフレアスカートのワンピースと白いエプロン、メイドキャップは基本的なお約束。
白いパニエがついていて、スカートがふんわり広がるのも機能性はないが見目はいい。

それに黒い靴と、・・・・ガーターベルト?


この時代にストッキングがパンティストッキングでないのは、想像が付いたけど
まさかガーターベルトをする日がくるとは思わなかった。



太腿がひらひらだ・・・



昭和の昔は、どんなおばあちゃんでもコレだったって、聞いたことある。
慣れないと、不思議な感じ。


衣装を身に着けた私は、鏡で確認する。
くるりと回ると、黒いスカートと白いエプロンがひらりと舞った。








「君が新しいメイドかね。・・・・いや、なかなか、極上の美人じゃないか」

にやりと笑った目の前の“旦那様”が、私を値踏みするように近づいてくる。
息がかかるほど近くに寄られて、肩を抱かれた時は、肌が粟毛だった。


とやら。これから私の側で身の回りの世話を担当してもらおうか」
「お言葉ですが・・・新人がいきなり旦那様について粗相をしては、私の面子に関わります。
 せめて、仕事を一通り覚えてからにしてはもらえませんでしょうか?」


ヨキ中尉の言葉にメイド頭がゆっくりと言った。
中尉はその言葉に機嫌を損ねたようにメイド頭を睨んだが、正論に抗えない。


「では、早急にな」
「はい。すぐに仕込んでおきましょう」


満足そうにヨキ中尉は頷いて、私に再び視線を向けてにんまりと笑った。


・・・・ここは、どういう職場なんだろう・・・



「さっそく旦那様に目をつけられちゃったね。気をつけるんだよ」

メイド頭の言葉に頷く。
不安そうな私の視線に気付いたのか、メイド頭は安心させるように微笑みかけてくれる。


「この土地を任されてるヨキ様は、皆に嫌われて地元にメイドのなり手がいないんだよ。
 機嫌損ねれば酷い目にあうしね。これだから軍人はって、皆言っているの」


言葉は全然安心とはかけ離れた現実の話。
でもこれからの心構えとして、大切なこと。


「ここは炭鉱があって、昔は活気のあるいい場所だったんだよ。」
「炭鉱・・・?」
「炭鉱はヨキ様の個人資産でね。元はただの炭鉱経営者が、賄賂で官位を買ったの。
 出世に目がくらんで、炭鉱労働者にもひどい扱いでね。召使もずいぶん辞めたわ」
「でも、あなたはずっとここでメイドを・・・?」
「前のご主人様の頃から働いてるから、いまさら他に行くのもねぇ・・・」


メイド頭が苦笑した。








メイド頭の後ろを追って廊下を歩くと、ヨキ中尉の部下にたまに会う。
通り過ぎるときにメイド頭に習って会釈する。大抵の人が珍しげな目を向けてきた。


「今の、見たか?新しいメイドだろ」
「見た!迎えに行ったやつが、しばらくぼーっとしてたって聞いたよ」
「可愛いな・・・名前、なんだっけ」
「お前狙ってんのか!?ちくしょう・・・ライバル多そうだなぁ」


じろり、とメイド頭が彼らを睨む。
小声の彼らが、その視線を受けてびびったように背筋を伸ばす。


「まったく・・・外見がいいのも、群がる虫が多くて大変だね」


誰ともなしにつぶやいたメイド頭の言葉が耳に届いた。
私は何と答えればいいのかわからず、恐縮してうつむいた。


案外サッパリした顔で、メイド頭は「あなたが気にすることないわよ」と笑った。


「地図を書くから、お使いにいってくれる?旦那様の夕飯までに戻れなくてもいいから」
「・・・・・旦那様のお給仕は?」
「来た初日だもの。今日くらい大目に見てもらいましょう」


ヨキ中尉の下心を見抜いてのメイド頭の行動に、頭が下がる思いで地図を受け取る。
外に出ると、もうすっかり日が暮れていた。





暗がりを歩く道の途中、お使いを終えて戻ろうとした時だった。
暗がりの中、見覚えのある影が見えた。

「エド・・・アル・・・?」
「あれ?!!何でこんなとこに!」
「うわぁ!本当にだ!」


エドとアルが振り向いて、驚いた声を出した。


「リオールではありがとう」
「お安い御用だ。みんな無事憲兵に保護されたよ」


エドの言葉にほっとして微笑む。


「その服装って、メイド?」
「ヨキ中尉のところで・・・」


頷いて答えると、アルとエドが顔を見合わせた。




アルがどこからか仕入れた情報を話してくれる。
それは、メイド頭の言っていたことと全く一緒。

「おかげで充分な食料もまわって来ないんだってさ」

エドが口に運ぼうとした手を止め、手元の夕飯をみつめた。
「・・・そっか」とちいさくつぶやく。



ただでさえ軍の人間は嫌われてるのに、とエドがヨキ中尉に憤慨してる。
軍の人間は国民にあまり良い感情を持たれていないらしい。


「軍の狗になり下がり――か。返す言葉もないけどな」
「おまけに禁忌を犯してこの身体・・・・師匠が知ったらなんて言うか・・・・」


エドの言葉にアルが続き、二人してため息をつく。
ちょっと沈黙した後に、何かを思い出したようにガチガチ震え出す。

なんだろう?二人して真剣な顔で、殺される、なんて言ってる・・・。





そんな時、ドカドカと荒い音がして、側の店が一気に騒がしくなった。
三人で様子を見に行く。ヨキ中尉が部下を連れて店に来ていた。



給料下げるとか言ってる・・・横暴だぁ。メイド職は大丈夫かな。



怒った子供の投げた雑巾が、ヨキ中尉の顔面に命中した。
それを取り払ったヨキ中尉が、子供の顔を張り飛ばす。


「カヤル!!」

吹っ飛ばされた子供。ホーリングと呼ばれた男が子供の名前を叫ぶ。


「子供だからとて容赦はせんぞ。みせしめだ」


ヨキ中尉の合図で部下が抜刀した。
思わず駆け出そうとした私をアルが抑える。


振り下ろされた刀は、金属音と共に折れた。
目の前には、カップを持ったエドのすました姿。


エドの登場にざわめく店内。
私とアルが後から店に入る。アルの大きな体躯を見た軍人が驚いてる。


「中尉さんが見えてるってんで、あいさつしとこうかなーと」


エドがちらりと見せた銀時計に、ヨキ中尉が衝撃の表情。
そのままエドを屋敷に連れてかえってもてなすことになってしまった。






「・・・・私、戻らなきゃ」
「うん。そうしなよ。・・・・また反射的に、カヤルをかばおうとしたね」
「・・・・・・・・・エドが助けたわ」
「ボクが止めなきゃ刀を受けたのはかもしれない。大佐の言葉もわかるよ。
そんな刹那的に身を投げ出すなんて・・・は、死にたいの?」

アルの言葉に首を振る。


「そっか・・・少し、安心した。もっと自分の身を大事にして」

アルがほっとした優しい声で言った。





屋敷に戻ると、エドの食事を用意し終わったところだった。
配膳につく先輩のメイドに従って、出来た料理を運ぶ。

私はワゴンを運ぶと、そのまま退室して後を先輩メイドに任せる。
部屋を出るときに、エドがこっちを見たような気がした。


。今日は初日だから、もう上がって休みなさい」

メイド頭の厚意にお辞儀して部屋に戻ろうとした。
そこに軍人が入ってくる。

「メイドに、というのがいますか?錬金術師殿がご指名で。
ユースウェル滞在中は貴女に世話を担当してもらいたいと・・・」
「彼女は、新人で右も左もわからないメイドですよ?」
「それは錬金術師殿ご本人に言っていただかないと」
「まったく・・・。最近の子供は色気づくのが早いこと」

それは違う。

私はメイド頭の手を押さえて、首を振る。


「・・・・違うの?まさか、知ってる人ってわけでもないでしょう?」
「知ってる人なんです」


私の言葉に、驚いた顔の軍人とメイド頭。
エドの部屋に案内される。エドがにっこり笑って迎えてくれた。


「・・・・・御用はなんでしょう?」
「御用なんかないよ。と話したかっただけ」


エドがカラカラ笑いながら手を振ってる。


「ま、座ってよ」


仕事中・・・・。どうしよう。


困ってる私に、エドが手を引いて椅子の前に連れて行くと、肩を上から押す。
すとん、と音を立てて、私は椅子におさまった。



「なあ、なんでヨキのとこなんかで働くことになったんだ?」
「・・・・・・・・・紹介、されたから」
「じゃあ、ヨキ本人とは、何の縁もないわけ?」
「ない」
「だろうと思った。こんなとこ、辞めたほうがいいんじゃない?」



困って黙ってしまった私に、エドが小さな袋を指でつまみ上げる。

「これ、何かわかる?賄賂渡して、お偉いさんにヨロシクって言われた」
「・・・・・・・・・」
「部下に命令してた。さっきの店、毎晩人が集まって不満を言ってるから焼き払えってさ」
「・・・・・・!!?」
「・・・・・・・顔色、変えたね」



止めにいかないの!?


立ち上がりかけた私の手を掴んで、エドが制す。
じっと向けられた視線は、幼さに似合わず強く真摯な強い瞳。



――――――――この子・・・



「止めにいけばは職を失うぞ。それで万一止められたとしても、ただの一時しのぎだ。
 がいなくなった後、同じことが起こる。それじゃ意味がないだろ?」


意地悪。でもその通りかもしれない。
理屈はわかる・・・・けど・・・。


は大佐とどういう関係?」
「・・・・・・・?」
「大佐が、のことすごく気にしてた」
「・・・・・・・・」
「・・・・また、黙ってるつもり?」



エドは本当に、容赦なくストレートだ。
黙ってるんじゃなくて、言葉を考えてるだけ。

でも、最近はこの世界の言葉に慣れてきて、あんまり不自由を感じない。





「この世界で、初めて会った人・・・・」
「・・・・・は?」
「・・・・少し思い出したの。真理の扉を抜けてココに来たこと」


意味不明の言葉の羅列。でも私には一番シンプルな回答。
聞いたエド本人に、意味がわかったのかどうかはわからない。


だけど何かに驚いたように、エドの目は大きく見開いた。





「真理の・・・扉?」



エドの乾いた声が、部屋に響いた。