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なんだか、こうなることを私は知っていたような気がする。
飲みまくって騒いだ夜が更けて、そこらじゅうに寝転がった人々。
アルがエドに『お腹出して寝て!だらしないなぁもう!』と憤慨している。
今日の一日を思い出す。
エドが大量の金塊を手にしてヨキのところへ交渉に来た。
炭鉱の権利を譲渡されたのを見たとき、その目的がすぐにわかったのはどうしてだろう?
権利書を手に屋敷を出て行くエドに、思わず声をかけると、エドが振り向いた。
「・・・何か文句でも言いに来た?」
「・・・・感心したの」
エドがきょとんとして私をみつめる。
「保管箱が翡翠を使った豪華なもので、金の箔押し付きの高級羊皮紙。鍵は純銀製。
等価交換したら、親方のとこで一泊二食二人分の料金が妥当・・・とでも言うんでしょ?」
「そこまで考えてなかったけど・・・その台詞、いいな。もらった」
エドがへらっと笑う。
「・・・・・も、一緒に来る?俺達と旅しない?」
唐突にエドが言う。アルが『兄さん!?』と声を上げた。
私も驚いた。けど、それもありかな、と考え直す。
だって、炭鉱の権利を手放したヨキは、この広い館を維持していける?
軍のお給料だけで、こんなに大勢の召使は雇えないんじゃないかしら。
そしたら私は失業・・・・来たばっかりなのに。
エドがヨキのことを軍上層部に報告するのに、いいことを言うとは思えないし。
「・・・・連れて行って」
エドが頷く。
私はいったん、メイド頭のところへ行った。
「あの・・・私、出て行きます」
「は!?何を言ってるの」
「えっと・・・鋼の錬金術師についてこうと思って」
「ああ。お供をしろと言われたの?構わないわ。行ってきなさい」
・・・・・いまいち、言葉がうまく使えてないような気がする。
果たしてうまく相互理解できてるかな?
私は一抹の不安を感じたものの、気のせいだと思うことにした。
快く追い出してくれるなら、それに越したことはない。
「あの・・・服は、どうしましょう?」
「いいわよ、制服のままで。私服がいいなら、それでもいいけど」
ところが私服は持ってないのです・・・。
ここに来るときに着てきたのも、修道服。
あれを着ても、メイド服でも、同じような黒い服。同じようなデザイン。
動くとふんわり広がるスカートも、締められたウエストも。
メイド服にはエプロンとメイドキャップが付いてて、
着てきた修道女には頭巾が付いてるだけ。
どちらを着てても構わなかったけど、この制服はヨキのもの。
これを返して、修道女の格好を再びすることにした。
「・・・・・。いいの?」
アルの言葉に、頷く。
ただのひとつの問題は・・・・
「恥ずかしいんだけど、私ほとんど無一文なの」
「それは心配ないよ。けっこう持ってるから」
エドが言う。
「これが済んだら、に聞きたいことがたくさんある。真理の扉の話とか」
「答えられることならいいんだけど・・・」
エドの言葉に、アルが驚愕するのがわかった。
図らずも、それで彼らが私を連れて行く目的を知った。
きっと彼らにとっては大事な話なんだ。
そうして、炭鉱の人々に権利書を売ったところにヨキが来て。
何もかも失った彼が、茫然自失で消沈した姿になった。
反対に、搾取され続けた街の人々は、この幸運に酔いしれたのだ。
ホーリングに毛布をかける奥さんに、ふと思いついて声をかける。
「あの・・・電話、お借りできますか」
こんな夜中では、きっと声はきけない。
そう思ったけど、もしかしたら、という思いもあった。
この世界に来てから、私の勘は冴えてる。
交換手に自分と大佐の名前を告げる。
お待ち下さい、と答える声に、今更ながらどきどきする。
『・・・・・・もしもし?』
大佐の声。途端に頬が上気する。
動悸がして、声がうまく出ない。
『もしもし・・・・・?』
「・・・・・・大佐。こんばんは」
挨拶をしてしまって、言葉にまた詰まる。
なんだか自分がとても愚かに思えてきた。
『こんばんは。電話をくれてよかった。今、どこに?』
「・・・・ユースウェル炭鉱に」
『また、ずいぶん東の果てだな・・・』
言いたいことはたくさんあったのに、言葉にするのが難しい。
エドが、炭鉱の人々を救ってくれて、私はその一部始終を見ていたの。
お祭りみたいな宴会をして、これから一緒に旅することになったのよ。
どうしたらうまく話せるだろう・・・?
『・・・・電話をくれた理由は?』
質問に、どきっとした。
用がなくてかけたら、駄目だよね。仕事中のはずなのに・・・
今回のことも、エドが大佐に報告する。
わざわざ私が言うことではないかもしれない。
「・・・・・・お仕事中に、ごめんなさい。それじゃ」
『・・・・・・ちょっと待て!!切るな!』
ものすごくあせった大佐の声に、びっくりして固まる。
そんな必死な声、初めて聞いた。
『君はしばらくそこにいるのか?』
「いえ。鋼の錬金術師が行くところへ、一緒に・・・」
『鋼の?一緒に、旅してるのか』
「ええと。・・・・彼らの炭鉱での活躍は、そのうち大佐に報告あるかと思います」
質問に答える代わりに、ハボック少尉が大佐に話すみたいに礼儀正しく話してみる。
今更思い出した。目上の人だし、対応に粗相があってはいけない。
『・・・・そんな話し方、私にはしないでくれ』
「・・・・・・あの・・・気に障ったんでしょうか」
『障るね。まず、敬称で呼ばれたくない』
「・・・・・・え?・・と、申し訳ありません」
『だから、それをやめなさい』
黙ってしまった私に、大佐がため息をつく。
『・・・・Sirの敬称を付けるな。それと、大佐という肩書きで呼ぶのは止めてくれ』
ハボック少尉の真似をしただけなのに・・・
でも確かに、大佐・・・カーネルって呼ぶたびに、違和感があった。
『君には、そうしてもらいたくないんだ』
「・・・・・・・わかりました、ロイさん」
『・・・・・さん、はいらない』
Mr.の敬称まで?
それは、ものすごく無礼者になりそうな気がする・・・
『・・・・・・?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・ロイ」
困ったようにつぶやいた名前。
電話の向こうで、破顔するのがわかった。
そんなに嬉しかったの?
『それでいい。・・・・・・・そうして欲しい』
「ロイ・・・・・」
名前を呼ぶのがくすぐったい。
でも本当は、そうしたかった。彼の名前を呼べるのが、嬉しかった。
『また電話が欲しい。いつでも構わないから』
「今日も、夜分に電話してしまって・・・」
『いいよ。君ならいつでも構わない。自宅の番号も教えておこうか』
番号をメモして、大事にしまう。
東方司令部と、ロイの自宅の電話番号。
この紙切れ一枚が、私のほぼ唯一の財産。
電話を切った後も、幸せの余韻に浸って、しばらく動けなかった。
逃げ出した場所。逃げ出した人。
なのに、今こうして連絡を取ったとき、あたたかく受け入れてくれる。
肩に触る髪がさらりと流れた。
この世界に来て、髪の毛が伸びるのが早いような気がした。
ここに来たときの長さまで伸びるのは、そう先ではないかもしれない。
