序章12 side roy



私が若草のドレスの娼婦の常連になれば、彼女の立場が守られる。
回想して、会話を思い出す。


『・・・何度も旦那と会うことで、逃げた女や旦那と繋がってたって、余計思われる?』


私の言葉に首を傾げて、若草はからからと笑った。


『奴ら、お金が手に入ればそれで良いんですから。女の一人や二人、屁とも思ってない』
『でも、疑われて大変な目にあったんじゃないのか?』


そう言うと、若草は知られたくない事実を見抜かれたように肩をすくめた。


『そりゃあねぇ・・・確かにそれは、ちょっと釈然としないくらいでしたけど。
でも、商売上よほどすごい利益になる取引だったんじゃないでしょうかねえ』
『金の恨みには金で解決すればいい、と言うことか。私が客になれば解決するのか』
『金を流すお得意様は大事なお客で、恨む相手にはなりませんもの』



どうせ金を使うなら、
若草は自分のお得意様になってくれれば、自分の価値も上がるし保身に繋がる。
そのついでに外を見たいと望んでもバチは当たらないんじゃないか、と言う。

娼館の並ぶ街は、柵に囲まれている。中の人間は、滅多に外には出られない。




承知して帰す間際に、若草が嫣然と微笑んだ。



『旦那は、やっぱりいい男ですねぇ。想う人が居ると知ってても、欲しくなりますよ』






「大佐・・・お話が」

中尉が、難しい顔で私を見ている。
先ほどの若草色のドレスの娼婦に関してだと分かった。



「飲み屋の店員や、盛り場の女性に声をかけるのはまだしも・・・今回の方は、一体・・・」
「服装が少し露骨だな。今度、街中を歩くにふさわしい服でも贈るか」
「とぼけないで下さい」


一蹴される。取りつくしまもない。


「冗談だ。そう怖い顔をするものではない」
「でしたら・・・何かお考えでも?」


中尉は、あの娼婦と関わることに仕事上の意味があるものと誤解している。
胸元を露骨に開けたひらひらのドレス。あの独特な形の服は、遊郭の女性だけが着る。
若草色のドレスにいくらショールを羽織っても、隠しようは無い。


「考え、か・・・・」



コレに関しては何もない。自分が流されているのも自覚している。

ただ、あの時にあった彼女・・・
今はと名乗る彼女に会いたいと願っただけだ。



「中尉が心配するようなことは何も無い。説明が必要なことなら、必ず言う」
「大佐・・・」
「・・・この書類をグラマン将軍のところに届けなくてはな」


暗に話題を打ち切ると、中尉はそれ以上追及しなかった。



「では私が届けてまいります」
「いや、いい。将軍に報告しなきゃいけないこともある。自分で行くよ」


そう言って席を立つ。



廊下を歩きすれ違う軍人に答礼しながら、背後から声が聞こえた。

「娼婦が来たってよ」
「大佐のとこだろ?」

噂は早いものだ。こそこそと士官下士官の声が耳に入る。


用件は借金だったとか、体力有り余って女を買ったとか、聞いていて笑ってしまう。
あることないこと好き勝手に想像している。
噂に聞く自分は、なんだか自分じゃないみたいだ。






将軍の執務室の前でノックして入室する。

「失礼します」
「ああ、マスタング大佐かね」


グラマン将軍は、いつもの鷹揚とした貫禄で机に向かっていた。


「噂はすごいね。ここまで届いているよ。娼婦が来たそうだね」
「噂が将軍にまで・・・それはお耳汚しでございました。申し訳ございません」


いっこうに悪びれないでしれっと答えると、将軍は可笑しそうに笑い声を上げた。


「なに、どうせ下士官も上官も皆同じようなことをしている。構わないよ」


君は買わなくても女には不自由しないと思っていたがね、と将軍は続けた。
何も答えずに笑っていると、将軍は少し笑みを漏らした後、真顔になる。


「・・・・マスタング大佐。娼婦みたいな裏の人間は、いい駒になる」
「駒・・・ですか」
「そして向こうも、君を駒だと思ってるよ。お互い様にね」
「ただ知り合っただけの関係ですが」
「人の縁とはそういうものだ。大事につなげておきなさい」
「了解しました」



大体の場合、女のほうが男より情が細かい。以前将軍が、そう言った事がある。
『娼婦みたいな』とわざわざ言ったのは、そういうことかもしれない。
『向こう』というのは、娼婦本人と・・・その後ろにいる人間も指しているんだろうか?



騙しあいや賺しあいは、実はあんまり得意ではない。
過去そう言った時に、ハボックもブレダも不信の目を向けてきたが、真実だ。





思考をめぐらせていると、将軍がいつものひょうきんな顔でチェスを取り出す。


「どうだね。また、やらんかね」
「いいですね。お相手いたします」


うきうきと駒を取り出す将軍に、深みにはまりそうな思考を一時中断する。


いつも飄々とした好々爺を気取る将軍は、本当は底が深い。
イシュバールの残務も、東部の治安の回復も、将軍の下について多くを学んだ。





「で、君は今回、あの娼婦に何を考えてるの?」
「・・・・・何も。ただ、知り合いの行方を捜す途中で行き会ったんです」
「あの娼婦は司令部にわざわざ来て、何を君に言ってったの?」
「探していた人間の行方をわざわざ教えてくれました。あと、お得意様になってほしいと」




将軍は、ふうん、と頷いてチェスの駒を動かす。
何も考えていないような素振でいい手を打ってくるから油断ならない。



「・・・・・・や。これは、いけませんね」
「チェックメイト。また君の負け。・・・ゲームに集中してないね?」
「いえ、そんな。将軍はお強い。恐れ入りました」



盤上の駒を見ながら、ため息をつく。将軍の言うことは当たっている。
ゲームをしながら、つい意識はあの日見た彼女をめぐった。


将軍が黙々と駒を片付ける。
それを手伝いながら、今日は『もう一回』といわないのだなと、ふと思った。



「君。・・・・その探していたっていう人間、早めに保護しといたほうがいいかも」
「え?」
「わざわざ知らせが来たんでしょ?行ってあげなさい」
「は。ありがとう存じます」



あいさつもそこそこに将軍の部屋を飛び出した。


居酒屋の場所は知らない。
でも若草から居酒屋の名前は聞いた。



オフィスに戻って地図を見てみようと、棚をあさる。



「大佐。何かお探しですか?」
「ああ、いや。たいしたことではないんだが・・・」


ブレダが話しかけてきたので、何の気もなしに聞いてみる。



「この居酒屋なんだが、場所を知ってるか?」
「ああ、ここ・・・・知ってますよ。ハボックの行きつけじゃないですか?
 ハボ以外にも軍人は、特に下士官連中は、けっこういくみたいですけど」
「そうなのか?」
「ええ。安くて旨くて量があるって、下積みの下士官なんかには好評ですから。
ちなみにハボックが言うには、なんでも最近男のピアニストがいるとか」



男のピアニストに興味はわかない。



そう言うと、ブレダも笑って「同感です」と言った。



「あいつも最近様子がおかしいから・・・。惚れた奴でもできたかって思ったんですが」
「ほう。ハボックに?」
「でも、なんだか良くわかんないんですよね。・・・・・その居酒屋、案内しましょうか?」
「いや。場所さえわかれば一人で行く。仕事ではないんだ」








司令部を出ると、晴れた空気が風に流されて空が高い。
雲の動きが、なんて早いんだろう。



天気の変わり目が早いのは、季節の変わり目だからだろうか。



そう思いながら道を急いだ。
彼女に会って何を言うかなんて、何も思い浮かばなかった。
ただ会いたかった。



理由なんてどうでもいい。


身元不明者を放っておけないと言っても、それは自分の仕事ではない。
恋だの愛だのと言うには、直感の力が大きすぎて確信が持てない。


興味を持ったから、と言う野次馬根性が、一番ふさわしいような気さえする。




なのに思い出す彼女に年甲斐もなくときめく気持ちは・・・・
――――――――まるで恋人に会いに行くみたいで落ち着かない。




好きなのかもしれない。



会ったばかりで何もわからない彼女のことを。
それを確認したくて、会いたいのかもしれない。





石畳の道を急いだ。
確かなことは何一つないからこそ。何か一つでも、確かなものにするために。