序章14
居酒屋の警護と言っても、外から客と名乗る者が来れば拒むことはできないとなれば。
「・・・・やりにくいことこの上なしって状況だな、こりゃ」
ハボック少尉が誰ともなしにつぶやいた。
私の視線に気付いて、へらっと笑ってみせる。
現場ではテロなどで崩れた市街の後始末などもしているよう。
疲れきってここにきては、込み合う時間帯に客のふりして目を光らせている。
私は黙って少尉のテーブルに惣菜を置く。
職務中でお酒の飲めない少尉に、せめてお腹の足しになるものをあげたかった。
「うまそうだな。が作ったのか?」
にっこり笑って頷くと、ハボック少尉もいい笑顔を見せてくれる。
「鶏肉とナスとジャガイモのトマト煮込み、か。こっちはアスパラのサラダ。
いいなあ。俺、ココ来ると食事の栄養バランスとか心配しなくてよさそう」
居酒屋の料理は味付けが濃い。
少尉に出すものは、メニューの組み合わせを、考えて出すようにしている。
トマト煮込みは塩分が多いから、サラダはあっさりしたドレッシングを使ったり。
ビシソワーズスープを出して、傍らに切り分けたパンを入れた籠を置く。
「昨日のから揚げも旨かったな。あれ、もう一度食いたい」
にっこり笑って頷く。次、来たとき揚げておこう。
今のところ、何事もなく過ぎていく。
警護が必要だといわれて、まだ2日しかたっていないけど。
居酒屋のみんなは窮屈な思いをしているんじゃないかな?
原因は、明らかに私だから、なんだか申し訳ないような気がする。
「ハボック少尉・・・聞いてもいい?」
「何だ?」
フォークを口に運びながら、ハボック少尉が顔を上げた。
「・・・・・この居酒屋で、何が起こってるの?」
「何にもまだ起こってないよ。まあ、今までにもいろいろ細かい変化はあったろ」
「細かい変化?」
「例えば、馴染みの顧客がなくなったり?私娼街の注文はでかいから痛手かと思ったけど。
おかみさんは余裕っぽいこといってたしなあ」
「それって・・・・私のせいで?」
「・・・・・・知らなかったのか?」
こりゃまずいことを言ったかな、とハボック少尉が頭をかいた。
「心配することないよ。のピアノ利用したら?って俺が聞いたら、必要ないってさ。
その時おかみさん、十分もうかってるって言ってたし」
ハボック少尉の言葉に頷く。
けど、それは本当はおかみさんの思いやりだとわかってた。
私のピアノ自体が大した技術じゃないっていうのもあるけれど。
私が、酔っ払ったオトコノヒトの相手が務まらないと見て、裏に置いてくれている。
帳簿をつけながら難しい顔をしていたおばさん。
それなのに、この居酒屋の誰も私を責めなかった。
ハボック少尉の近くで、空いたテーブルを拭いていると
ふいに人ごみをかきわけるように入ってきた一人の軍人が、少尉の席に座る。
「ハボック。調査の結果だ」
「ブレダ・・・ココで報告か?一緒に食うか?」
「騒々しいほうが盗聴の恐れもないだろ。・・・・・これ旨そうだな」
「旨いぞ」
ハボック少尉が口をもごもご動かしながら答える。
相手の人は、特に目の前の料理に手を出さずに、声を潜めた。
「私娼街の連中は、やはり青の団と繋がっていた。女衒は奴らの下っ端の副業だったんだ。
この店は軍人の利用が多い。情報収集に役立つと見て、この居酒屋に目をつけたんだな」
「いいのか?ここで報告して」
「大丈夫。奴らと居酒屋は、今は完全に切れてる」
ハボックが感心したように頷いた。
「じゃあ、軍に保護されたを女衒が連れて行ったのは・・・」
「アジトの中心で発見されて軍に保護されたから、軍のスパイと誤解された」
その言葉に、ハボック少尉が驚いて、租借せずにゴクリと飲み下した。
ジャガイモのかたまりに少しむせて、あわてて水を飲む。
「なんだそれ!記憶も寄る辺もない、そう報告されてるのに?」
「奴らには、発見された場所が重要だったんだ。なにせアジトの真ん中だからな。
余計な話でも聞かれてたら都合が悪い。連中いわく、軍の報告も偽装の可能性があるってさ」
「本当の記憶喪失なのか軍のスパイなのか、どっちにしても消せば不安はなくなるって?
それで娼婦にしてしまえってことか・・・殺されなかっただけマシかもな」
ブレダと呼ばれた少尉が頷く。
ハボック少尉の軍服を見慣れたせいか、少尉の階級章は覚えていた。
話を聞いてしまってから、憂鬱になってため息をつく。
テロリストの情報なんか何一つない。
だって、あのとき私は、ちょうど異世界に飛ばされてきたところだったんだもの。
でも、それを説明できる自信はない。
私のいた世界を説明しても、信じてもらえるだろうか?
宇宙の中の地球という星の、日本と言う国の国民。
海に囲まれた島国で、総理大臣がいて、軍隊のかわりに自衛隊と呼ばれるものがあって、
銃刀法という法律のおかげで、よその国から比べれば比較的平和な社会といえる。
一定の年齢までは学校に通うことを義務付けられ、
一定の年齢以上は納税の義務があり、
憲法第9条に定められた宣言により戦争はしない国。
・・・・軍隊が主権を持つこの国とは、あまりにもかけ離れた感じがする。
その場所で私がどんな生活をしていたのかと聞かれれば、肝心な部分はとてもあやふやで、
その中途半端な記憶だけで、異世界からきました、と言うのは説得力がない。
ああ、でも違う。
思い出せないというより、知っているはずなのにもやがかかっているみたいな・・・
なんだか、頭が痛い・・・
「?」
「・・・・・大佐」
額に手をあてた私の目の前に、黒髪の軍人が現れる。
覗き込むように私の様子をうかがっている。
「どうした。具合が悪いのか?」
首を振る。
心配をかけたくなかったし、実際たいしたことない。
「大佐、また来たんですか?連日じゃないですか」
「またとはなんだハボック、報告は聞いたか?」
「聞きましたよ。女衒の連中も捕らえたんですか?」
「捕らえたから話が聞けたんだろう。まだ余罪がありそうだからもう少し拘束する」
大佐が、私のほうを振り向いてにっこりと笑う。
「ちゃんと守るから、何も心配いらない」
その笑顔に安心して、にっこり笑い返す。
ハボック少尉が、面白くなさそうに渋面を向けてきた。
その顔が、ふと何かに気付いたように表情を変え、不思議そうに首を傾げる。
「、怪我は?」
「捻挫?治った。・・・ありがとう」
「まさか。そんなはずないだろ。見せてみろよ」
首を横に振る。
本当にもう完治しているし、そろそろ厨房に戻らないとまずい。
「無理してんじゃないのか?いいから座れって!」
ハボック少尉が強引に私の手を引っ張った。
椅子に放り込まれるように投げられ、座った反動で椅子が後ろに少し反り返った。
「きゃ・・・!」
落ち着く暇もなくハボック少尉の手はすでに靴を脱がせている。
あせって足を引っ込めようとするのに、少尉は離してくれない。
すでに一日動き回っていたんだから、きれいなはずない。
見せられたもんじゃないのに!
なんでよりによって、好きな人の目の前でこんな目に!!
「少尉、いや!やめて」
「いやじゃないだろ!あんなに腫れていたのに。骨折の可能性だって・・・」
靴と靴下を取った少尉は、そこで手を止めた。
驚きで見開かれた瞳。驚愕の表情が、違和感に満ちていた。
「なんだこれ。こんなことって・・・」
「ハボック少尉・・・?」
足首を触って、あちこち確認するハボック少尉。
それをみていた大佐が、怪訝そうに声をかけた。
「・・・いったい何をしているんだ?いい加減にしないと変態だぞ、その行動は」
「おかしいんですよ」
「おかしいのはお前だ。見かねて言ってるんだが」
「・・・・・あの怪我は、こんなに短期間で完治するようなものじゃなかったはずなのに」
「怪我?」
ハボック少尉の言葉に、大佐が首を傾げる。
「腫れどころか捻挫の時にできた痣も消えてる。関節の硬縮もない・・・・」
「見かけより軽かったのでは?」
「そんなはずないです。怪我直後の氷の解け具合、内出血や腫脹の程度、確認してますから」
「ふうん。ハボックの見立てでは全治どのくらいだったんだ?」
「最低でも全治2ヶ月ですよ。1ヶ月は固定が必要だと思ってたくらいです」
訓練中でも現場でも軍人は怪我する機会が多いから、自然と整形外科的な知識は身に付く。
捻挫や打撲は、程度から経過までひととおり判断できるほどの知識がある。
ハボック少尉から以前、そう聞いていた。
それはハボック少尉が、それだけさまざまな経験をしているということ。
だから、この少尉の診断は医者と同じくらいの信憑性がある。
それを思い出して、私はどきりと心臓がはねて、身を緊張させた。
誰にも言っていないことがある。
厨房にいれば、小さな火傷や切り傷は日常茶飯事。
なのに私のからだには、その傷は何も残らない。あったことさえ忘れてしまうほどに。
火傷も切り傷も、跡形もなく消えてしまう。
怪我をしないわけじゃない。
でも、確実に消えてしまうのだ。
消える速度にも法則がある。
命に別状なければないほど、治癒は遅くなる。
反対に、傷が深ければ深いほど、その傷が消えるのも早い。
まるで、この世界のどんな接点も受け付けないかのように。
怪我のことは、そのまま私がこの世界の住人じゃないことを示しているように思えた。
どうしよう。・・・・・このままでは、ここにいられない。
