序章15 side roy
ざわざわとする店内で、あちこち物が動かされて落ち着かない。
本格的な捜索が始められたのだ。
でも、私にはわかる。
この居酒屋にこれ以上何も出ては来ない。
居酒屋の主人も妻も、預けられたという少年も、皆同じように顔をこわばらせている。
何も話さず、戸惑っているようにも、怖がっているようにも見えた。
「・・・・こんな書置き残して、どこに行ったんだ・・・」
傍らでハボック少尉がつぶやく。
ハボックの視線の先に、の残したメモがある。
『ご迷惑ばかりで申し訳ありませんでした。
たくさんの親切、お世話になったこと、感謝します』
姿を消す直前に会ったのは、私だった。
まだ夕刻と呼べる時間だった。
仕事の合間ではあったが、そろそろ居酒屋へ顔を出そうと思って司令部を出た時に
目の前に現れた少年の姿の美少女。
「大佐・・・」
「。こんなところまで一人で?いったいどうした」
「お願いがあって」
司令部の玄関先で待ち伏せたみたいに姿を現した。
覚悟を決めたみたいな涼やかな顔で、が微笑む。
「お願い?」
「・・・・・居酒屋の皆を、守ってください。お願いします」
「承知した。もとよりそのつもりだ・・・・何か、あったのか?」
その言動を不審に思ったものの、は私の質問には何も答えなかった。
ほっとしたように力を抜いたは、安堵の表情のまま。
「・・・私はきっと、あなたに会うためにここに来たんです」
不思議なつぶやき。意図したとおり、司令部の前で会えたじゃないか。
そういう意味ではないのだろうか?
それを確かめることはできなかった。
はそのまま、いなくなってしまった。
「誰も消息を知らないんです。いつものの姿を知ってる人間は、町中にいるのに」
いつものといえば、キャスケット帽に顔より大きい黒縁眼鏡をかけた少年の姿。
すんなり伸びた手足と小さな頭、色白な肌とブルネットの髪より、よほど印象的な服装。
「何か持ち出されたものは?」
調べに当たった軍人が、居酒屋の家族に聞く。
「何もありませんよ。あげた服すら一着も持っていかないし、お金にも手を付けないで・・・」
「いったいどこに行くっていうんだ?無一文で、行くあてなんかないだろうに」
夫婦が心配そうに顔を見合わせて答える。
「・・・・・ちょっと、待て」
ふと耳に引っかかる言葉に、思わず口を挟む。
「服を一着ももたないって、それではは何を着ていったんだ?」
「それは、最初ここに来たときの服装でしょう」
居酒屋の主人の返答に、ハボックが驚いたように言う。
「それって、どんな服なんですか?」
「・・・・・白っぽいワンピース?」
ハボックの問いかけにつぶやくように答えたのは私だった。
居酒屋の主人は、私の言葉に素直に頷く。
それは、私がと一番最初に会ったときに、彼女が着ていた服・・・・
「何で、大佐が服装を知ってるんですか?」
「・・・・・・・・・」
「大佐!!」
「・・・いつもの格好とワンピースでは、まるで別人だ。見逃したな」
居酒屋の家族が、互いに目を合わせた。
なんだか気が咎めているような表情で、気の強そうな妻は泣きそうだ。
「・・・・・あの子、ちょっと変わってるところはあったけど、いい子だったのに・・・」
「やはり、気にしない振りをしていても、気付いていたのかもしれないな・・・」
夫婦の言葉に、私とハボックが目を向ける。
「どういうことですか?」
私の問いかけに、びくりとからだを震わせて、夫婦が押し黙る。
何かを隠している・・・?
「おい、少年。何のことかわかるか?」
ハボックの問いかけに、少年が夫婦と私達を交互に見上げて、話すべきか逡巡している。
「・・・・・は、ちょっと変わってたんだ。傷がからだに残らないし、治りが早い」
「それが変わってること?」
単に傷が軽かったり浅かったりするせいじゃないのか?
少年の言葉に、そう言おうとした。
だが、ハボック少尉のほうは、驚いたよう顔をこわばらせている。
「・・・まさか。あの捻挫も・・・」
「何日かは腫れたりしていたけど、一週間しないで元に戻ったんだ」
「・・・・直接、見たよ。俺・・・」
そうなんだ、と少年が相槌を打つ。
そうして言葉を続ける。
「厨房での火傷とか切り傷もそうなんだ。残らなかったし、すぐ治る。不自然なくらい」
「まさか・・・・・」
「最初、誰もそのことに気付かなくて・・・当の本人のすらも、気付いてなかったみたい」
そのことに気付いて、ここにはいられないと思ったんだろうか?
自分が何者なのかも思い出せない不安感の中、出て行ったんだろうか?
記憶がないのに、普通とは違う身体の変化。さぞ戸惑ったに違いない。
「・・・・。俺達がそのことに気付いたら、気味悪がると思ったのかな・・・」
少年が泣きそうになりながら言う。
「気味悪がったりしない?」
静かに、そう問いかけてみる。
少年は力強く頷いた。
「・・・・ちょっと不思議なところがあっても、あとはすごくいい子だったんだ」
「そうか・・・」
少年の頭を妻が抱きしめる。
目には少年同様、涙が滲んでいた。
「本当にね・・・正直で誠実で、品が良くて。いつもはにかんで、口数少なくて・・・・」
妻の言葉に呼応するように、主人が記憶のを語り始める。
「うちに来てすぐの頃、をひとり留守番に残して出た事があった。
だが、テーブルに金を置きっぱなしたことを思い出して、出先から急いで戻った。
部屋に戻ったとき、お金に触れた様子がない。出たときのままテーブルの上にあって・・・」
「・・・あったね、そんなことも」
主人に妻が相槌を打つ。
「金を置いたテーブルの前でがにこにこ笑って出迎えた。驚いたよ。この子は欲がないのかって」
「何を任せても信用できる子だった。しつけと教育の行き届いた、ちゃんとしたお嬢様だったねぇ」
私の知らないの性格が、その言葉ににじみ出ていた。
「私達、不自然な様子のに、うすうす気付いてはいたんです」
「どいういうことですか、ご主人?」
「何日か悩むような曇った表情で。でも私達に見せる表情はいつも明るかったから・・・」
私とハボックは、顔を見合わせた。
ハボックはなぜか苦渋の表情だ。
「俺の責かもしれません。怪我のことを公衆の面前で意識させるような行動を・・・」
「よせ。お前のせいじゃない」
ハボックの行動に関係なく、はいずれ同じことをしたに違いない。
「・・・・どんな不思議な子でも良かったんですよ。あの子は、特別だったんです」
「・・・・お前・・・」
妻の言葉に主人が慰めるように肩を抱く。
主人が私の顔を見て、気持ちを打ち明ける。
「どんなことになっても一緒に暮らしていく覚悟は、居酒屋の家族みんなにあったんです」
「これからどんな事情が新たにわかっても、変わらず?」
居酒屋の主人が、しっかりと頷いた。
その横で、妻がこらえ切れないように嗚咽を漏らした。
「私の大事な姪っ子・・・とても可愛がっていたのに・・・帰ってきたって、思ったのに・・・」
亡くした姪っ子の名前を、が引き継いだのは知っていた。
姪っ子の代わりとしても可愛がられていたのかもしれない。
外見は似ていないが、柔らかい雰囲気が似ているとは聞いていた。
結局、居酒屋の捜索は徒労に終わった。
行方のわかるものは何もでないし、盗まれたものや紛失物もない。
綺麗に、跡形もなく消えてしまった。
これでは、出会って消息を絶ったときと変わらない・・・・・
自分の手で守ると決めたばかりなのに、いとも簡単にすり抜けていく。
籠に閉じ込められた鳥ではないが、飛び立たれては守りようがない。
どこへ向かったのかわからないが、ひとつだけ確信はあった。
『私はきっと、あなたに会うためにここに来たんです』
司令部の前で聞いた、の言葉。
意図を理解したわけではないが、言わんとする意味は、解釈は間違ってないと思う。
だからきっとまた会える。
彼女はあのとき、きっとこう言いたかった。
『私はきっと、あなたに会うためにここに来たんです。
だから、きっとまた会えると信じています』



序章・・・長いですね。むしろ本に続く話のほうがまだ短いかも・・・・(って、今言うか)執筆中なので。
トリップものなので、この世界に馴染むまで時間が必要でしたから仕方なく。
他の話は、最初からヒロインそこの住人だから省略できるもろもろがあるけど今回はないから・・・・
すごく力作な感じだけど、まだ終わらなくて、いわゆる未完です。
一章へ続く→