序章3 side roy







「ねえ、お兄さん、軍人さんなの?その青い制服・・・」
「悪いが他をあたってくれ。君を相手する時間はない」
「つれないのね・・・だれか待ってるの?」
「ああ。だから君は私を客にはできないよ」



何人かの女に、かわるがわる声をかけられる。
路地の裏にいても表にいても、ここは何も関係がない。
裏路地のほうが、より治安が悪い。それだけのことだ。


軍服で来るべきではなかったかもしれない・・・




急いでいたのと、最初会ったときが軍服だったせいもあって、着替えなかった。
だがやはり、これでよかったんだと思い直す。
悔やむ必要はない。軍服のおかげで、手駒を一人確保できた。



「旦那・・・お待たせしました」

先ほどの男が、近寄ってくる。息せき切って、小走りだ。
少し禿げかかった頭にまで、うっすら汗をかいていた。

満面の笑み。有益な情報を得られたのか。期待に胸が高鳴る。



「旦那の言うとおり、記憶のない人形みたいな女が、今日来たらしいです。
 なんせ上玉で後腐れもなしですから、高い値段がついたみたいで・・・」
「彼女はどこにいる?」
「焦らないでくださいよ、旦那!いなくなっちまったんだっていうんですよ」
「何だって?そんな話を信じろとでも言うのか!」



最初の上機嫌な笑顔は消えて、剣幕に押されるように男が早口に言った。

「なんでも交渉の最中に消えちまったって話です・・・探してもどこにもいなくて。
 何の痕跡も残さなかったんですよ。まるで跡形もなく・・・・不思議な話でしょうが」
「嘘ではないな?」
「嘘じゃないですよ!!なんなら、交渉した奴らのとこに連れて行きますよ!
 直接話を聞いてくれればいいんだ。嘘なんか、ついたって一銭にもなりません!」
「・・・・連れて行け。話を聞く」



おびえたような小男について、路地を進む。
歩きながらぼそりと男がつぶやいた。

「まったく・・・・たいそうな気迫で。おっかないったらない・・・」





どこも似たような形をした家が軒並み連ねる。
不思議な独特の形をしているのは、実際は家ではなく、娼館だから。


宵闇に薄ぼんやりとした明かりが道を照らす。
人の話し声や嬌声がけたたましく賑やかで、祭りのようだ。


男は軒を連ねる一角に入っていく。
後に続いて敷居をまたぐ。

あたり一面に花のような衣装を身に着けた女たちが、ひらひらとすそを振る。
その女たちの視線を一身に浴びて、一瞬たじろいだものの、
男がずんずん進むので、後を追う。



奥まった一室は質素で、剥き出しの木の壁と朽ちかけた暖炉が見えた。
ささくれ立ちそうなテーブルに腰掛けた中年の男女が、不機嫌そうに煙管を吸っている。

「すいませんねぇ。こちらの旦那が話を聞きたいっていうんで・・・」
「お前、軍人なんて一言も言わなかったじゃねえか・・・悪いが、話すことなんかねえぞ」


ぼそりとつぶやき、そのまま押し黙る。軍人を前にしても一向に態度を変えない。
ふてぶてしいが、そのくらいの修羅場は修羅場のうちに入らないのだろう。
大佐の地位も、彼らには影響など与えられないのだ。




「こちらで行われている一切に干渉するつもりはない。
 ただ、消えた女のことを知りたいだけだ・・・・ここに来たと聞いたんだが」

言って、黙ってテーブルに金を置く。
煙管の男は金貨に一瞥くれただけで、すぐ視線をはずし、煙を吐き出す
女のほうは差し出した金をぱっと手にして、すぐ懐にしまう。


それをみた煙管の男がフンと鼻を鳴らし、仕方なさそうに喋りだした。


「確かにここに来た。色の白い、黒目が大きい華奢な女だ。なかなかの上玉だった。
だが、別室に待たせてるほんのちょっとの間に消えちまった。
ここは人の出入りは激しいが、監視の目も厳しいからな。
どだい逃げられるわけはないはずだったんだが・・・探してもみつからねえ」


ここで男が押し黙り、手にした煙管でテーブルをコンコンと小突いた。
無言の要求に、黙って金を置く。女がまた、ぱっと金を懐にしまいこんだ。



「結局、連れてきた奴らに他で交渉するために隠したんじゃないかって文句を言った。
 が、当然奴らは否定する。確かに金をもらう前に隠すのもおかしな話だからな・・・」


そのまま煙管を吸い込み、煙を吐く。
もうテーブルを小突いて金を無心しない。話は終わったということか。



「・・・・それだけか」

思わず聞いた。これでは手がかりが途切れてしまう。
だが、非常にも男は表情ひとつ変えずに、不機嫌そうに頷いた。



「それだけだ。こっちも、金を損しなかったからまだいいが、いらん面倒を被った。
 とにもかくにもだな・・・・・あの女はどうにかしてここを逃げたんだ。
 運がいいのか、もっと運が悪いことになるのかは、あの女しだいだな」



煙管の男と女の、疲れたような不機嫌そうな表情が、嘘ではない何よりの証拠に思えた。
もし嘘だったとしても・・・ここではこれ以上の話は聞けないだろう。



「分かった。・・・・行こう」

名前も分からない小男を促して、粗末な部屋を出た。
ひらひらと舞うようなドレスの中を通り過ぎるとき、小男がささやいた。



「いったとおりでしょ、旦那・・・・あたしゃ嘘なんかついてない・・・」



通りに出たときに、背の低い男を見下ろす。
明らかに媚びた視線は、言葉より雄弁に男の要求を物語っていた。
さっきの金を見たせいか、あからさまな期待が瞳を輝かせている。


あえて無視して、たった今出てきた娼館の暖簾を眺めた。



「・・・・こういうところははじめてきたが、せっかくだから休んでいくかな」


静かにつぶやくと、小男は驚いたように飛び跳ねたが、すぐに品のない笑みを浮かべる。
そんな男に向かって、紙幣を束にして差し出す。男の顔に喜色がはしった。



「お前に任せる。いいように計らってくれ。一夜を過ごせれば十分だ。
 残りはとっておけ。壊した酒ビンの変わりだ。・・・・あんまり飲みすぎるなよ」
「へえ、旦那。こんなに・・・・どうも」



男はすぐに今来た暖簾をくぐり、奥へ走った。
大した時間も経たないうちに、女の一人が出てきた。

薄い緑色の、ひらひらしたドレスをまとい、髪を巻き毛にした美人。
愛想がない疲れたような顔をしているが、申し訳程度に口の端は上がっている。



「いらっしゃいませ・・・私がお相手でもいいかしら」
「もちろん・・・よろしく頼む」



言い方がおかしかったのか、女は驚いたように少し目を見開いて、そのあと笑顔になった。
口の端だけでない、本当の笑顔。その顔は、思っていたより幼く、
―――――――――消えてしまった名前も知らない彼女を思い起こさせた。






部屋に通されて酒を振舞われる。
酌をする女に、話しかける。


「君は、ここは長いのか?」
「・・・そうね。戦争で落ちぶれた家の娘と言えば、どのくらいこうしてるか分かるかしら」
「そうか・・・君は軍人が嫌いか?」
「お客様なら好きですよ。お金をくれるもの」


単刀直入に言う。そんなところが気に入って、財布から紙幣を抜いて女に渡す。
何もないうちから金を渡す男も珍しいのだろうか。女はまた驚いたような顔をした。


「前金は頂いてるはずですよ。おかしなかた・・・くれるなら頂きますけど、
 面倒はキライなんですよ。私の体で楽しむ以外はナシにしてくださいよ」



思わず腹から声を出して笑ってしまった。
こんな場所で、あっけらかんと強く生きている女は、いい。


「そうではないよ・・・聞きたいことがあるだけだ」

笑い混じりに言うと、女はますます不思議そうな顔をした。

「今日、来た女が交渉の最中に消えたと聞いてね。君は何か知らないか?」
「しってますよ。そのとき私は支度の最中でしたから、裏にいたんですもの」


やはり、ここに彼女が連れてこられたのは間違いじゃない。



「彼女の姿をみたか?」
「綺麗な子でしたけどね・・・白い肌、大きな瞳、でもなんだか無表情で人形みたいな」
「いついなくなったんだ?」
「私が表に出て、お客さんを待ってるときに、監視の人間が騒ぎ出して。
 ほんの少し目を放した隙に、逃げられたらしいんですよ。・・・どうやってかは知りません」



落胆したのが傍目にも分かったのか、女は同情するような眼差しを向ける。


「お兄さん、あの子と何か関係があったんですか」
「いや、名前も知らない間柄なんだ・・・」



正直にそう言うと、女はますます不思議そうな奇妙な顔をして見せた。
そこに払う意識はなかった。ただ呆然と、沈み込む気持ちを抱えた。





これでもう、完全に手がかりは切れてしまった。
ここから先、彼女につながる一切が途切れてしまった。

娼婦館の女が、煙管男の話の裏づけを完全にしてしまったのだ。
そう、思った。